体育館の裏(トラウマ)
その日、登校した俺にある異変が起きた。
いつもどおり弥月とはバスから他人モードになり、それから一人で学校に到着し、昇降口で自分の下駄箱を開く。
するとその中に、あったのだ。丁寧に折り畳まれた一枚の紙切れが。
まさかこれは……? と俺はキョロキョロとあたりを見回したあとポケットに紙切れを突っ込む。
そして近場のトイレの個室に駆け込み、まったくの平常心でもって懐からそれを取り出す。
誤って便器の中に落としそうになった紙切れを危うくキャッチし、震える手でおそるおそる広げる。
いかにも女の子が持ってそうな、可愛らしいキャラクターのロゴのついたメモ帳だった。
『昼休みに体育館の裏で待ってます』
その真ん中に、ものすごく綺麗な字で書いてある。字からありありとにじみ出る清楚系お姉さん感。
これは……来てしまったか。ついに本格的に俺のモテ期が。
それまで鳴かず飛ばずだったのに、一度彼女ができた途端にモテ始めました、みたいなのあるんだなやっぱ。
『誰にも内緒で、見つからないように来てください』
さらにこのものすごい念の入れよう。
なるほど、おそらく恥ずかしがり屋の控えめ系女子かな。
いや~しかし参ったなぁ、そうは言われてもすでに彼女いるんだよなぁ。いるんだけどなぁ~……。
などと一人悦に入ったあと、ふと右下にある「杏子より」という文字に気づいた。
「……」
俺はくしゃくしゃと紙を小さく丸めてそのままトイレに流した。
それを早く言えよ、何よりも一番上に書いとけ。
ていうか誰にも内緒で体育館裏……ってこれ完全にシメられるやつじゃん。
俺なにかしたっけ? 思い当たるフシがありすぎてもうなんだかわからん。
俺は何事もなかったかのようにトイレを出て、教室に向かい自分の席に着く。
誰とも挨拶することなく(たまたま付近に人がいなかっただけだ)おもむろにスマホゲーを立ち上げてポチポチやっていると、ふと視線を感じて携帯から目を離す。
すると窓際にいる女子集団の一人と目が合った。杏子だった。
こういう時いつもは中指立ててきたりするのに、杏子はあわててふいっと目線をそらした。
これだけ見ると、偶然好きな人と目があってしまって慌ててごまかした感がそこはかとなくある。
まあそれはないにしろ、明らかに様子が変だ。俺に話があるならさっさと直接すればいいものを、なぜわざわざあんな手紙なんてよこしたのか。
シメるにしたって公衆の面前でケツに膝蹴りしてくるようなやつだから、コソコソする意味もない。
一体何を企んでるんだか……。
見た目はギャル。頭脳はクソビッチギャル。その名は宮園杏子。
と決め台詞っぽく言ってやりたいところだが、杏子とはせいぜい数ヶ月の間柄で、実際のところよく知らないのだ。
朝はパンなのかご飯なのか、目玉焼きには醤油なのかソースなのか、きのこの山とたけのこの里はどっちが……とかそういうのは一切知らない。
そもそも入学当初、ぼっちを恐れた俺が一人で本読んでる弱そうなやつなら行けそうだ、という理由でラノベこと小鳥遊恭一に話しかけたら、おまけにメチャクチャ厄介なのが付いてきたというのが事の発端だ。
握手券付きのCD的な、おまけが本体を地で行くやつである。
俺が杏子に放った第一声が「あっ、すいません」だからね。そのへんは察してほしい。
そして時刻は四時限目前の休み時間に飛ぶ。
ちまちまと貯めた石でガチャを大爆死した俺は、その時には朝の手紙のことなぞすっかり忘れていたが、
『お昼、今日もいつものとこで待ってるからね』
という弥月からのウキウキなラインでそのことを思い出した。
どうしたものか迷ったが、スルーして後で杏子に半殺しにされるのもなあと思い、
『すいませんが今日はちょっと用が……』
『何の?』
返信めっちゃ早い。
一瞬弥月BOTとかそういうのを疑うレベル。
別に杏子に呼び出されて、と正直に伝えてもよかったが、手紙には誰にも内緒で来いとあった。
それをスルーして後で杏子に以下略。
『ちょっと友達と、ありまして』
『友達いたの?』
ナチュラルにディスるような聞き方はどうかと。
このくだり以前にも何回かやってるはずなのだが、どうしても俺を友達いないキャラにしたいらしい。
友達いないほうが構ってくれるし、とか言っていたが、実際そうとは限らんのだ。
『わかった。作りすぎた分は舞依に処理してもらうからいい』
また言い方。友人を残飯処理機みたいに言うのはどうかと。
これはかなりキテるね。どんな顔して文字打ってんのか怖い。
しかし飯については別に俺が毎日頼んでいるわけではなく、向こうが勝手に作ってきてるだけなんだけども。
『ごめんちゃい。じゃあ今食べるね、もぐもぐ。わぁ弥月ちゃんのお弁当とってもおいちいです』
俺は必死に弥月のご機嫌を取るために、我ながら吐き気の催すクッソキモい文面を打ち込まざるをえなかった。
弥月も適当にスルーしてくれればいいものを、変にノッてきてしまって『ほら泰地の大好きな卵焼きだよ? あ~ん』なんて始まってしまってマジで変な汗出まくった。
くそ、杏子め。この俺にこんな無様なマネをさせやがって……。
これでしょうもない用事だったらおっぱい揉んでやろうかマジで。
そしてやってきた昼休み。
あまり長引くと飯を食いそびれると思ったので、購買でパンとおにぎりを買って体育館裏に向かう。
渡り廊下から道をそれて建物の裏手に回る途中で、そういえばあそこは舞依に告白されて地獄ドッジをした思い出の場所だったことを思い出す。
凄まじく嫌な予感をさせながらも、体育館の側面を回り切って裏手の空き地へ。
ざっと足を踏み入れると、茶髪ポニーテールの後頭部が揺れて、一人立ちつくしていた杏子がこちらを振り返った。




