首領真奈美
洗面所で顔を洗い、着替えなり何なりを済ませてリビングへ出ていく。
アホみたいにテレビばっかり見ている真奈美をスルーし、椅子に座ってノートを開いている弥月に近づく。
「またこりずに弥月ノート書いてんの?」
「ち~が~う。これは授業のノート。ていうかその弥月ノートって言い方やめてよ。今週末からテストなのに、泰地は大丈夫なの? どうせノート取ってないでしょ、貸してあげよっか?」
「いやいらない。代わりにテストに絶対出るところを簡潔にまとめたノートを作ってくれればいいから」
「うんわかった」
わかっちゃったよ。ふっかけてみただけなんだけど。
どうせならもう一声いってみよう。
「あ、ていうかもうさ、代わりにテストも受けといてくれない?」
「え~? もうしょうがないなぁ」
こっちのほうが早いよねどう考えても。
いや~よかった、しばらく前から授業全く聞いてなくてマジでヤバイなって思ってたから。これで安泰だ。
ほっと胸をなでおろしていると、黙って成り行きを見守っていた普通のババア真奈美が巻き舌気味に口を開いた。
「おいそこのクズ、いい加減にしろ」
「言われてるぞ弥月」
「お前だよそこの腐った目をした男。まったくバカなことばっかり言ってんじゃないよ」
どうやらツッコミ不在なこの状況を見かねたらしい。
俺もマジで代わりにテスト受けられたらどうしようかなって思ってた。
「弥月ちゃん、あんまりそいつを甘やかさないでくれる? なんか最近、輪をかけてダメになってる気がするんだけど気のせい?」
「そんなことないよ? 泰地はいざってときはやるから。ね?」
いきなり「ね?」とこちらに振ってくるので、爽やかスマイルで親指を立ててみせる。
これが「ちょっと二階上がってく?」のジェスチャーです。覚えておきましょう。
うーん……しかしこの謎の信頼感。やるときやったっけな? ていうかやる時やんなきゃいけない感じ?
真奈美がつまらんテレビを見るときのような目で俺を見ながら、
「やるときはねえ……。まあこの粗大ゴミ引き取ってくれるのならこっちは文句ないんだけどさ」
「なんだ嫉妬してんのかババア」
「お前、今月小遣いナシね」
「お母様ご機嫌麗しゅう」
「マジでナシね」
たまに冗談通じねえんだよなこのババアは。
これマジで今月ないやつだわ。これじゃちょうどテスト直前に出るゲーム買えねえじゃねえかよ。
「いいも~ん、弥月ちゃんにゲーム買ってもらうも~ん。弥月ちゃんゲーム一緒にやろうね」
「一緒に~? もうしょうがないなぁ」
と言って一人用のRPGを買わせる作戦である。我ながら策士。
金がない時はやはり弥月様にお願いするに限る。
しかし思い返せば弥月の口から「お金がない」とかそういうたぐいの話を聞いたことがない。
なんだかふわふわしている状態とは言え、父親は小さなIT会社を経営しているらしいし、弥月は一応社長令嬢ということになるのか。
特にあの深雪さんがためこんでやがるんだよなぁ。最近投資始めたとかも言ってたし。やっぱ先立つものは大事だね。
「はぁ~心配だよ、弥月ちゃんまでバカがうつらないか」
俺たちが付き合いだした、ということは真奈美には内緒である。
単純に冷やかされるのがムカつくからというのもあるが、どうせこれまでとたいして変わらないしわざわざ宣言することもないし。
……と思っていたが、弥月が急に頭ハッピーセットになりつつあるのでちょっと危険なのである。
「しっかりしろ弥月。俺が介護役に回るのは絶対に嫌だぞ」
「あたしはしっかりしてます~。泰地はあたしがいないとダメダメだもんね~。朝もちゃんと起きられないし」
断っておくが俺が朝起きられないのは昨日の俺のせいであって俺のせいではない。
そんな事も知らない弥月は、よしよしと嬉しそうに人の頭をなでてくる。
しかし本当、このダメ人間製造機は……なんかもう、そういうふうに向こうが仕向けているフシすらあるね。
ダメ男の面倒を見てあげてるあたし偉い。すごい。みたいな。
……まあこっちは楽だから別にいいんだけど。
「はぁ~……まったく、先が思いやられる……」
真奈美はそんな俺たちを見て、これみよがしにクソでかため息である。
やはり真奈美のことだから俺たちのこととっくに気づいているが、あえて冷めた目で見守っている感がハンパない。
まあそれならこちらもおとなしく道化を演じるとするか。クックック……所詮真奈美も俺の手のひらの上で踊らされているに過ぎない。
俺が圧倒的裏ボス感でほくそ笑んでいると、真奈美が壁にかかった時計を見て突然ヒステリックな声を上げたのでビクってなった。
「あーもう! 静凪また起きてこないじゃないの! ちょっと泰地、起こしてきて! お母さん腰痛いんだから!」
「あっ、じゃあ私が……」
「弥月ちゃんはいいから座ってな」
すぐに腰を上げようとした弥月を制して、真奈美は「行け」と俺に向かって顎をしゃくってくる。
これがヤツの持つSSSスキル絶対命令である。仮にあいつを殺れ、とやられても俺に拒否権はない。まさに顎先で人を殺す首領。
俺はしぶしぶ降りてきたばかりの階段を上がって、二階の奥にある静凪の部屋へ。
まったく、なぜこの俺が毎朝あのアホを起こしに行かなければならんのだ。
実のところ、こうやって俺が起こしに行くのはもはや日課になりつつある。
「っしゃオラァ!」
荒々しくドアを開け放って、のっしのっしと静凪の部屋に入場していく。
案の定奴はベッドの中ですーぴーすーぴーと「学校? そんなもん知るか」と言わんばかりに寝息を立てている。
「起きてますかーっ!? 起きてさえいれば何でもできる!」
もうホント、起きてさえくれればなんでもいいっす。
大声を張り上げていくが、向こうはピクリとも反応する気配なし。
ここ数日、静凪のクソガキ加減が輪をかけてひどくなってきているのだ。
ん? 人のこと言えない? とりあえず俺のことは置いておいてだ。
俺は自他ともに認めるクズ野郎だが、唯一そんな俺よりクズがいるとしたらヤツだ。
ひたすら寝まくって人様に迷惑をかけるという、何もしないというのは一周回ってまさにクズ行為の究極ではないかと思う。
ちなみにお兄ちゃんかわいがりのヤンデレ妹キャラはやめたらしい。弥月に完全にポジションを奪われ、さらに舞依になんかこっぴどく怒られたから。
今は素に戻っていてつまりただのクソガキである。俺の上位互換ダメ人間。
ばさっと勢いよくかけ布団をはねのけると、ベッドの上でちんまりと丸まった体をガクガクと揺すってやる。
すると静凪は何やら口元をむにゃむにゃとさせて、
「うぅん、あといちじかん……」
あと五分、とでも言うならかわいいものだが何があと一時間だ。
それならそうとこっちにも考えがある。俺は静凪を起こすための秘密兵器を懐から取り出した。




