重大ミッション
放課後、さっそく弥月がテスト勉強だと言って、舞依ともども学校で居残りをするということになった。
俺と二人きりは周りの目が問題だが、舞依がいればなんとかカモフラージュできるのではという浅はかな考えらしい。
まあ弥月はあんまりカモフラージュする気もなさそうだが。
そんな中、俺は早々に便所に行くと言って勝手に一人で家に帰ってきた。
あの弥月様と俺が一緒に、となるとやはり外野がうるさいだろうし、また変な噂が流れてもめんどくさい。
まあ今の弥月なら一見大丈夫そうだが……何がどうなるかわかったもんじゃないし。
そもそも俺に言わせてもらえば学校で勉強とか効率悪い。だいたいテストまであと3日もあるわけだから余裕。まだ慌てるような時間じゃない。
第一俺は多忙な身なのだ。今日だって前もってこなしておかないといけない重大ミッションが控えている。
というわけで直行で帰宅した俺は、家に到着するなり私服に着替えてふたたび家を出た。
そしてチャリで向かうは、家から少し離れたところにある薬局だ。
なぜそんなところに向かうのかと言うと……それは来るその時に備え、薄くて伸びるゴムを買いに行くのである。
およそ周りの評価どおり、俺はやる時はヤル男だ。もうヘタレだなんだとは言わせない。
決して「あたしがここまでしたのになんなの? このヘタレ○ンポ男」と罵倒されるのが怖いわけではない。
目的の薬局に到着した俺は、やや緊張の面持ちで自動ドアをくぐる。
近所を避けてはいるが、一応顔バレしないようしっかりマスクを装着済みである。
こうして不審な足取りのマスク男約一名ご入店。
まずは風邪気味を装って、風邪薬コーナーをうろつきつつも、視線はキョロキョロと全く別のものを探す。
……ヤバイ、どこにあるか全然わからん。風のウワサによるとどこかにはあるはずなのだが……。
仕方ないここは店員さんに……いやいや「ゴムってどこにありますか?」とか聞けるかバカ。
そして店内を目を皿のようにして探し歩き回ることしばらく。ついに俺は目的のブツを発見した。発見してしまった。
が、あえて一度通り過ぎた。ここで嬉々として駆け寄って手にとってしまっては、まるで俺がずっとゴムを探してさまよっていたようではないか。
あ、ゴムきらしてたからちょっとついでに買ってくかぐらいのノリが最も好ましい。
俺はカモフラージュのために、近くにあったマスクなんかを適当にカゴに入れつつ、付近を行ったり来たりする。
しかしよくよく見ればゴムにもいくつか種類あるぞ……。どれが……どれにすればいいんだ……?
と我ながら挙動不審である。万引きGメンのおばちゃんでもいたら速攻で遠くからマークされるレベルだ。
まさかゴムを買うのですらここまでハードルが高いなんて思わなんだ。
しかしここで買えずにマスクだけ買って帰ったらそれこそヘタレオブヘタレである。
一瞬「弥月ちゃん買ってきて」って言ったら「うんわかった」で買ってきてくれるんじゃないかとか思ったがそれはさすがにいかんだろう。
そしてついに意を決した俺は、007的なかっこいいロゴのついた箱を手に取ろうとすると、
「あら? 泰地くん?」
横合いの通路からいきなり声をかけられ、びくぅっと背筋が伸びる。
ぱっと手を引っ込めて変な踊りを披露しながら振り向くと、よーく見覚えのある顔が若干驚いた顔でこちらを見ていた。
「み、深雪さん……」
「あ、やっぱり泰地くん。どうしたのこんなとこで?」
このタイミングでまさかの深雪さんと鉢合わせ。
いきなり変な汗が吹き出しまくる俺に、深雪さんの怪訝そうな瞳が突き刺さる。
「い、いやぁちょっと風邪気味で……マスクをですね」
「マスクしてるじゃない」
