頼れるナイスガイ
学校が終わると、自分の家に帰る一足先に弥月の家に立ち寄った。
しかしチャイムを鳴らして待てども誰も出ない。車はあるので深雪さんがいるならインタ―ホンで俺の姿を見てすぐに出てきてくれるはずなのに。
それどころか弥月宅はひっそりと静まり返っていて、そもそも中に人がいる気配がしない。
あきらめて一度帰宅すると、ちょうどリビングで誰得の真奈美の大胆な着替えシーンに出くわしてしまう。
真奈美は俺の視線など全く気にする素振りもみせずに着替えを続行しながら、
「おかえり、こっちも今帰ってきたとこだよ。もういろいろ忙しかったんだから」
「何が?」
「深雪が倒れて、病院送ってってたんだよ」
「はあ!?」
思わず大きな声で聞き返してしまう。
このババア今とんでもなく重大なことをサラッと言わなかったか?
「た、倒れたって、マジかよ? なんで俺に連絡しねえんだよ?」
「なんでって……どっちにしろお前学校で授業中じゃないの。それと別に大事ではないって医者に言われたからさ。一応検査入院するってことでそのまま病院だけど」
と真奈美は冷静だがこちらは軽くパニックである。
俺はシャツ半脱ぎの真奈美を押し倒さん勢いで詰め寄って、
「に、入院って、大事じゃねえかよ!」
「だーかーら一応検査するだけだって言ってるでしょうが。なんか過去の病歴があるからとかって……まあそこは身内でもなしに詳しくは教えてくれなかったけど、一日二日で終わるって」
いつものノリで真奈美にだーいじょぶだいじょうぶ、って言われると非常に不安になる。普通に大丈夫じゃなかったパターンも過去にあっただけに。
図太いんだか神経腐ってるんだか知らんが、実際この目で確かめてみないことには安心できない。
どこの病院かを聞き出すも、「今から行っても邪魔じゃないの? 会えるかわからないし」だとか抜かしやがる。
もうお話にならんと無視してそのまま家を飛び出す間際、
「そうだ、それじゃ弥月は?」
「ああ、弥月ちゃん今日学校休みだったの? いきなりお母さんが……って言って真っ青な顔でウチ来て、一緒に車で病院連れて行ったんだけど。もうパニックになっちゃってたみたいでね~」
「だから今どこだっつうの!」
「さっき一緒に帰ってきたから、家にいるんじゃないの? 今日はウチに泊まりなって言ったんだけどね」
そうは言うが家に人がいる気配はまったくなかった。ババアの説明ではよくわからん。
その場で弥月に電話をかけるが出ない。というか電源が入っていないようだった。
とりあえず弥月のことは後回しと、俺は家を出てチャリにまたがり急いで病院へ向かった。
二十分ほどで病院に到着する。こんなにチャリを本気こぎしたのは生まれて初めてかもしれない。
部屋番号は真奈美に聞いていたので、受付とか何やらは全スルーしてそのまま病室に特攻した。怒られても知らん。
一回迷って看護婦さんにかなり不審そうな目で見られたが、光司くんばりのイケメンスマイルでごまかすと明らかに作り笑いのナーススマイルが返ってきた。
それからやっとのことで目的の病室を発見。
四人部屋の一番端っこ、と言われてきたがどこも端じゃねえかよと頭の中で突っ込みながら、仕切られたカーテンをそろりとめくる。
「深雪さん!」
姿を見て思わず呼びかけると、ベッドで上半身を起こしていた深雪さんが、はっと顔を上げて驚いたように目をぱちぱちとさせる。
患者用の服を着て、そんな明らかに病人みたいな格好をしておいたわしや……。
ひとり静かに病室に佇むさまは、さながら薄幸の美少女のようである。それは言い過ぎか。いや言い過ぎではない。
もう半分放心状態でベッドの脇にふらふらと近寄っていくと、深雪さんはおもむろに手元にあったタブレットの画面を見せてきて、
「見て見て泰地くんこれ、すごいでしょ。全部作ったの」
「……ん?」
画面は妙にきらびやかである。何かのシュミレーションゲームっぽい。
島がすごい繁栄している。
「これ押すとホラ見て、くまさんが踊るの」
「……かわいいですね」
「でしょ? それでこっちは……」
