見てますん
病院から急ぎで自宅まで舞い戻る。相変わらず隣の赤桐家は静まり返っていた。
門の前にチャリを止めて、呼び出しボタンを五十連射ぐらいするが、何の反応もない。物音すらする気配がない。
やはり弥月は家にはいないようだ。
一応自宅にも顔を出して真奈美に再度尋ねるが、家にいないのなら知らんの一点張り。
仕方なく俺は、近場で弥月の行きそうな所……コンビニ、本屋、ファミレス、喫茶店……などなど、あちこちにチャリを飛ばし、走った。
走って、走って、ひたすら探し回って……そして、一時間ぐらいで疲れた。
「見つかんね―わ。もう疲れたし帰ろ」
うーん主人公になりきれない僕。でもがんばった。一時間もよくがんばった。
いやまあ別に、よくよく考えればそんな焦る必要もないしね。
さすがに夜になれば勝手に家帰ってくるだろうし、それに今頃本人うんこしに家に帰ってるかもしれないし。
もし万が一帰らないってことは……。あーでも……めんどくさいな……。
すでに夕日が落ちかけ、あたりは薄暗くなり始めていた。
のどが渇いたので、とりあえずジュースを買おうとチャリを転がし、公園の自販機が立ち並ぶ一角に寄る。
ベンチに座ってお茶で一服し、ふと何気なく公園の方を見渡した瞬間、嫌な予感が頭をよぎった。
「まさか……」
まさかまさか、と公園の中に入っていき、いやいやまさかまさか、とその一角に立ち並ぶ三つの色付きの巨大な土管、その右端の赤い土管の中を覗き込む。
「マジかぁ~……」
思わず目頭が熱く……ではなく目頭を手で抑えてしまう。
しばらくなんと言うか迷った末、俺は土管の中で縮こまっている人物に声をかけた。
「なんでこんなとこ隠れてんだお前……ドラマの見過ぎだろ」
と言うが弥月がここに隠れているのを見るのは、初めてのことではない。
小さい頃にも何度かあった。たいていケンカしたときはここに隠れていた。
ケンカと言っても俺がふざけて弥月がマジに受け取って、というパターンが多かったが。
たしか泣くと家には帰れない、お父さんに泣いているところを見られたくないとかそんな理由だったと思う。
だから見られないところで泣いて帰る。そしてやはり、今も弥月は泣いているようだった。
おそらく俺に気づいてはいるみたいだが、声をかけても反応なし。
体育座りをして、じっと膝の上に顔をうずめるようにしている。そしてエロアニメばりにパンツが見えている。
「パンツ見えてるぞ」
無視。
「ほう、しまぱんか」
さらに無視してくるので、
「盗撮してもいいかな」
そう言って携帯を取り出すと、弥月はばっとスカートを抑えて座り直した。
そして目元を袖でぐしぐしとやった後顔を上げ、真っ赤になった目でキっと睨みつけてきて、
「なに」
「いや、ずっと探してたんだよお前のこと。もうずっと三時間ぐらい休み無しで走り回ってへとへとだよ」
「うそ」
「あんまり真っ向から疑うのもよくないと思うんだよね。まあ嘘なんだけどもね」
さっきまで休んでましたとばかりにお茶のペットボトル片手なのが悪かったかな。
俺がそう言うと、弥月は再びうつむいて黙ってしまった。
これは失敗か、嘘でも最初のノリでいくべきだったか。
これではさすがの俺も空気を読まざるを得なくなり、体をかがめてなんとか土管の中に入っていき、弥月の隣に腰を落ち着ける。
しかしここ、砂まみれで汚いんだが……犬の糞とか落ちてそうだし。
土管入ってくとかマ○オかっつうの。もうこんなもんいつのトレンディドラマ(死語)だよっていう。
あまりに陳腐すぎるこの状況に頭の中で突っ込みが止まらなくなっていると、おもむろにポツリと弥月が口を開いた。
「……お母さんがいなくなったら、一人になっちゃう。そしたら死ぬ」
「アホか、縁起でもないこと言うな。だいたい深雪さんが死んだら俺がまっさきに死ぬわ」
深雪さんは別に問題はないってさんざん言ってるのに大げさだろう。
まあ俺も人のこと言えないけど。
「あたし、みんなに嫌われてるから。嫌い嫌いって」
いきなり言われてもなんのこっちゃだが、おそらく例のウワサとやらが本人の耳に入ったのかね。
そこでタイミングの悪いことに合わせ技ってか。にしてもまた極端な。
「みんなって誰よ?」
「みんなってみんな」
「嫌われてたらズル休みしてもいいわけ?」
「ズル休みじゃないもん!」
弥月は顔も上げずにうつむいたまま声量を上げる。土管の中だけに声がやたら響く。
しかしこの感じだと全くお話にならない。言うだけ言ってまた黙ってしまうし。
う~んこれは……帰っちゃおうかな。とも思ったが、とりあえず深雪さんから頼まれた役目を果たそうと、懐から託された弥月のポーチを取り出す。
「はい忘れ物。温めておきました」
するとそれを見るなり、みるみるうちに弥月の顔色が変わっていく。
口をパクパクさせながらポーチを指差し、
「そ、それ、どうして……」
「いや、病院に忘れてたって」
弥月は「あっそうか!」みたいな顔をした後、強引に俺の手からポーチをひったくる。
そしてその中をゴソゴソとやり、一目散に手帳を取り出し無事を確認して、
「も、もしかしてこれ、み、見た……?」
「見てますん」
「みっ、見たんでしょ!?」
と今にも掴みかかってきそうな形相。
ごまかそうにもさすがにアレを見て見なかったふりをするのは無理。
今後の距離感とかも困るし無理。なので正直に言うことにした。
「いや俺は見るつもりはなかったよ? でも深雪さんがね、まるでガイドブックでも手渡すようにちょっと見てみて、っていうから」
とんでもない罠だった。すました顔してエグいことするわ。
俺がそう弁解すると、弥月はさすがにこれまでの流れで「クソっ、あのババア死ね」とは言えなかったのか、口をつぐんでしまい黙ってしまった。
そしてすぐに閉じた口元をわなわなと震えさせたかと思うと、顔を突っ伏して鼻をすすりながら、小さく嗚咽を漏らし始めた。




