正義の味方(自称)
「小鳥遊くん、ちょっと時間ある? 数学で教えてほしいところがあるんだけど……」
「ああ、恭一は用事があって忙しいらしいから俺が……」
「あっ……大丈夫です」
なにその街でビラ配りに声かけられたみたいな反応。そのままスルーしていきやがった。
しかしなんだって俺じゃなくてラノベばっかり……まあ恭一の頭のデキはそこそこいいらしいけども。
にしても、その一緒にいたというお相手の女の子とやらは一体何者なんだろうか。
案外そのへんのクラスメイトだったりして……うちのクラスの女子は京○ニのモブ並に作画のいいのが揃っているのだ。
しかし恭一が杏子と付き合っていることはそこそこ知れ渡っているはずなので、それを知ってて手を出すような勇者がいるとは思えない。
いや手を出しているのは恭一のほうか……いずれにせよけしからん話である。
「用事ってなんだよオィ~」
「痛いよ、やめてよちょっと」
俺がしつこく恭一の肩をグーパンでつついていると、
「ひでぶって言えよおい~」
いきなり横から変な奴が約一名、一緒になって俺のマネをしはじめた。
すぐさま俺はそいつの手をバシっと払いのけて、恭一をかばう。
「ちょっとやめてもらえます? そういうのいじめっていうんですけど」
「な、なんだよ~。オレも入れてくれよ~」
と食い下がってくるのは、ぼっちはぐれドキュンオタク田中だ。
逆立てた金に近い茶髪に、高校球児も真っ青なほっそいオラついた眉毛をした見た目は完全にドキュンそのものである。
そして中身も完全にドキュンというかキチガイである。そんなだからクラスでも孤立しているが、妙に俺にだけ絡んでくる。
俺がキワモノ扱いされているのは、こいつのせいもあるんじゃないかと思い始めてきた。
当然仲間だと思われたくないので、とっととその場を解散とする。
「あ~帰ろ帰ろ」
「なんだよ冷たいじゃん。オレたち友達だろ~?」
友達だろ? と確認してくるやつはすべからく友達ではない可能性が高い。というか普通に友達ではない。
たち、という言葉に反応したラノベが超絶迷惑そうな顔で俺を見た。「何でこんなキチガイと仲いいの? そして何で僕まで?」とでも言わんばかりだ。
「お前と友だちになった記憶は一切ないんだが」
「へへ、そりゃあんまりだぜブラザー」
そうは言っても気がついたらもうこんな感じだった。
この男は一体どこから来たのだろうか、そしてどこへ向かうのだろうか。
俺に流された田中は、これみよがしに恭一の肩に手を乗せて、
「なぁ? ラノベ」
「え? えぇと……」
「そういやラノベには話したことなかったか。オレと泰地の、そもそもの馴れ初めを。じゃあまずは順を追って中学時代……当時いわゆる『正義の味方』だったオレは、学校の、街の悪党どもを片っ端から退治すべく、昼夜問わずひたすら戦いに明け暮れていた」
誰も聞いていないのに、田中のクソどうでもいい一人語りが始まる。
なぜいきなり正義の味方なのか全然意味がわからないのだが、おそらく何らかのアニメか何かに影響されているのだろう。
というか俺もそんな話は初耳である。
「そしてそんな終わりのない戦いに疲れ果てたオレを癒やしたのは深夜アニメだった。アニメを見ているときだけが、オレが唯一心から安らげる時間だったのさ」
こいつの言う深夜アニメとは、主にゴリッゴリの萌えアニメのことである。
中でもゆりゆりメモワール通称ゆりめもというアニメの、杏子ちゃんという名前のロリキャラを崇拝している。
奇しくも宮園杏子と名前がかぶっているので、田中は杏子を親の仇のように敵視している。
「そしてあれは忘れもしない、入学式初日のことだった。ちょうど春前にゆりめも二期が終わってしまって生きがいをなくしていたオレは、荒れていた。すさんだ心に身を任せ、初日から学内の悪党にケンカをふっかけていた。そして便所でタバコをふかしていた連中をボコった時……出会ったのさ」
『あ? 何ガンくれてんだ? テメーも仲間か? かかってこいや小悪党が』
『あぁっ!? 何だオラァ!? 邪魔なんだよォッ、いいからさっさとどけやぁあああッッ!!』
「その時、真正面から徒党も組まずに一人でオレに向かってきたのが泰地だった。そのあまりの迫力に、オレとしたことが固まっちまって……すげえタンカだったぜ……」
当時の状況を思い出しているのか田中は遠い目をする。まあ確かにこれは田中の妄想ではなく実際にあったことだ。
が、実際の状況はちょっと違う。あの時の俺は朝から腹を下し、うんこが漏れそうだった。三年に一度……いや五年に一度の大災害クラスのものだった。
たぶん朝からピノ食ったのが悪かったんだと思う。とにかくマジのガチで限界だった。
死に物狂いで便所に駆け込むと、体をおさえながら床に横たわるヤンキーたちと、その真ん中に田中が仁王立ちしていた。
ひと目で異様な状況と悟ったが、異様な状況なのはこちらの肛門も負けてはいない。
最初は俺も「ちょ、ちょっとすいません、ちょっと……」と平身低頭で横を抜けようとしたのだが、田中は何か訳のわからんことを言って一向にどかないのでブチキレてしまった。
叫んだ拍子に噴射しそうな勢いだった。というかちょっと出たけど気合で引っ込めた。
「一発で確信したぜ。コイツはただもんじゃねえってな」
もうこっちは走馬灯走ってたからね。
入学初日にうんこ漏らしたら高校生活終わるでしょ。
高校生活終わったらそのまま引きこもりになって人生詰むでしょ。
人生かかってたからそりゃそうなる。あれはまさに一生をかけた、魂の叫びだった。
「回想してもらったところ悪いが……俺はそんなこと記憶にないね」
「な……オレがあんだけ衝撃を受けたってのに、身に覚えがねえって……。やっぱりとんでもねえヤロウだぜ」
うんこ漏らしかけたことなんて思い出したくもねえんだよ。
しかもあの時、なぜか便所の紙がなくて……おっとこの話はもういいだろう。
話したところでお互いにね、得るものがないと思うんだ僕は。
「あれっ、恭一がいない。いつの間にか逃げやがったなあの野郎」
バカの話を聞いていたら恭一がいつの間にかいなくなっていた。
こりゃいかんと急いで後を追って廊下に出ていこうとすると、
「なあ泰地、一緒にアニマン行こうぜ」
「誰がお前なんかと行くか。さっさと帰って勉強しろ」
俺はしつこくまとわりついてくる田中を振り切って、教室を出た。




