たいちおにーちゃん
「謝るなら今のうちだぜ? まだ間に合う」
「そんな気はない」
「あぁ? ちょっとみく姉に似ててかわいいからって調子に乗ってんなよ!?」
龍騎さん未練ありすぎやん。
なんか知らんけど早く終わらないかなと思って見ていると、俄然周りのギャラリーがうるさくなってくる。
「龍騎さん、手加減してあげてくださいよ~」
「強がってる姿もカワイイ~」
それで気分が良くなってしまったのか、田中は試しに打ってきな、と格ゲーの挑発みたいな動きをする。完全になめくさった態度。
しかし次の瞬間、音もなくふっと舞依の体が宙を舞ったかと思うと、情け容赦のない立ちレバー入れ強キックが田中の上半身に直撃した。
「!?」
思わずみんなこんな感じである。
なんていうか、人って飛ぶんだなぁ。と思った。
どさぁっと地面に倒れ込んだ田中に、手下たちが群がっていく。
「龍騎さん? 龍騎さーん!?」
俺も一緒に駆け寄ろうかと思ったぐらいには危険な一撃だった。
しかしその下手人たるや、顔色一つ変えずにくるりと俺に向き直った。
「今のが天宮流だ」
「ついに流派出ちゃったか……」
「祖父が道場をやっていてな。子供の頃から習っていたのだ。まあ簡単な護身術だが」
「簡単な護身術にあんな豪快な回し蹴りなんてあるのかな」
「そのへんは私の自己流アレンジだ」
「自己流なのに勝手に名乗られたら迷惑なんじゃないかな」
と会話しながらも俺はひそかにじりじりと後ずさりをするが、舞依はぐいぐい距離を詰めてくる。
かたや一命をとりとめたらしい田中を取り巻く群れから、恐れおののくような声が聞こえてきた。
「龍騎さんを一撃で……。なんだあの女、信じられないバケモンじゃねえか……っ!!」
「わ、私を化物呼ばわりはやめろ! 今のは偶然、たまたまいいところに入ってしまっただけだ!」
これぞ必然の偶然。
男たちから恐怖の眼差しを一身に浴びた舞依は、急にうろたえだすとささっと俺の背後に回り込んできて、
「い、いやぁ~こ、こわぁい。助けてぇ泰地」
「舞依はそんな事言わない」
「空気というものを読んでもらえると助かるのだが?」
「君たち、モウヤメルンダッ!! 偶然いいところに入ってしまっただけなのに化物扱いされて彼女が怖がってるじゃないか!」
僕は脅迫されています。
いいところも何もスト2でKOされた時みたいに飛んでたけども、当たると思わず飛んじゃう急所とかがあるってこと?
あんなものを見せつけられてしまっては、舞依とは今後基本敬語にならざるを得ない。
「あの女が助けを求めるなんて、あの男一体どんだけ……。龍騎さんが一目置くわけだ」
メチャクチャ強キャラやん俺?
むしろ俺を助けて。と諦観気味の哀愁を帯びた目線を送ると、手下たちは田中を担いで蜘蛛の子を散らすようにぴゅーっと逃げていった。
「あんな危険そうな連中をたやすく退けるとは……さすが泰地」
「あっ、すいませんちょっと近寄らないで……危ないんで」
今度こそ半径五メートルは距離を取ろうと後ずさりをしていると、突然背後からどすんとタックル気味に何者かが抱きついてきた。
「うええん怖かったよお、きょーいちおにーちゃぁん!」
一体何事かと振り返ると、どこからともなく現れたパツキン少女がブリッブリのロリアニメ声を上げながら俺の腰元にしがみついているではないか。
きょーいちお兄ちゃんとは一体何ぞやとあまりに不可解な出来事に頭が混乱しかけるが、あたふたと近寄ってくるラノベの顔を見てふと思い出した。
そもそも俺はこんなとこでストリートファイトしにきたわけじゃなくて、コイツの浮気現場を押さえに来たのだ。
というとおそらくこの子はさっきまでラノベと一緒にいた女の子で間違いない。
「こっちじゃない。あっち」
俺はラノベを指さして冷静にパスしようとすると、
「あ、まちがえちゃった。てへっ」
女の子は舌を出してこつんと頭を叩くというブスがやったら殴られそうな仕草をして、俺に向かって上目遣いをしてくる。
間近で見てもこれはやはり文句なしの美少女……というだけでなく、髪の色や肌の白さもさることながら、瞳の色もやや茶色がかっている。
しかし可愛い……さっきの連中に捕まってたら薄い本展開ありじゃないですかこれ。
思わずジロジロと見入っていると、向こうは自分の顔を指さしながらニコッと笑いかけてきて、
「エミリっていうの。13さいなの」
エミリだけちょっと発音がいい。
言うて静凪とタメか一個下か。思ったより年いってんな。
「名前と年は?」
「俺の名はナイトハルト・エクソード。転生前も含めると297歳だ」
「名前と年は?」
「くろのたいちくん15さいだよ」
「じゃあおにーちゃんだね! たいちおにーちゃん!」
ふぅん、たいちおにーちゃんね……。
ええやん? まあまあ。で、いくら払えばいいんですかね?
