巧みな話術
教室に舞い戻った俺は、さっそく今日も一人さびしく窓際の自分の席で読書をするラノベに近づく。
冗談抜きでこいつ友達いないんじゃないかっていう、でもふと気づくと楽しそうに女子とおしゃべりしていたりとか、マジで謎である。
なぜこんなヒョロヒョロショタ男にあそこまで惚れている彼女がいるのか、それにとどまらず女子が寄ってくるのか。
それはおそらくラノベ主人公補正的な見えない力が働いているのではと睨んでいる。それかやっぱ巨根だからか。
そんな恭一の背後から近寄った俺は、「杏子を心配させて何やってんだ馬鹿野郎!」と優しく頼れる熱血漢……つまり素でいこうと思ったが、あくまでさりげなくこっそりと、と杏子に言われた手前自重する。
ここは俺の巧みな話術で、なんか誘導尋問的なそういうのを駆使して洗いざらいしゃべらせてやろう。
エロ本しかり強引に無理矢理に、みたいなのはあまり好みではないんでね。
あまりのテクに気づいたら気持ちよく全部喋っちゃってたみたいな、最終的にはアへ顔の完堕ちですわ。
「やぁ恭一。どうだい調子は」
まずは朗らかな笑顔で挨拶だ。
やったとかどうとかそういうくだらないことは言わない。
恭一は目線を上げると、驚いた顔で手にしていた文庫本を取り落とした。
若干警戒されているようだが、まあコイツは人見知りが激しい所があるからしょうがない。
というかただあいさつをした親友にそのリアクションはどうなのと思う。
仕方なく徐々にあっためていこうとまずは雑談の基本、天気の話題から攻めていく。
「それにしても最近暑くなってきたなぁ」
「……何? どしたの?」
普通の会話をしているのに、なんか悪いもんでも食ったのかコイツみたいな顔するのはやめて欲しい。
よっぽど俺が普段からキチガイ発言しかしてないみたいじゃないか。
「もうそろそろ夏休みだなぁ。早いもんで」
「……な、何なの?」
警戒心ヤバイんだが。
そんなおかしな言動は何一つしていないというのに。
逆に焦った俺は恭一の持っているカバーつきの文庫本を指さして、
「それ今日もおねショタ系のエロ小説か」
「違うよ、もう……」
呆れ顔になりながらも恭一はほっとした様子だ。
何で今のでちょっと安心してんだよ。こっちが俺の平常運転と言わんばかりである。
恭一は一人でさみしかったのか、聞いてもいないのに勝手に喋りだした。
「最近ちょっと漱石を読み返してるんだ。これは三部作のやつなんだけど……」
「うんうん、やっぱりいいよねソーセキ。やっぱ三部だよね」
「うん、やっぱりきれいな文章だよね。これぞ日本語っていうか……」
「日本語だよね、うん、やっぱ。で、最後に言い残すことはそれだけか?」
「へ? なにが?」
なんかめんどくさくなってきたのでここで「お前浮気してんのか?」と直球で聞いてもいいのだが、どうせなら浮気の現場を突き止めて写真でも動画でも隠し撮りして、絶望のどん底に突き落としてやるのが親友ってもんだろう。
まあ正直なところ、ここで下手に「杏子に浮気を疑われてるぞ」なんて言ったらコイツがしっぽを隠してしまう恐れもある。
もし本当に浮気しているならしているで、うやむやにせずそこはしっかり追求してやらなければならない。
俺は杏子ラノベどちらに肩入れするわけでもなく、あくまでニュートラルな立場なのだ。
そのほうがどちらに転んでも今後のお互いのためであるとも思うし、別に修羅場が見てみたいとかそういうわけじゃない。決して。
「潰されて、本当に男の娘になってしまうかもな……」
「えっ、それは何? ていうかさっきからおかしいよねなんか……」
「恭一、次のテストお互い頑張ろう! 俺も負けないぞ!」
「だからそれが怪しいんだって!」
熱血さわやか系の友人でなんとかごまかした。
やはりラノベは病的なまでに臆病かつ猜疑心の強い男であるからして、無策で正面からいくのはよろしくない。
とにもかくにも、本番はおそらくやつが動き出すであろう放課後からだ。
そして放課後。
ラノベの悪行を暴くため本格的に動き出そうとしていると、弥月からラインが来た。
『今日は家で勉強だからね。帰ったらあたしの部屋来て』
そんな矢先にこれである。
まあ昨晩も言われたような気がしないでもないが……ちょっと待ってほしい。
昨日一緒に舞依の勉強を見るという話になったはずなのだが、それはどうなったのか。
『舞依のことはいいのか? 見てあげなくて』
『舞依はもういいって言うから。たぶんあたしたちに気を遣ってくれたんだと思うけど』
もういいってなんやねん。
舞依がそんな気遣いするとは思えないし、さてはあいつ……弥月のスパルタ指導に耐えきれず逃げたな。
そうすると俺が一人で……うーん、俺も逃げちゃおっかな。
……じゃなくて、今の俺はとても大事な使命を抱えているのだ。
テストと友達どっちを取るかって言ったら、もちろん友達に決まってるだろ? 非常に残念だが仕方のないことだ。
『用事があってちょっと遅れるかもしれない』
『何の用事?』
光の速さで返信がくる。
正直に事情を話してもいいのだが、一応内緒で、ということなので勝手に言うのはよくないだろう。
弥月にしてみたら恭一が浮気してようがどうでもいい話だろうが。
『ちょっと友達とありまして。友達いたの? はなしで』
『わかった。待ってるからね』
あらかじめ釘をさしておいたのが功を奏したか、弥月はすんなり引き下がった。
まあ、後でご機嫌取りから始めなければいけないかもしれないが。
弥月とのラインが終わると、俺は恭一を逃すまいと席に突貫する。
恭一は帰り支度をして、今まさに席を離れようとしていたところだったが、そこに立ちふさがるようにして囲いをかける。
「ラノベ、今日帰りメガワールド寄ってこうぜ」
「え? ご、ごめん。今日は僕、ちょっと用事あって……」
「なんだよまた杏子とデートかよ」
「いや、そういうわけでもないんだけど……」
恭一はちらっと杏子がいる方に目線を送る。杏子は何やら他の女子と話しているようだった。
友達もろくにいないコイツが杏子以外と用事? まあ普通に俺とどこかに行くのを嫌がられている可能性もあるが……いきなり怪しい。
こんなに怪しくていいのかっていうぐらい挙動不審である。こりゃもうやってんな絶対。
俺とラノベが無言の腹の探り合いをしていると、突然横からクラスの女子が声をかけてきた。




