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ホントのとこ

自宅から徒歩十分のところにあるバス停から、バスに乗る。ここから目的地の希望坂高校前まで直行だ。

 車庫が近いこともあり、バス内はたいていガラガラだが、弥月はわざわざ俺の隣に座ってくる。

 

「いつも思うのだがなぜ隣に座る」

「どうせ混むんだからいいでしょ。隣に臭いハゲオヤジが座ってきたら嫌だし」


 臭いオヤジだけでいいのになぜハゲをつけるか。

 臭いのは問題だが、隣のおっさんがハゲてようと実害はないはずだ。

 ここでも意味もなくハゲを侮辱するという底意地の悪さが見て取れる。

 まあ俺もハゲが乗ってきたら嫌だけど。

 

 バスが動き出してしばらくすると、徐々に車内は混み合いだし、同じブレザーの制服を着た生徒もちらほら。

 そのうちに、女子生徒が手を振りながら近づいてきて、


「おはよー弥月」

 

 立ったまま隣の弥月とぺちゃくちゃぺちゃくちゃとしゃべりだす。 

 昨日のテレビがどうたら、ドラマが、アイドルが、芸人が、ケイタイがラインが……ととりとめもない。

 

 まったく女というやつは、毎日飽きもせずこんな無駄な会話を延々と繰り返して。

 サービス終了間際のスマホゲーをやるより生産性がない。

 と俺が内心舌打ちしながらスマホで無料エロ漫画の更新をチェックしていると、モブ女が急に声をひそめて、

 

「……へ~、隣がもしかして例の? イケメンじゃん」

「え~? 全然そんなんじゃないよ」


 聞こえてるんだよなぁ……。というかなぜお前が勝手に否定するか。

 俺はエロ漫画に視線を落としながら気持ちイケメン顔を作る。

 

「今日も二人一緒? ラブラブですなぁ~」

「何が~? だから違うって~」


 弥月がまんざらでもなさそうに笑っている。

 もしこの女子が俺だったら、そんなわけないでしょこのボケカス死ねぐらい言うだろうに。

 猫かぶりもここまで来ると多重人格者の疑いが持たれる。


「いやぁ~うらやまし~なぁ~」

「だからそんなんじゃないって。ねえ?」


 なぜ俺に振ってくる。

 内心いつくるかとドキドキで待っていたが、「えっ、何?」と今気づいた感じで応対すると、

 

「どうなんですかぁ~? ホントのとこ」


 女子生徒が半笑いで身を乗り出してくる。なんという腹立つ顔。

 さっき弥月はグダグダと述べ立てていたが、俺にしてみれば勝手に彼氏扱いされることにデメリットしかない。

 やはりこのへんでいい加減、はっきりきっぱり言ってやるべきだ。


「どうも何も、俺はこの女嫌いだからね」


 言った。言ってやった。

 二人きりで面と向かって嫌い、だなんて怖くて到底言えないが、こういう状況なら案外いけるもんだ。

 本来ならもちろん「はあ? あたしのほうがもっと嫌いだけど? 死ね!」とでも返ってくるだろうが、猫かぶりモードではそんな暴言は口にできまい。

 

 しかしこれで変な疑いも解消できてよかった……となんとなく弥月の様子をうかがうと、弥月はどういうわけか前の席の背もたれをじっと見つめたまま、時が止まったかのように微動だにしない。


「あ、もしかして私まずった? 今ケンカ中? でもまあ、ケンカするほど仲がいいって言うし……」

「ん? ああ、全然……」


 女子生徒が取り繕うように言うと、弥月が我に返ったかのようにはっと顔を上げて微笑む。

 するとちょうどその時、バスが学校前に到着し停車した。

 そのまま会話はうやむやになり、揃って下車を始める生徒たちの騒がしさの中に飲まれた。



 バスから降りると、徒歩で来ていた生徒たちも入り混じって、校門前の道はなかなかの混雑となった。

 さきほど話していた女子生徒は、他の友達を見つけてどこかに離れて行ってしまい、俺は弥月と残される形になる。

 よっぽどさっきの件をぶり返してくるかと思ったが、どういうわけか弥月は表情一つ使えず、全くの無言のまま歩き続ける。

 

「あ、あの……弥月さん?」


 もしかして……オラオラですか?

 おそるおそる声をかけてみるが、弥月は相変わらずのガン無視。

 いや無視というよりか、目線もどこかずっと遠くを見ているようで心ここにあらず、と言った感じだ。


 うーん……。よくよく考えてみればプライドの高い弥月のことだ。

 ゴミムシみたいな奴に他人の前で嫌い、なんて言われたらブチギレもブチギレ、頭がフットーしまくってもはや俺の存在自体認識したくないとなってもおかしくはない。


 ふん、まあそれならそれでこっちも望むところ…………はっ、まずい。もしこのままずっと口を利いてもらえなくなったら。

 宿題丸写しさせてもらえない。教科書とか忘れたときに借りに行けない。テスト前にノート見せてもらえない。

 読みたいマンガを買わせてすぐ貸してもらえない。欲しいゲームができたときに次の小遣いまで立て替えって言ってお金を借りられない。そんでそのままなかったことにできない。


 ええと、それとあとは……。

 なんか色々ヤバイ、と思った俺は、低姿勢で弥月にすり寄っていく。

 

「い、いやあ、僕のようなゴミクズ野郎と変な噂があると、弥月さんの株も下がるかなと思いまして……。誤解を解く意味を込めて、いい加減ビシっと言ってやろうと思ってね。い、いやほら、弥月がいざ彼氏作ろうと思ったときに、そういうのあると困るじゃん? ただでさえ隣に住んでて、変な疑い持たれるし……やっぱニュートラルなのがいいと思うんだ」


 話すにつれめっちゃ早口になっていた。

 だって何もリアクションないんだもん。

 頼む頼む……と念じていると、おもむろに弥月が顔を上げてこちらを見た。


「……そっか、なんだかんだで色々考えてくれてるんだ?」

「え? ええまあ……」


 今さっき考えました。すごい勢いで。

 目が泳ぎそうになるのをなんとかこらえて、引きつった笑顔で見つめ返すと、弥月がニコっと相好を崩した。


「ありがと」

 

 か、可愛い……。 

 めったに見せられない顔をされて、不覚にもどきりとしまう。

 中身さえアレじゃなければ、やはり文句なしの美少女である。こんなんされたら並の男は間違いなく一発で落ちる。

  

 だがしかし俺はコイツの本性を知っているので、そう簡単には騙されない。

 そのわざとらしい首の傾け具合。いっつも鏡の前で練習してそうな完璧な笑顔。

 あざとい。これはもう、こうやったら自分が可愛いのがわかりきっている奴の仕草だね。

 俺はどこぞのチョロい誰かさんとはわけが違うのだ。


「んふふ、そっかそっか~」

「そ、そうそう……」


 弥月はうってかわってご機嫌である。

 頬を緩ませたまま、すっかり足取りが軽くなっている。

 しかし俺の経験上、この場合は……。

 案の定、弥月はすぐに目だけ笑っていない感じになって、


「それで、誰が嫌いだって? もう一回言ってみ?」


 やはり俺はこの女が嫌いだ。

 

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