「あっ、え、えみりちゃんちょっと……」
走り寄ってきたラノベがしまったついにバレたみたいな顔をした。
この男てっきりおねショタかと思いきや下にいきやがるなんて、とんでもないロリコン野郎だ。
それに確かラノベは一人っ子だったはず。それがお兄ちゃんと呼ばせているというこれはもういろいろアウトもアウトの断罪確定である。
「なーにが恭一おにーちゃんじゃボケ。ラノベお前どういうことだよ」
「違うんだよ、その子は……。ていうか何で黒野くんここに……」
「俺のことはどうでもいいんだよ、杏子をほったらかしておにーちゃんプレイか? いくら払ったこの犯罪者め」
「ち、違うよ。ええっと、話すと長いんだけど……」
ラノベが早口で弁解するのを要約すると、普段仕事で海外を飛び回っている父親が再婚し相手方が連れていた子が英国ハーフの女の子だった。
そして新しい母親は突然の身内の不幸で一時国に帰っているため、お守りを任され現在二人で一緒のマンションに住んでいる。
……という文字にしても目が滑りまくる出来事が立て続けに最近起こってしまったらしい。
「なにそのラノベ設定全盛りみたいなクソ展開。それはラノベの読み過ぎであなたの頭がおかしくなっているのではないでしょうか?」
「絶対言うと思った。だから黒野くんには知られたくなかったのに……。僕だって信じられないけど、でも本当にそうなんだからしょうがないでしょ」
「え……ってことはマジで妹なわけ?」
「まあ義理の妹にはなるけども……」
こんな可愛い子がある日突然義妹だと?
これはきっとラノベのラノベパワーに現実が歪められている。間違いない。
なんていうか……ウチの妹と交換してくれないかな。
「それはそうとお前、杏子が心配してるぞ。恭一が浮気してるって」
「え、えぇ!? 浮気だなんてそんな……。い、いやでも二人を引き合わせるときっと……」
そもそもそのうさんくさい事情とやらをさっさと話せばいいだけなのに、何をコソコソしているのかと。
するといきなりエミリが恭一をどん、と横に突き飛ばして、勝手に俺の手をぎゅっと握ってくる。
「エミリはぁ、やっぱり頼りがいのあるつよーいおにーちゃんがいいですぅ」
「頼りがいのある強い人ならいるぞそこに」
俺が指差す先で、舞依はさきほどからじっとエミリの挙動を観察している。
腕組みをしてずっと表情が硬いが、なんだかエミリのことが気に食わなそうな感じだ。
まあ明らかにカワイイで負けているからな。余裕でコールド負け。
エミリはチラっと舞依に視線を送るなり、
「ゴリラ女はノーセンキュー」
カタカナの部分は無駄に発音がいい。かわいい顔して急に口悪いんだが……。
ゴォリィラァ女こと舞依はそう言われるやいなや大きくのけぞり、ガクッと力なくうなだれる。
「ゴ、ゴリラ……? 私が……? そんな……」
舞依はうつろな目でブツブツ言いながら、ふらふらとおぼつかない足取りで明後日の方角へ向かって歩いていった。
ゾンビみたくなってるけど大丈夫かアレ。
「エミリやっぱりつよーい男の人がいいなぁ。ビビリのきょーいちおにーちゃんよりも、たいちおにーちゃんのほうがすき~」
「ん~すまんねラノベくん。なんだかそういうことらしい……」
「ほっ、よかった。じゃあ黒野くん、僕帰るね。えみりちゃんの相手よろしく」
「は?」
ぐぬぬ……と張り合ってくるのかと思いきや、ラノベはとっとと逃げるように立ち去っていった。
その逃げ足たるや脱兎のごとくである。なんかヤバイやつを押し付けた感満点である。
いつの間にか二人きり残されると、エミリはぴとっと体をくっつけてきて、
「んふふ、いっしょに遊びましょ? たいちおにーちゃん」
「え?」
うーんなんだろうこれは。
なんていうかこれは……一気にたいちおにーちゃんの雲行きが怪しくなってきたぞ。




