お腹痛い
遠目に見えたその影は、長い髪にスカートを履いた見紛うごとなき女の子だった。
小さい恭一よりさらに小さな背格好で、それより何より目を引くのはその髪色だ。
金に近い茶髪……と言っても杏子のような染めた汚い茶髪とは違い、非常に透明感あるブロンズヘアーである。
英語にしただけ? いやいやまさにそのとおりで、肌も日本人離れしていて白く、実際あれは違う人種なのではと疑う。
二人はすぐに背を向けた方角へ歩き出したので目鼻立ちまではよく確認できなかったが、後ろ姿だけでも相当な美少女感がある。
そしてしきりに女の子の方から恭一の腕に絡みつくようにして寄り添っている。
オイオイこれは何がマジでどうなってる?
「いま一緒に出てきたんじゃないのか? ってことまさかの朝帰り……」
と言いかけたところで、ギラっと殺気立った視線を近くから感じて口をつぐむ。
かと思えば杏子は急に頭を抱えてうろたえだした。
「ど、ど、どうしようどうしよう、怖いよもう……」
「わかったから、腕引っ張んなって。とりあえず見失わないように追うぞ」
塀の陰から飛び出していこうとするが、杏子は俺の袖を掴んだままその場を動こうとしない。
お構いなしに歩き始めると、杏子は俺にぴったり密着しながら人を盾にするようについてくる。非常に歩きにくい。
そんな調子だから早くもあわやターゲットを見失いかけるが、恭一たちもしきりに何か話しているようで歩みも遅いのでなんとか追いつく。
そのまま一定の距離を保ちながら、俺たちの足取りはちょうど住宅街から集合場所だった公園の方へ逆戻りしていく。
やがて公園近くの大通りに出ると、その先にあったコンビニへ恭一と女の子が仲良く一緒に入っていった。
俺たちは近くにあった自動販売機の傍らのコンビニが見える位置で、ひとまず待機する。
すると杏子がいきなりその場にへたりこんでしまい、しきりにお腹を抑えだした。
「どうしたしゃがみこんで。近くにキラー砲台とかないぞ」
「ちょ、ちょっとまって……あっお腹痛い。痛い、ダメもう無理」
「お腹痛いの飛んでけ飛んでけー。はい大丈夫」
「ふ、ふざけないでよそうやってぇ……」
「さっき俺も同じことをやられたんだがふざけているのはどっちかな?」
「いっ、いやその、お腹痛いっていうかなんか、いろいろダメかも……」
いよいよこれからだって時に何を情けないことを言っとるか。
というかもう、すぐさま金玉潰しに飛び込んでいくのかと思っていたのに。
「しかし見損なったぜ恭一。ラノベ主人公からまさかのナイスボートとは」
「い、いやでも、何か訳があるのかもしれないし……。ア、アタシは信じるから、恭一を」
「一生やってなさい」
そして驚愕なことにお腹が痛くなって仕方ない杏子は、何も見なかったことにしてこのまま帰る、と言い出した。
これには泰地くんもビックリなヘタレっぷり。ヘタレビッチギャルだとかもうなんだかわからなくなってきた。
「じ、じゃあね~、く、黒野もほら、帰りなよ。ちゃんとテスト勉強もしないと」
「ああ、わかったよ。お前にはヘタレクソビッチギャルもどきの称号を与えよう」
杏子は引きつった変な笑みを浮かべると、万が一にも鉢合わせしないようわざわざコンビニの前を避けるように遠回りの道を選んで、逃げるように立ち去っていった。
さらにお腹に手を当てていて、その格好ともあいまって歩き方がマジ不審者。
しかし本当に逃げ帰りやがるとは。まあ、それだけ相当参ってるってことなんだろうが。
残された俺はさてどうするか少し迷ったが、このままあやふやなままにして帰るのも気分が悪い。
やはり本格的にラノベにお灸をすえてやらねばならないか。
まあ勘違いなら勘違いで、とっとと解明させて終わりにしてやりゃいい。めんどくせーけども。
とりあえず自販機でジュースを買って飲んでいると、ようやく恭一たちがコンビニから出てきた。
何か買ったらしくコンビニ袋を手に下げている。そしてその足でどこに向かうのかと思いきや、二人はもと来た道を戻っていく。
こっそりその後をつけていくと、途中ですぐに道を折れ、公園の中へ入っていった。
恭一たちはちんたら遊歩道を歩いて、芝の生い茂る一角へ。
そしていくつか並ぶベンチの一つへ腰を落ち着けるなり、コンビニ袋をガサガサとやり、中から飲み物だの食い物だのを取り出していた。
どうやらここで朝食だか昼食だかわからない飯を食うらしい。
その一方で俺は謎のでかい石碑の陰に潜んで、携帯を片手に遠くからその様子をのぞき見ていた。
しかしまだ距離がありちょうど角度も悪いため、女の子の顔がよく見えない。
あれがとんでもないデブスとかだったら別にもう解散でもいいんだが、少なくともデブではないし遠目からでもスタイルのよさがわかる。
というかもう少し右側に寄ってくれれば顔が見えるんだが……。
「もうちょっとこっち……もうちょっと……」
と俺が見つからない程度にギリギリまで身を乗り出しながら、なんとか相手の顔を激写してやろうとめいっぱいズームにした携帯カメラをかざしていると、いきなりとんとん、と何者かに後ろから肩を叩かれた。




