泰地にゃん
その日の晩、飯を食い終わった俺は自室のベッドにうつ伏せに寝転びながら、ポチポチスマホゲーをやっていた。
あの後帰ったかと見せかけてせっかく駅まできたしとあちこち見ていたら、帰宅が思ったより遅れてしまい、「遅れちゃいましたてへっ」と弥月にラインすると「わかった」とだけきてそれきり音沙汰なしだ。
まあどのみち、週末にかけて新ガチャとイベントやられると俺としてはそちらを優先せざるを得なくなってくるのでしょうがない。
いいからさっさと勉強しろ? いやいや明日明後日と土日で休みなわけだから、まだまだ時間は潤沢にあるのだ。まだあわてるような時間じゃない。
下手にガチャの引きがいいとね、大変なんですよ育成のほうが。
と俺が意気揚々と新キャラで接待イベントをこなしていると、ガチャっとノックもなく勢いよくドアが開く音がした。
どうせ静凪だろと思って目もくれずにガン無視していると、のしっと背中に重圧がのしかかってきた。
いつものバフっではなくのしっである。そしてやけに柔らかい。
もしやこの感じは……。
嫌な予感がしてギギギ……と首を回転させると、若干Sっ気のある不気味な笑みでこちらを見下ろす弥月と目があった。
俺のケツの上あたりに座り込んだ弥月は、そのままぐっと上半身を前倒しにして体を密着させてきて、耳のすぐ近くで囁いてきた。
「ね~え? あたしになにか言うことな~い?」
「重い……」
「なんだってぇ~?」
肘で俺の肩をゴリゴリやりながら、弥月はさらに体重をかけてくる。
重みにさえ目をつぶればマッサージ的な感じで案外悪くない。
「あーもうちょっと下……」
「ここ?」
「そうそう……もっと強めに……」
「こう? って違うでしょ」
弥月は俺の頭を軽くぺしっとやると、俺の体から降りてベッドの端に座り直した。
そして「それで?」という顔をしてくるので、
「いやぁあの、思ったより用事が長引きまして……」
「ふぅん。まぁ、それは別にいいんだけど……。それとは別に、あたしに何か……隠してることない?」
……何かやったっけな?
思い当たる節を言い出したらキリがないので、なんかわからんけどとりあえず謝っておこう。
「すいませんでした」
「何で謝ったの? 何かやましいことでもあるの?」
えぇ……。
そうくるわけ? 自分から言っといて……。
「い、いや今のはお約束のアレでさ……」
「じゃあ、何もないってこと?」
「あ、当たり前じゃないですかそんな、弥月様に隠し事だなんて……」
「ふーん、まぁいいや。こっちも言ってみただけだから」
なにそれ怖い。誘導尋問ならぬ誘導謝罪じゃないかそんなもん。
「ほら勉強始めるよ、携帯しまって」
「べ、勉強ですかぁ~……勉強ねぇ~……」
「そう、お勉強です。もしくは、それが嫌なら~……イチャイチャする?」
そう言って弥月はいたずらっぽく笑いかけてくる。
弥月の言うイチャイチャとは、俺の嫌がる羞恥プレイをするという意味である。
つまりあちらさんとしては、こう言えば俺はイヤイヤながら勉強を選ぶだろう、というノリなのだろう。
しかしどうにも今は勉強という気分でない俺は、ここであえて……。
「せっかくだから俺はこのイチャイチャを選ぶぜ!」
「そっか~イチャイチャがいいんだ~。そっかそっか~」
弥月さんにやにやである。
かたやこちらはベッドの上に正座し、何が飛び出してくるかとビクビクしながら伺いを立てる。
「ぐ、具体的に何をすればよろしいんで?」
「ん~? えっとねぇ……じゃあ……、おいで?」
弥月は両腕を広げて前に伸ばしながら微笑んでみせる。
え~と、これは……お相撲さんかな? ここで取り組みはちょっと……。
「ふ、ふ~ん、そうくるわけ? 今日は弥月にゃんじゃないんだ?」
「うん。たまには泰地にゃんもさせてあげようかなって」
思わずぶふぉっと吹き出してしまう。
まさかの泰地にゃん出動要請に、やはりおとなしく勉強を選ぶべきだったと早くも後悔しかけていると、
「どしたの? ほら~おいで?」
弥月はなおも猫撫で声で首かしげをして、誘いをかけてくる。
どうせ来ないだろうとでも思っているのか余裕の表情だ。
ここでこちらがイモを引けば「あ~やっぱり恥ずかしいんだ~くすくす」とバカにされる事間違いなし。
そうなれば完全にいつもの向こうのペースである。
だがいい加減その流れも、ここらで終わりにしてやろうかと。あまり私を舐めないほうがいい。
「んほぉ~泰地にゃんだぞ~」
覚悟を決めた俺は、エロ漫画顔負けの奇声を上げて弥月の胸元に飛び込んでいく。
端的に言ってただの変態である。これだけやれば弥月もドン引きの即吊り出しくらってハイ終了……となる予定だったのだが。
「ん~よしよし、泰地にゃんいい子いい子でちゅね~」
まさかの弥月さんノリノリである。
俺の体を正面から受け止め、頭ナデナデのヨシヨシともみくちゃにしてくる。
予定外のリアクションにゲッとなった俺は、あわてて腕を突っ張って引き剥がそうとするが、こちらも予期せぬ位置に手が触れてしまったのか、むにゅっと柔らかい感触がして反発を受けてしまい、さっと引っ込める。
「あぁん、もう! おとなしくしなさい!」
かと思えば今度は頭ごとまるまる腕で抱きかかえられ、身動きが取れなくなってしまう。
顔面に柔らかい二つの膨らみの感触が……というか半分間に入ってる感じなんですがこれ色々大丈夫ですか?
よしよしと優しく頭を撫でられつつ、その間も若干甘ったるいようなとてつもなくいい匂いがどんどん鼻に入ってきて、段々とまともな思考が取れなくなってくる。
「んふふ、よしよし……。おとなしくなったね~……いいこいいこ……」
柔らかさと暖かさと匂いに包まれるうちに、いつしか全身の力はすっかり抜け、抵抗をするどころかぐったりと体を預けてしまっていた。
これはもはや、エロいとか興奮するとかそういう低次元の話ではない。
無限の可能性を秘めた優しさ。そこには何の争いや諍いもない……まさに安息の地。人が目指す永遠の理想郷。
そして、赤子に返った純粋無垢な泰地にゃんが爆誕してしまいそうだったまさにその時。
容赦ない勢いでバァン!! と部屋のドアが開け放たれる音がした。




