弥月協定
後日談……というか第二部です。
いろいろ考えていたら意外に長めのプロットができてしまったので、まとめて一つの話にしようかと。
多分新キャラも一人出ます。ゆっくり投稿していきます。
突然だが俺の部屋には目覚まし時計などという、趣も情緒のかけらもないものは存在しない。
現代っ子の端くれである俺は、目覚ましにはスマホのアラームを使っている。
しかし朝の大切な目覚めを、リリリリという味気ないアラーム音で済ませてしまうと、それだけで一日のパフォーマンスが落ちてしまう。それになにより不愉快である。
そこで一考した俺は、お気に入りの声優のキャラの「お兄ちゃん起きて、朝だよ♪」のゆるふわボイスをアラームとして設定した。
これで毎朝快適な目覚めが約束される。さゆさゆちゃんに起こされるなんて最高じゃないか。
そう思って眠りについた次の朝、いざ萌えキュンボイスがスマホから流れ出すと、「は? 黙れよ」と俺は速攻でアラームを止めていた。
起き抜けにやられるとやはりイラっとするらしい。目覚ましアラームとしての効果は高いのだが、何かが違う。
まあそれはいいとして。
朝妙によく眠れていると、「あっ、もしかして……昨日の夜アラームかけ忘れた?」みたいな時がたまにある。
というか今まさにその状況なのだが……アラームかけ忘れに関して言うと、それは俺が悪いのではなく昨日の俺が悪い。
今の俺が昨日の俺のケツをふく義理はないのである。
つまり何が言いたいのかと言うと、アラームが鳴らなければ、今日の俺は起きなくていいということなのだ。
「起きて、ほら。起きないと遅刻するよ」
完璧な論法を確立した俺の体を、何者かがゆさゆさゆさと揺すぶっている。
遅刻だろうが揺すられようが眠いものは眠いのである。
ガン無視を決め込んでギュっと目をつぶり続けていると、
「も~起きないとぉ~……」
あきらめたのか静かになった。体を揺すられる感覚も止まった。
が、次の瞬間。
「ひぃっ!?」
いきなり耳元にふぅっと生暖かい風を送り込まれて、俺はがばっと上半身を起こす。
そしてすぐさま、傍らでいたずらっぽく笑う制服姿のJK……幼馴染であり、今は俺の彼女である赤桐弥月をにらみつける。
「我が眠りを妨げたか貴様」
「目さめてるのになんで起きないのもう」
「ドラクエの主人公の母親みたく起こしてって言ったじゃん」
「……どういう起こし方それ?」
まったく、この俺の彼女を名乗るからにはそのへんのネタは軽く拾ってほしいものだ。
俺は布団の上に腰掛けたまま、身じろぎもせずに弥月に言う。
「のどかわいた」
「はいはい」
弥月は一度身を翻すと、テーブルの上に乗ったお盆から、牛乳の入ったコップを持って枕元に戻ってくる。
俺はそのままの姿勢で渡されたコップを受け取ると、グビグビと牛乳を一気に飲み干した。
カラになったコップをハイ、と弥月に渡して、
「おなかすいた」
「バナナ食べる?」
「たべる」
弥月は今度はお盆ごと持ってきてベッドの脇に置くと、乗っていたバナナを手にとってさも当然のごとく皮をむき始めた。
びろーんとなる白い筋も丁寧に取って、俺に手渡してくる。
「わぁ弥月ちゃんじょーず~。ありがと~」
「うふふ、そう?」
「アレの皮を剥くのも上手なのかな」
「なんの皮?」
そうやって純粋無垢な顔で返されるとさすがの俺も良心が痛むというか。
俺はエロティックにバナナを根本まで平らげると、次はお盆に乗っている海苔巻きおにぎりを指さす。
「あれもたべる」
「食べる? へへ~これあたしが握ってきたんだよ」
弥月はうれしそうに笑いながら、お盆を俺の胸元にもってくる。
なるほどおにぎりは二つとも非常によい形をしている。さすがは俺のヘルパー。じゃなくて彼女。
「どう? おいしい?」
「うめえ、梅だけに」
「入ってるの鮭だけどね」
弥月はおにぎりを頬張る俺をじっと眺めながら、ニコニコと笑顔を絶やさない。
何が楽しいのか知らんがそうやって見られるとちょっと食べづらい。
やがておにぎりを胃の中に収める終わると、弥月が自分の口元を指さして、
「ご飯つぶついてるよ」
「え?」
「とってあげる」
そう言うなり弥月はためらいなく顔を寄せてきて、唇付近にちょこんと口づけてきた。
これにはご飯つぶくんも俺もビックリである。いきなり何をしてるのかと弥月の顔を見やると、
「ふふ~ん、一石二鳥」
そう言いながらも少し恥ずかしそうに口元をほころばせている。
いやいや今のはちょっとやり過ぎなのでは……?
いやまあかわいいよ? かわいいけど……なんていうかやめて欲しいわけですよ、朝からそういう雰囲気に持っていくのは。
なんせこちらはムスコも起きてしまっていて、このままベッドから出たら非常に不自然な膨らみを晒すことになってしまう。
牛乳を飲んでいたあたりからすでに元気だったんだけども、今のでフルパワーになってしまったと誤解されて、どんだけ早漏やねんと思われても癪だし。
「泰地、いい加減そろそろ起きないと時間……」
「い、いやあ、もうちょっと……」
「どうしたの? もしかして体調悪いの?」
「まあある種体調不良かな。ある種ね」
「大丈夫? 熱あるの?」
「いや大丈夫、熱は非常に部分的で限定的なものだからね」
ムスコのことをここまで心配してくれるなんて、なんて甲斐甲斐しい。
弥月はしばらく不思議そうに俺の顔を見ていたかと思うと、急に顔を近づけてきて、
「どれどれ~」
自分の前髪と俺の前髪を手でめくりあげて、コツンと自分のおでこを俺の額に押し当ててきた。
突然の奇行に一瞬反応の遅れた俺は、体をのけぞらせて慌てて額を離す。
そんな俺を見て弥月はニヤニヤ笑いながら、
「うーん平熱かな? でもちょっと顔赤いかな~?」
「や、やめんか、だいたいそんなもんで熱わかるわけないだろ!」
「えへへ、一回やってみたかったの」
やりたかったらリアルGTAとかしちゃう人かな?
まったく、どうせだったら本当に熱を持っているところと……などとやるわけにもいかない。
弥月と付き合うことになった俺は、その段階で変な協定というか取り決めを一方的に結ばされた。
というのは、
電話を無視しない。
ライン既読無視しない。
くだらない下ネタ禁止。
などなど、大好きな弥月ミニノート帳にお得意の自分の署名つきで書き連ねて、さらに俺にも署名をさせた。
これはもちろんあたしも守ります。とは言ったがお前は下ネタ言わんやんけという話だ。
ちなみに俺の態度によってはさらに追加される予定ありときた。もはやこれは人権侵害レベルである。
……ん? そもそも恋人というか人として当然レベル? そんなことはない。だって守れてないもん。
弥月ノートに書かれた内容は、ほとんど思惑通り実現することがないという呪い付きである。
「ほら、早く起きないと泰地の苦手な恥ずかしいセリフ言うぞ~」
「おぅえっ、すでにその発言がヤバイ。キモっ」
「キモいってなによ。いいから早く起きなさいってば!」
そうして無理やり布団から引っ張り出された俺は、やや前かがみになりつつも弥月に先立ってリビングへと降りていった。




