お兄ちゃん起きて、朝だよ♪
俺は取り出した自分のスマホを操作し、さゆりん目覚ましボイスを再生すると、それをおもくそ大音量にして静凪の耳元に近づけてやる。
『お兄ちゃん起きて、朝だよ♪ お兄ちゃん起きて、朝だよ♪ お兄ちゃん起きて、朝だよ♪ お兄ちゃん起きて、朝だよ♪ お兄ちゃん起きて、朝だよ♪』
音が割れている上にノイズが入りまくってなんかもうただの騒音にしか聞こえない。軽くホラー感すらある。
こんなもん熟睡中に俺がやられたらもう即起きのブチ切れである。そのままファンもやめるわ。
だが驚くべきことに、それでも静凪は起きる気配がない。またも口をもにゃもにゃとさせて、
「うぅ~ん……しずなはおにーちゃんじゃない……」
そういう問題じゃねーんだよ。
残念ながらこれ聞いてる人の大半はお兄ちゃんじゃないからね。お兄ちゃんになりたい予備軍だから。
あまりの声のうるささに起きている俺のほうが不愉快になってきたので、再生を止めて結局いつもの流れに入る。
その一。まずは床に置いてあるキ○ィちゃんのスリッパを拾って、スパァン、スパァン、と工場の機械のように一秒に一回のペースで静凪のケツをひっぱたく。
「ふひひ……」
なぜか静凪はケツを叩かれてにやけている。どんな夢見てんだこいつ。
まさかケツをシバくのに使われるとは思っていないだろうキ○ィちゃんもいつもどおり満面の笑顔である。
これぞwin-winの関係。まあこの程度では起きないのは百も承知だ。
「静凪ちゃん起きないといたずらしちゃうぞぉ~」
その二。変態ロリコン兄貴で起こす。
単純な物理攻撃が通じなければ精神攻撃である。
これはキモければキモいほど効果がある。と思う。
「お~皮下脂肪ぷにぷにだぞ~」
静凪の体をごろんと仰向けに転がし、パジャマのはだけたおへその下あたりの肉を指でつまむ。
これがなかなかに気持ちいい感触なのだ。にしても、なんか最近ちょっと太ってきている気がする。
まあ元が痩せすぎではあったのだが……このまま食っちゃ寝のブタ野郎になったら目も当てられない。
「しかし肝心のおっぱいは……」
すすす、と上に手を滑らせていくと、あろうことかそのまま抵抗なくブラの中にまでするっと指が入ってしまい、慌てて手を引っ込める。
丘ではなくひたすら平野が広がっているだけだった。この膨らみ具合からすると、ほとんどブラをつける意味がない。
「あぅん……」
「普通に感じてんじゃねえよ起きろ」
何をしても起きないみたいなそういうエロ本的展開はNG。
「ったく、もう!」
そしてその三。もう最終手段として、寝たまま無理やり抱っこして連行する。
脇の下に両手を差し込んで抱えあげると、チビのくせにこれがまた意外に重い。なんか枕も一緒についてきてるし。
……うーん、やっぱり投げっぱなしパワーボムしちゃおうかな。
と思った矢先、静凪が突然腕を背中に回してきて、そのままぎゅうううっと俺の体を締め付けて離れなくなってしまった。
「んー~……」
「く、苦しい……」
さながら木にしがみつくサル……いやコアラ?
さらにそれにとどまらず、静凪はいきなり顔を近づけてくるとそのまま勢いよく俺の唇に口づけてきた。
寝ぼけているのか凄まじい力で吸い付いてくる。
「イタっ、痛い痛い痛い!」
とんでもない吸引力に上唇が引っ張られてめくりあがる。口で壁とかに張り付けるんじゃないかコイツ。
耐えきれず俺は静凪の体を力任せに引き剥がし、再びベッドの上にポイーした。
「はぁ、はぁ……」
「ねえ……何がしたいわけ?」
突然背後から聞こえた声にぎくっとする。
振り向くと弥月がドアの前で腕組みしながら、呆れた顔で立っていた。
「い、いつからそこに……?」
「起きないといたずらしちゃうぞ~のあたりから」
結構前じゃないですかやだ~。
弥月はじと~とした目で俺を睨みながら、
「変態」
「ありがとうございます!」
「あえて黙って見てたんだけどさ……。泰地ってやっぱり……シスコンだよね? 絶対」
「いやいやお前は全くわかってない。俺がコイツを起こすのにどれだけ苦労しているかぜんっぜんわかってない」
「別にそんな変なことしなくたって、普通に起こせばいいでしょ」
だから普通にやって起きないからやってるんだろうが。まったくこれだから素人は。
やれやれ、とやる俺を弥月はずいっと押しのけて、ベッドのそばに膝をつくと、
「ほら静凪ちゃん起きて。朝だよ」
横たわる静凪の耳元にそう呼びかけながら、肩を揺さぶる。
もうね、声の大きさといい与える刺激といい、お話にならない。
そんなもんで起きるわけが……。
「ん~……ふぁ~あ」
起きやがった。
いやいや、前フリとかそういうんじゃなしに、なんで起きてるわけ? 寝てろよ。
静凪はむくりと起き上がって一度大きく伸びをすると、キョトンとした顔で俺の顔を見て、
「のどかわいた」
「なーにが喉かわいただよ、第一声がそれかよ」
すぐそばから弥月のお前が言うなの視線が突き刺さるが気にしない。
ヘルパー弥月がすかさず尋ねる。
「牛乳でいい? 持ってくるから」
「静凪は人間だから牛の乳とかのまないの」
普通に牛乳嫌いだから飲めないと言えばいいものを、なにをこまっしゃくれた口を利くか。
静凪は牛乳に限らず、逆になにが食えんだってレベルで好き嫌いがハンパない。
中学生にもなって通信簿に「給食を残さないように頑張りましょう。こっそり捨てるのもやめましょう」なんて書かれてやがるわけで。
「見ろ弥月。俺は牛乳飲めるからな」
「はいはいえらいえらい。泰地ももう行かないとバス遅れちゃうからね」
起きたのならもうここに用はないと、俺は静凪をほっぽって一階に取って返す。
カバンをひっつかんでリビングを出てくると、目をこする静凪の手を引きながら階段を降りてきた弥月と合流。
静凪と別れ、弥月とともに玄関先へ。だが靴を履く手前で、先を行く弥月がピタリと立ち止まった。
うんこでもしたくなったのかな? と思っていると、弥月は急にくるりとこちらを振り返った。
そして俺の後ろを覗き込むようにして誰もいないのを確認すると、
「ん」
目をつむりながら、唇を突き出すようにして軽く顎を持ち上げた。




