せっかくの休日
翌日は土曜で学校は休みだ。
ただし休み明けの月曜からテストが控えているという、土日も遊ばせねえぞの嫌がらせ日程なのだ。
だがまあ俺は生まれつき反骨精神の持ち主であるからして、そういうのは全力で逆らいたくなってくるわけだ。
休みになるとなぜか早く起きてしまう習性のある俺は、誰の助けも借りずにパチリと目を覚まし一階に降りていく。
リビングでは真奈美がテレビを見ながら一人朝食を貪っていた。
俺の顔を見るなり「あれ~? 今日休みだけどずいぶん早いんじゃない?」的なことをイヤミったらしく抜かしてきたので、無視して冷蔵庫でなにか食うものがないか漁っていると、
「泰地、それ」
「あん?」
真奈美はあごで戸棚の上をしゃくってみせた。
なんなんだよ朝っからねちっこいな……と内心舌打ちしながら目線をやると、五千円札が一枚置いてあった。
「なにこれ?」
「こづかいだよ、今月」
「え? なしって言ってたのに……」
「どうせグチグチ言うでしょうが」
マジか……。今月はマジでないと覚悟していただけに。
「愛してるよ真奈美」
「本当に現金なガキだね」
真奈美ちゃんマジツンデレ。
感謝だ。感謝の気持ちで課金しよう。
真奈美の気が変わらないうちに札をとっとと財布にしまい込むと、菓子パンをかじりながら携帯をいじる。
ゲームを立ち上げようとすると、誰かからラインが来ていることに気づいた。
というかすでに昨晩来ていたようだが気づかずガン無視していた。相手は杏子だった。
そう言えば今回の件でラインを交換させられたのだ。
『明日もちょっと、付き合ってほしいんだけど』
『いいよね? ヒマでしょどーせ』
『ありがとーじゃよろしく』
一体誰と会話してるんだこの女は。こうなると軽くホラーである。
せっかくの休日にまたしょうもない茶番につきあわされてはたまらんと、すぐに返信をする。
『ちょっと今日お腹が痛くて無理』
これでよし、とゲームに戻ろうとすると、いきなり携帯が着信した。
無視しようかと思ったが、ついさっき返信した矢先寝てて気づきませんでしたは通用しない。
おそるおそる通話を押すと、
「お腹痛いの飛んでけ飛んでけー。はい大丈夫」
「うそぉん」
「駅南の公園知ってるでしょ? あそこに10時ね。ていうかもう今すぐ家出て」
「うそぉん」
杏子はまたしてもデートの誘いを恭一に断られたのだという。
それで今日の恭一の動向をこっそり探るのだとかなんとか。
「またエロ本買うだけだったみたいなオチは勘弁してくれよ? マジで」
「それはない、絶対。なんか用があって出かけるってめっちゃ早口で言ってきたし」
あいつもあいつで怪しすぎるんだよ、目撃されるし言い訳は下手だし。
浮気するならするで、もうちょっとうまくやれやとも思うね。
通話を終えると、仕方なく「友達が絶体絶命のピンチなんだ」と弥月に送ってお勉強の断りを入れた。
とはいえあながちウソではないのだ。今日が小鳥遊恭一男としての最後の日となるかもしれない。
結局朝食もそこそこに家を出る。いつものバスとは別方向のバスに乗り駅方面へ。そしてバスを降りてしばらく歩くこと十数分。
杏子の指定してきた公園にたどり着くと、入り口でマスクとメガネにフチ付きの帽子をかぶった不審者が近づいてきた。
もちろん怖いのでこちらは早足で逃げて距離をとっていくと、向こうが急に走ってきて腕を掴んできた。
「な、なんですかやめてください警察を……」
「気づいてるでしょ? 逃げんな」
「なにそのメガネとマスク」
「こ、これは……へ、変装だよ変装」
「変態の間違いじゃないのか」
べしっとローキックが飛んでくる。これは間違いなく杏子である。
しかしご丁寧にぴっちりジーパンなんて履いてくるとは、普段の短いスカートからすると少し調子が狂う。
「じゃあ行くよ」
そう言って杏子は駅とは反対の方向へ歩き出す。
そして再び歩くことしばらく、やってきたのは特になにもない住宅街。
先を行く杏子が、ぴたっと塀のある曲がり角で立ち止まって、行く手にあるお高そうなマンションを見上げる。
「ターゲットはあそこですかアニキ」
空き巣スタイルの杏子にそう尋ねるが無視された。
どうやらあそこのマンションの一室が恭一宅らしい。
確か以前聞いたところによると、恭一は家庭の事情とやらで、高校生の分際で一人暮らしをしているというラノベ設定だったはず。
俺が遊びに行きたいと言うと頑なに拒否られた記憶があるが、一人暮らしをいいことに多分エログッズとか大量においてあるに違いない。
まあそれはいいとしても、もしかしてこの感じは……、
「まさか杏子さん……」
「なに? なにか文句ある?」
ここで恭一が出てくるのを待つのだという。
そして後をつけて不審なところを咎めると言うが、いやホントこの場合不審者はどう見てもこっちだぞ。
「そもそもラノベが今出かけるっていう確証あんのかよ」
「用事があるっていうんだから、絶対出かけるでしょどこかには」
え? もしかしてそのいつ出かけるかわからないそもそも出かけるかすらわからないのを、じっとここで待つおつもりで?
俺の嫌いなものしいたけとブロッコリーと待ち時間だぞ?
「じゃ、おつかれっした。失礼しやっす」
「ちょ、ちょっと待ってたら。少しぐらい付き合ってくれても……」
「あ、ラノベだ」
「え?」
するとその時、マンションの入口から人影が出てきた。
適当に言ったのだが、あの背丈といい歩き方といい、よくよく見るとマジで恭一っぽい。
オタク丸出しのネルシャツジーパンに、いつもどおりのサラサラキノコヘアーと完全なる無防備な状態である。
まさかのこのタイミングで遭遇というのも驚いたが、さらに驚くべきことにその恭一に付き添うもう一つの小さい人影を発見した。




