ほら……触らないの?
「思いっきり見下した嫌そうな顔しながら頼む」
脊髄反射でそう返すと、リクエスト通り杏子はゴミクズでも見るような目(いつもどおり)で、ゆっくりつまんだスカートの裾を持ち上げて……。
「いや待て、冗談だよ冗談!」
あわてて立ち上がって杏子の腕を抑えると、杏子は俺の顔を見てニヤッと笑った。
「ふふん、やっぱり止めると思った」
「は、はあ? なんだよそれは」
「黒野って下ネタとか口ではいろいろ言うけどさ、ホント口だけだよね。今も顔超テンパってるし」
「こ、この俺が口だけだと? こちとら口より先に手が出る男だぞ? あんまりナメてると揉むぞコラ」
「それダメなやつじゃん。……じゃあいいよ、それで報酬前払いってことにしよっか?」
「え?」
そして童貞丸出しの顔で固まっている俺に杏子は一歩近寄ると、しゃんと背筋を伸ばして胸を張るようにしたまま動かなくなった。
目を伏せがちにして、どうぞ触ってと言わんばかりに無防備な姿を晒す。その膨らみレベルはなかなかの……おそらく弥月と同程度かそれ以上か。
え? ていうか何これ……マジ?
「ええとあの……杏子さん?」
「ん~? どうしたのかな黒野さん? 口だけじゃないんだよね?」
「あ、あぁ? 当然ですよそんなもん当然……」
正気かこいつ……。
ラノベによると杏子はその実そういうことに関しては奥手、というがこれは絶対何分いくらとかで不特定多数といかがわしいことしてるやつだろ。
今もこうやっておっぱい突き出しながら余裕の笑みだ。
完全に舐められているようだが……俺もここまでコケにされて黙って引き下がるわけにはいかない。
「ねえほら……触らないの? もしかしてビビってる?」
「は、はあ? だ、誰が……」
杏子はじり、とさらに間を詰めてくる。
大体、たかがおっぱいの一つや二つ揉むのに何をビビることがあるかと。
変にいやらしい感じを出すのがいけない。ちょっと反動のある球体を借りて握力トレーニングしますよのノリでいけば何も問題はないのだ。
と言い聞かせつつ軽く胸元に向かって手を伸ばすと……俺の一挙一動を、じっと真顔で見つめてくる杏子の瞳と目があった。その視線は妙に熱いというかなんというか……エロい。
さながらヘビ蛇に睨まれたカエル……もといビッチに睨まれた童貞。
身の危険を感じた俺は、さっと後ろに体を飛び退かせて、
「え、えっちなのはいけないと思います!」
「なにそれ。うっわ~予想通りの超ヘタレ。ま、どうせ触らないと思ったけど」
「い、いやいや別にね、おっぱい揉むぐらい全然ビビる要素ないから。ただシチュエーションが問題だと言ってるんだよ。学校の昼休みにこんな場所で、お互い彼氏彼女がいるのに……みたいなのが」
「なのが?」
「興奮するじゃないか」
時と場所と状況とかキャラとかいろいろと問題がある。
そんなマジな感じを出されたらいかん。ボウリング投げた後にイエーイ、ってやるなら楽勝なのに。
もしくはこれが舞依だったらもうボクシングのアレみたいにバインバインやるんだけど。
「そもそもそんなことしたら俺が浮気になってしまうだろうがアホか」
「でも最初にエロとかなんとか言ってきたのそっちじゃん」
「そ、それは冗談に決まってるだろうが。まったくこれだからビッチは……」
俺がそう言うと何がおかしいのか杏子はまたもニヤつきながら、
「へ~意外にもそういうとこちゃんとしてるんだ。なんかおもしろ~」
「当たり前だ。貴様のようなビッチとは違う」
なんていうか、弥月様の出方がどうなるかわからないから怖いんですよね。
ちょっと妹と軽くスキンシップしているぐらいで不機嫌に睨んでくるぐらいだから。
「ね、それで実際弥月とはどこまでいったの?」
「ど、どこまでもくそもないわ、ちょっとそこのコンビニまでだよ」
「うわ、赤くなってやんのウケる。恭一にはやったのかやったのかってうるさいくせに、自分が言われると弱いんだ」
「だ、黙れこのビッチが、お前一体何のつもりで……もし俺が本当に触ったらどうするつもりだったんだよ」
「それは……覚悟はできてるから」
そう言うなり杏子は再び神妙な面持ちになり、いきなり手を伸ばしてきて、ぐっと俺の手首を掴んだ。
そしてあろうことか、それを持ち上げてそのまま自分の胸元に持っていく。
「お、お前何を……」
「ごめん恭一……。でもこうでもしないとこの男が……」
「人を悪代官みたいにするのやめてもらえる?」
俺が杏子の手を払いのけて振りほどくと、杏子はケラケラと笑いだした。
完全に人をおちょくってやがる。
「だってこうしないと協力してくれないんでしょ?」
「はいはい、いいですよもうわかりましたよ。やります、協力させてください」
「わ、やりぃ! だから泰地くん好き」
「お前微塵も思ってねえだろ」
杏子はにひひ、としてやったりの笑顔。
最初妙にしおらしい態度をしていて完全に油断していた。もともとこういう奴だった。
「でもまあ、アタシは最初から信じてたよ? 黒野はそんないかがわしいことするやつじゃないって」
「やっぱりパンツ見せろ」
「ふぅん、じゃそこしゃがんで?」
以下無限ループ。
いつまでもこんなアホなことやっててもしょうがない。
「もういいわ、俺教室戻るわ。あぁ、あとこれやるから食えよ、飯食ってないんだろ」
「えっ、おにぎりくれんの? やっさし~どういう風の吹き回し?」
「やはり深雪のおにぎりで慣れた俺の舌に購買のおにぎりは合わない。足りないんだよ、愛情という名の具が……」
「うわなにそれさっむ」
俺は杏子に無理やりおにぎりを押し付けて踵を返す。
「ありがとね」なんて妙に気持ち悪い優しい声がしたが無視だ。
にしてもホントやられた。まさにしてやられた。俺がこんな面倒事を……なんていうか、やっぱりあれだ。
ちょっとぐらい触っとけばよかったかな。




