好きです
俺の……素直な、正直な気持ち。
ずっとごまかしていたけど、やっぱりこれ以上は……。
ごくり、と唾を飲み込む。
意を決して、俺はまっすぐ深雪さんの目を見つめかえして言った。
「……深雪さん、好きです」
「ち・が・うでしょ」
あっれー? おかしいなぁ。私も……ってならないぞ。
絶対この流れだったでしょ今。
「えっ、違いました?」
「もう! 最後までそうやってふざけて!」
深雪さんは少し顔を赤くしながら、手であおぐようにして自分の顔に風を送る。
「ちょっとドキっとしちゃったじゃないのも~!」
「マジすか、強引に押したらいけますか」
「いけません。まだ人妻ですからね」
人妻……むしろいい響き。
……じゃなくて、そこは突っ込んでいいのかどうなのか。
なんとなくそのへんに関してはタブー感があっただけに少しリアクションに困っていると、
「倒れたって言ったら、来てくれるかなぁ。来てくれると思う?」
「さ、さぁ……」
俺よりもそっちに来てほしかったとでも言わんばかりである。
いやまあ勝手な被害妄想かもしれないけど。
「ええっと、まだ……?」
「ん~……正式には……戸籍上はね。もうさっさと他の人に乗り換えようかなって」
くすっと冗談ぽく笑った。そう言うけど全然そんな気はなさそうな感じ。
深雪さんほどの美人をそこまで惚れされるとは、一体どんな男なんだろうか。
くそ俺の深雪が……半端ない寝取られ感だぜ。
「な、仲良かったんですね……」
「ううん、全然。しょっちゅうケンカしてたの。子供みたいにあれこれキライキライキライって言う人だったから。カレーにナス入れただけでも騒ぐし……まあ正直者とも言えるんだけど……あ、でも泰地くんにちょっと似てるかも」
「一緒にしないでいただけます? たかがナスごときで……しいたけが入ってたらキレますが」
「でもケンカも半分プロレスみたいなもので、本音ぶつけあった後仲直りするから。そういう人だから、弥月はちょっと苦手意識があったみたいで。なんか自分が悪いんだって、思い込んじゃってたらしくて。だから本当にケンカしてるわけじゃないんだよ、って言っても、まだ小さいからよくわかってなかったみたいで。……いや今でもわかってくれてないけど」
「じゃあ、まだ……」
「まあ最後は本気でケンカしたんだけどね」
深雪さんはそう言って笑うと、急に堰を切ったようにひとりでに喋りだし、過去のいざこざを冗談めかして話してくれた。
つまるところ旦那さんの浮気が原因で、すでにそれは相手に非があることを認めさせて、現在距離をとって様子を見ている状態だという。
「ごめんなさい浮気しました許してくださいって言うの。もう呆れちゃって」
一応相手は反省して、生活費など多分に入れてくれているので問題はないが、それが思いの外ズルズルと長引いてしまっているとのこと。
親戚中には結構アレな人扱いをされているため、弥月のためにもさっさと別れてしまえ、というのが周りの意見なのだと言うが。
「でもなんか妙に人望はあるみたいで、会社はうまくいってるらしいの。そういうとこはちゃんとしてる人だから。お金もお手伝いさん呼んで、毎日特上お寿司頼んでも余裕で大丈夫なぐらい入れてくるし。この前なんて弥月にお年玉って言って、私に三十万渡してきたのよ? でも高校生にいくらなんでもそれはね? 金で何でも解決すると思うなよって言って私がそのまま懐に入れたんだけど」
「おい」
「違う違う誤解しないで? ちゃんと弥月に何か欲しいものある? って聞いて買ってあげたんだから。かわいい手帳」
「おい」
汚い。汚い大人や。
深雪さんはおもむろに身を乗り出し、隣のテーブルの上に腕を伸ばして、置いてあった小さいポーチを手に取る。
「そしてこれがその手帳」
ポーチから取り出した手帳を、そのままはいっと俺に手渡してくる。
いや渡されても……と深雪さんの顔を見ると、
「それかわいいでしょ? その中も、ホラ」
「はあ……」
促されて、なんとなくパラパラとめくる。
別に三十万の手帳ってわけでもなしに、そのへんのファンシーショップとかで売ってそうな、なんの変哲もない……。
とその時、項をたぐる手がはたと止まる。
てっきり未使用なのかと思いきや、ガッツリ色々書いてあるではないか。
日記というか……これは何だ? あれこれ長文で……しかも俺の名前がアチラコチラに出てくる。
「えっ、これって……」
流れで見てしまったが、この見てはいけない物を見てしまった感。
いやでもこれは……まさか。うーん……いやしかし、この見覚えのある字は……。
俺が手帳に視線を落としながら固まっていると、深雪さんが一緒に覗き込んできて、
「言っとくけどそれ、見たらダメだからね」
「えっ、今見てみてって……」
「見てとは言ってないよ? あー、いけないんだ~泰地くん勝手に見たー」
「え、えぇ~?」
と困惑する俺をよそに、深雪さんはにっこーとこれまた如才ない笑顔である。
ハメられた感がすごい。
「いやでもこれは……」
「私は大丈夫だから。あとこれもね、弥月そっくり忘れてったみたいだから、届けてあげて」
グダグダ言うな察せとばかりに、深雪さんはポーチごと押し付けてきた。
中にはサイフと、携帯も一緒に入っている。
色々忘れすぎだろあいつ、病院で律儀に電源きってそれっきりってことか?
これ以上質問は受け付けませんとばかりに、いってらっしゃいと手を振る深雪さん。
あきらめて病室を後にしようとするが、部屋を出る直前でふと思いたち、ベッドに回れ右をする。
「あの、旦那さんの携帯番号ってわかります?」
「わかるけど……なんで?」
「俺が電話かけますよ、ここは深雪さんのためにひと肌脱ごうかと。全裸になります」
「そ、そんないいって。別にそんな大したアレでもないし……」
と深雪さんは明らかに狼狽した様子でまごついている。
意外にわかりやすいお方である。
「いやずるいですよそんな、俺のことハメておいて」
「わ、わかったから。かける、自分でかけるから」
「本当ですか? 絶対ですよ?」
しつこくそう念を押す。
すると深雪さんは上目でこちらを見て、こくりと子供のように頷いた。




