ラノベがラノベ
俺は逃げた恭一を追って、急いで昇降口まで向かう。
下駄箱ですでに恭一の靴がないことを確認していると、バシっと何者かに背中を叩かれた。杏子だった。
「ねえ、メチャクチャ不審な動きしてるけど……大丈夫なの?」
「安心しろ。あくまでさりげなく探りを入れていたが異様に怪しまれて逃げられただけだ」
「やっぱりあんた一人に任せるの不安になってきた」
杏子さん何かお気に召さない御様子。
聞くところによると杏子のほうも「今日はちょっと用事が……」とラノベに言われて誘いを断られたらしい。
そんなだから現在杏子の顔色は非常によろしくない。このまま帰っても勉強どころか食べ物も喉を通らず眠れもしない、と始まり、急遽俺とともにラノベの尾行を行うことになった。
「いや尾行たって、そもそもどこに行ったのかわからんのだが」
「なんとなく駅のほうにいるような……気がする」
「それは……恋人同士のテレパシー的な? 愛の力か」
「あ、愛ってそんな……な、何言ってんだよも~」
なにうれしそうに顔赤らめてんだコイツ……ギャグに決まってんだろ。
普通なら何が愛の力だよアホか? で終わりなところだが、なぜかその気になった杏子のせいでマジで駅のほうまで行くことになってしまった。
一緒に学校を出て、そのままバスに乗り駅へ。
とは言えもちろん当てずっぽうでやってきたので、それでラノベが見つかるわけもなくあてもなくブラブラと駅周辺を歩き回る。
俺はもう五分ぐらいで疲れて帰りたくなったが、杏子は何やら必死な顔でラノベを探してあちこち視線を走らせているので空気を読む。
「ねえ杏子ちゃんのどかわいた」
しかしのどが渇いてしまったら仕方ない。軽く舌打ちされながらも喫茶店へ。
対面に座った杏子に若干引かれながら、大量の生クリームを投入した甘々のチョコラテをすすっていると、
「あっ……」
杏子が変な声を上げて固まった。
その視線の先を追ってガラス窓から外を見ると、何やよく見覚えのあるショタ男……恭一らしき人物が外を歩いていた。
すぐさま店を飛び出していく杏子を追って外に出る。
なんとか見失わずにラノベの後ろ姿を発見。奇跡的にも本人で間違いなさそうだった。
尾行されているとも知らず、ラノベはてくてくと一人歩いていく。そして向かった先は、駅前のビルに入っている大きな本屋だった。
入店するなりラノベは脇目もふらずエスカレータ―で階を上がっていき、お目当てのフロアに入る。
天井の吊り案内には、大きくコミック・ノベルと書かれていた。
入ってすぐの目立つ位置には、期待の新刊、映像化、だのと派手なポップで飾り付けられ、大量の漫画本が平積みになっている。
そんな中ラノベが向かったのは、ライトノベルのコーナー。
その真正面、平台に積まれた新刊らしき本を手にとると、ラノベはためらうことなく即レジへ持っていく。
そして購入。ラノベは文庫本の入った袋を受け取ると、まるで隠すようにそれをカバンの中に押し込みながらレジを離れ、そそくさと下りのエスカレータのある方へ歩いていく。
……とここまでその一連の流れを杏子とともに棚の影から黙って見守っていた俺だったが、ここに来てついに我慢の限界に達した。
「あの野郎!」
「えっ、ちょっと黒野!?」
俺は棚から飛び出しダッシュでラノベの前に回り込むと、むんず、とカバンを掴んで、中から先ほど購入した本の入った袋を取り出す。
「えっ!? く、黒野くん!? ち、ちょっとな、何!?」
突然の出来事にあわてふためくラノベをよそに、俺は買い物袋から取り出した文庫本を顔の前に突きつける。
「雷撃文庫……これはどういうことだい? ラノベくん」
すると、さっとラノベの顔色が青くなる。もはや完全に言い逃れはできない。
さて、ここで一つ解説を挟もう。
この自称読書家は読むものは純文学とやらに限るという、何かあればまるで自分は高尚なものでも読んでいる感を出してくる非常に鼻につく野郎なのだ。
前に俺が学校でラノベを読んでいたら、「え~黒野くんラノベなんか読んでるの~?」とさんざんコケにしてきやがったのを忘れていない。
「ラノベなんて読まないんじゃなかったのかい? ラノベくん」
ラノベラノベ言いすぎてなんかラノベがゲシュタルト崩壊してきた。
とにかくこの反ラノベ野郎がこっそりラノベを買っていた、なんていうのは由々しき事態である。
俺がそう追及すると、ラノベは見るも哀れなほどにたじたじになりながら、
「ち、違うんだよ、このシリーズは、せ、設定とかもよく練り込まれてて、伏線とかもすごくて……」
「ん~? 言いたいことはそれだけかなラノベくん?」
「だ、だって黒野くんがいっつも読んでるのは、中身スッカスカのハーレムエロラノベじゃないか! 一緒にしないでほしいんだよ!」
「なんだぁ上等だコラァ! 中身スッカスカのエロラノベで何が悪い! 謝れ! お前は色んな人に謝れ!」
セリフにハートマークとかいっぱいついてるけどいいじゃん? そっちのほうが感情移入できて。
「ってことはお前、内緒でこっそりラノベ買うためにさっき断りやがったのか!」
「し、しょうがないじゃないか、今日は新刊の発売日なんだよ! て、ていうかさ、黒野くんこそ、こんなとこで何をしてるわけ? もしかして、僕のことつけて……」
「たまたまだよタマタマ」
「その発音やめてくれない?」
ついカッとなって飛び出してしまったが、またも非常に怪しまれている。
昔のステルスゲーみたいにガバガバ警戒していればいいものを、
「あれ? 杏子ちゃん……」
恭一はさらに俺たちの様子を棚の影からうかがっていた杏子にも気づいた。
見つかって観念したらしい杏子は、おずおずと俺たちの前にやってくる。
もう面倒だから直で言ってやれ言ってやれ。
と俺が目配せをすると、杏子はかすかにうなづいて、意を決したように顔を上げてまっすぐ恭一を見つめた。
「杏子ちゃん……どうしたの?」
「え、えっと、恭一……あのね……」
てめえ浮気してんだろ?
と今にも杏子の口からそう飛び出す予定が、ラノベはその出鼻をくじくように、
「ご、ごめんね? 別に杏子ちゃんに隠してたわけじゃないんだけど……黒野くんに伝わるとめんどくさいなって思って……」
俺のせいかよ。
まあたしかにめんどくせえけど。それは否定しないわ。
「う、ううん、いいよ全然。あ……アタシも、ラノベだったら読めそうかなーって……」
「えっ、ホント? じゃあおすすめ貸してあげるね」
「あっ、う、うん。ありがと……」
……なんですかこの茶番は? ダメだこりゃ。
急激にアホくさくなった俺は、そのまま二人を置いてさっさと帰宅した。