「そ、それと風邪薬など……」
「薬あっちよ?」
「あ、ああ……ちょっと朦朧としてまして」
「大丈夫なの? わざわざこんな遠くまで……近くにも薬局あるでしょ?」
我ながら苦しい、苦しいぞ。
こういう時は逆に相手に質問をしまくってごまかすというのが鉄則である。
「み、深雪さんこそどうしたんですかこんなとこで……」
「え? 私は別に、出かけた帰りだから」
深雪さんはカゴを腕にかけていて、中にはティッシュやらシャンプーやらいろいろ入っている。
何もないな、何も不審な点はない。まああるわけないんだが。
「じゃあ弥月は? もしかしてどこかにいる?」
「いや、えぇっと……学校に残って勉強してます」
「へえ、一緒じゃないんだ? 泰地くんが風邪なんて言ったら大騒ぎしそうだけど」
めっちゃ疑われてるやん。揺さぶりかけられまくっとる。
俺と弥月のこと、深雪さんは直接口には出してこないが絶対に感づいている。なのですごいやりにくいというかなんというか。
これ以上聞かれるとあとワンパンでKOされると思った俺は、負けじと相手の弱点をついた質問をする。
「み、深雪さんの方こそ、大丈夫なんですか体は」
「うん、もうすっかり平気。ここのとこずっと調子いいし……精神的な部分でもね」
そこで深雪さんはやや意味ありげな目配せをした。
普段ならそれで空気を読んでスルーするが、ここはあえて突っ込んで聞く。
「旦那さんのことですか?」
「ええ、はい。それは……おかげさまで」
その後、旦那さんが直接病院に駆けつけてくれた、という話は弥月からも聞いて知っている。
それで仲直りと言うか……色々とあったらしい。
「ついでに弥月ともちょっと話して……。弥月の方もある程度は誤解というか、苦手意識が解けたみたい。あの人が来ると弥月いっつも避けてたんだけど、その時は意外に堂々としてたっていうか……よそで何かあったのかなぁ~って?」
「な、何かあったんですかね?」
「な~んか私が退院した境ぐらいから、弥月も急に元気になって人が変わっちゃったみたいだし。なんだろうなぁ~」
とか言いながらチラチラ俺の顔を見てくる。
絶対知っててやってるんだろうけど、向こうがそのつもりなら……。
「いや~なんでしょうね~。宝くじでも当たったんですかねぇ~」
と同じようなノリでやったらふっ、と鼻で笑われた。
そして深雪さんは急に真面目な顔になって、
「まぁウチの人のこともあるんだろうけど……何より他の人に嫌われたって、きっと泰地くんが支えてくれるってわかったからじゃない。それが弥月の力になってるんだと思う」
イイハナシダナー。
実は現在、弥月を放ってゴムを買いに来ていますとかは絶対に言ってはいけない雰囲気である。
「ありがとう。みんな泰地くんのおかげだね」
「いや、俺は別に何もしてないっすよ。そういう柄でもないんで……。あれもこれも全部深雪さんのためを思ってすごい頑張りました」
「前半と後半でぜんぜん違うこと言ってるわよ」
いかん、カッコつけて流すつもりが、もっと褒め褒めしてほしい衝動が抑えきれなかった。
すると深雪さんはくすくすとおかしそうに笑って、ぽんぽんと俺の肩を優しく叩いてきた。
「くすくす……じゃあこれからも私のためによろしくね」
「仰せのままに」
う~んこの魔性の女。
思わずノータイムで下僕宣言してしまった。だが後悔は微塵もない。むしろ清々しい。
「あ、それと泰地くん」
「はい?」
「ちゃんと練習しとかないと、ぶっつけ本番だと失敗するわよ」
うふふふ、と今度は変な笑いをしながら、深雪さんは立ち去っていった。
いやぁなんだろうな~、深雪さんはたまに難しいこと言うよなぁ~。いちいち深いな~深雪だけに。
……はぁ、死にたい。




