弥月の日記 3
決めた。もう決めました。
泰地にもはっきり宣言したので、後には引きません。
これからは、人の顔色をうかがってばかりなのをやめる。
周りに流されないように、自分の意見をしっかり言えるように。
もとを辿れば、あたしのこの性格……態度が問題なんだって、泰地はきっと最初からわかってたんだ。
今回の光司くんのことだって、「なんだか元気なさそうだね、困りごとでもあるのかい?」って言われて、しつこく聞かれて、つい根掘り葉掘りと口に出してしまったのが原因なんだ。
変な気持ち悪い人たちに囲まれたり、あんまりよく知らない人からラブレター渡されたり、泰地は他の子と楽しそうにしてたりで、色々と参っていた矢先だったとはいえ、ヤバイこれって舞依のときと同じパターン……って思った時はもう色々遅くて、やっぱりやめてというのも言い出しづらくて。
その時運悪くファミレスでなぜか泰地が後ろの席に座っていて、いきなり話がこじれだしちゃって……もちろん泰地に弁解しようと思ったけどタイミングが合わないと言うか、実を言うとちょっとぐらいヤキモチ焼いてくれてもいいんじゃないかなぁって様子見しちゃったり……本当最低かもしれない。
でも泰地のことは信頼してたし、それにちゃんとあたしのことを見ててくれて、気にかけてくれていたっていうのがわかってすごくうれしい。超うれしい。
やっぱりあの頃からずっと、ずっと……続いてたんだ。
小学二年の時、今の家に引っ越ししてきて、最初に家に挨拶に行ったときは全然口を利いてくれなかったけど、でも学校で男子にちょっかい出されているのを助けてくれて、「お前そんなんじゃナメられていじめられるぞ」って言ってくれて……そのことは今でも覚えてる。
もちろんそれだけじゃなくて、他にも色々と言ってくれたこと、してくれたこと……印象に残ってることは、覚えている限り日記帳の後ろのページから順に、まとめて書き付けてある。
もし泰地に見られたら「うっわキモっ!」て絶対言う。ドン引きされるだろうけど、辛い時に眺めると楽になるというか、元気が出る。
でもやっぱり、いつまでも守ってもらってじゃダメなんだ。
そういうところ、きっと見透かされてるんだと思う。
泰地には頑張る、って宣言した。
だからまずは光司くんにしっかり断りを入れて、それから他の人たちのことも、自分でなんとかしようと思う。
それまで泰地とはできるだけ顔を合わせない。甘えないように、無意識に頼ってしまわないように。
それと並行して、そろそろテスト勉強しないとなぁ。
自分一人でする努力は苦じゃない。これまでもそこはしっかりしているところを見せてきたんだから、このまま継続。狙うは学年トップ。
きっと泰地のことだから、テスト前になってノート見せてとか代わりにテスト受けてとかって頼ってくるに違いない。
そしたら、じゃあ何かおごって、って言って……さりげなくデートに誘う。そしてあわよくば……なんて。
でもやっぱりこうやって素直に、シンプルに行くのが一番なんだと思う。
最初は恥ずかしい恥ずかしい、って思ってたけど、向こうが照れて恥ずかしそうにしているのを見ると逆にこっちは大丈夫というか、案外平気かも。
とにかく頑張れ、頑張れ弥月。
その日の三時限目の理科は移動教室だった。
理科教室の席についてから、あれこれ考え事をしていたせいかノートを忘れてしまったことに気づき、慌てて教室に取りに戻った。
すると誰もいないと思っていたはずの教室では、ケタケタと騒がしげな笑い声が響いていた。集まって話している数人の女子の姿が遠目から確認できた。
それぞれ少し髪の色が抜けている派手めなグループで、話しかけられれば調子を合わせるが、こちらから声をかけに行くようなことはもちろんない。
教室に入る一足前に彼女たちに気づいて、戸口の前ではたと足を止める。
(やだな……あたしの席の近くで。早く出ていかないかな)
一度素通りしようかと迷いながら、廊下で立ち往生していると、甲高い女子の声が聞こえてくる。
「キャハハ、いくらなんでも早すぎでしょ~!」
「色々と保険かけてんじゃない? あっちこっちさ~」
誰かのウワサ話をしている。
誰、とまでは明確に言っていない。わからない。
だが彼女たちの視線が、一箇所に集まっている。
(あたしの、席……)
「表では無害そうな顔でいい人ぶって、裏では相当悪女なのかもね。アタシそういうのホント嫌い」
「言うねー。ていうかそんなの誰だって嫌いでしょ」
声が耳に刺さった瞬間、さっと全身から血の気が引くのを感じる。
わずかに遅れてドクンドクンと心臓が強く脈打ちだし、喉元がぎゅっと締まって息がつまり、小刻みに体が震えだす。
――オレはそういうのは、嫌いなんだよ!
――どうして、あなたは関係ないでしょ! 弥月だってそんな風に……。
声が不意に頭の中にこだますると、黒ずんだ燻りが血流のように体中を巡り、一瞬にして全身を蝕んでいく。
ふらりとした足元を、伸ばした腕で壁に手をついて支えた。
(嫌いに、ならないで……)