深雪さんは楽しそうに画面をタッチしてあれやこれやと見せてくる。
すごいハマっているらしい。
もう完全にいつもの深雪さんだったので、
「……なんか、大丈夫そうですね」
こっちもいつもの感じで言うと、深雪さんは少し恥ずかしそうに笑った。
「……うん、ごめんね。わざわざ来てくれてありがとう。心配かけちゃった?」
「するに決まってるじゃないですか」
深雪さんなりの照れ隠しらしい。
深雪さんがタブレットを片付けると、変な沈黙が起こる。
それでも俺が黙っていると、深雪さんはまるで弁解をするようにひとりでに喋りだした。
「あ、あのね。最近ちょっと興奮して大声出したりしたから、それが原因かなぁって……」
「それは……紫崎の野郎のせいでストレスになったってことですか? ですよね? 金輪際半径100メートル以内に近寄らないように言っておきますね」
「ち、違うの、光司くんのせいじゃなくて……私の方の問題だから」
と言うがどうやらビンゴのようだ。
あの野郎きっと弥月と一緒に帰ってきて、そのまま深雪さんにも絡んでやがったんだろう。
そこまで考えが回ってなかった。クソが、こんなことだったら完膚なきまでにボロカスに罵倒してやればよかったぜ。
その問題とは? とさらに突っ込むのはためらわれたが、そのかわり前々から気になっていたことを思い切って尋ねてみる。
「実は俺、前にちょっと聞いたんですけど……家を引き払うとか、そんなことないですよね?」
「……え? それはないない。周りが勝手に言ってるだけで、その気はないから」
それを聞いてほっと息をつくが、深雪さんはうつむきがちに目を伏せて、
「でもホント言うと、ちょっと考えたときもあったんだけど……。そっちのほうがいいのかなって思ったときもあったんだけどね、やっぱりやめたの。泰地くん一家のおかげかな」
「えっ、それって……」
「普段は軽口言ってても、なんだかんだで信頼しあってる。なんだかこれぞ家族って感じがして……そういうのが羨ましかったのかも。だってみんなすごく楽しそうなんだもの。私も一緒にご飯食べてるだけで楽しくなっちゃって、調子乗っちゃって……。だからずっと隣に住んでたら、そういうの……分けてもらえるかなって思って」
「それは買いかぶりすぎですよ、マジであいつらクソですから。真奈美はただのクソババアだし、オヤジは牙を抜かれたただの小太りクソハゲだし、静凪はただのかまってちゃんのクソガキだし、俺はただの頼れるナイスガイだし」
「そうだよね。泰地くんは頼れるナイスガイだもんね。だから泰地くんには、弥月にも……力分けてあげてほしいなって」
ボケを潰されるとやりにくい。
そもそもボケたらいかん状況なのかもしれないが、深雪さんは何となくそれを見越して話しているフシもあるし。
「力分けるもなにもないっすよ。そもそも俺だって地球のみんなに元気を分けてもらいたいぐらいですし」
「だってあの子さっき、お母さんが死んだら私も死ぬとか言いだすのよ? ホント困っちゃう、そんな簡単に死なないっての。でも学校で何かあったのかわからないんだけど、最近すごく落ちてるみたい。調子悪いっていうから休ませてたけど……何か知ってる?」
深雪さんの口ぶりからすると、やっぱり風邪で熱があるというわけではないらしい。
思い当たるフシがないといえば嘘になるが、とは言えここで不調の深雪さんに余計な心配をかけるわけにはいかない。
「いや、俺も全然わかんないっすけど。ただの生理じゃないっすか」
「……もう、そういうの冗談でも言ったらダメなんだよ? 一言多いって言うの。まあ、親の知らないところで色々とあるのかもしれないけど……私としてはね。泰地くんも……たまには素直になってもいいんじゃないかな~って思ったり?」
そう言って深雪さんは微笑を浮かべながら、なにか期待するようなまなざしをじっと向けてくる。
顔色こそあまりよくはなかったが、瞳にはらんらんと力があり、こちらのことをなんとなく見抜かれているような、そんな気がした。
「……わかりました。正直に言います」




