キレてない
その数日後。
再び放課後に紫崎の待ち伏せを受けた俺は、今度はファミレスでパフェをごちそうになっていた。
「ふっ、フラれたよ……完膚なきまでにね」
などと紫崎は敗者の分際でカッコつけているので、「この負け犬め」「人の不幸でパフェがうまい!」と煽ってやると急に半泣きになってしまった。
「自分の言葉に責任も持てないのかこのクズが、と罵倒されてしまった……うう……」
どうやら舞依さん弥月の件で相当おかんむりらしい。
にしても結構容赦ないなぁ……そこまで言われているとは。
そうとは知らずちょっとかわいそうなことをしたかと思ったので、適当にフォローを入れてみる。
「あれだよほら、前テニスがどうたら言ってたじゃん。スポーツは真面目なんですよみたいにアピールしてみたら」
「なるほど……しかしこうなってしまうとどの顔で誘えばいいか……」
「果たし状みたいの送ってみればいいんじゃ? たぶんそういうの燃えるタイプだから」
「なるほど、普通ならありえないが彼女は普通ではないからね。アドバイスをありがとう、なんとかここから挽回してみせようと思う。まあ見ててくれ!」
今度は急にやる気になっている。
マジかこいつ……と思ったが、舞依のことだから実際どう転ぶか俺にもわからない。面白そうなので放っておくか。
俺的には毎度こうしておごってもらえるのでおいしいし。
そんなこんながあって、とりあえず色々と一段落したかと思われた、その矢先だった。
昼休みの飯時。ラノベがちょっと席を立っている間に、席をのっとって弁当を食い始めるというという斬新なボケをしてみた。
するとやがて戻ってきたラノベに、
「やめてよ」
「ちょ、そこ違う僕の席ー!」的なノリノリなツッコミを期待していたのだが、真顔で注意された。
「(そのくっだらねえクソ寒いマネを)やめてよ」ということなんだろうが、くどいツッコミが売りのくせになに四文字で済ませてんだよって話だ。
「そんなんじゃラノベ主人公失格だぞ」
「いいからどいてよもう」
それでもかたくなに席に座って飯を食い続けていると、ぬぅっとラノベの背後から影が迫った。
「……黒野、ちょっと」
「はい、ただいまのきます」
また足でも踏まれるかと思ってそそくさと立ち上がると、杏子はやや神妙な面持ちで俺の顔を見つめてきた。
どうやら俺にケチをつけに来たわけではないらしい。
「なんだなんだ、もしかしてついに俺に乗り換えるのか」
「んなわけねーだろ。……あのさぁ、ウワサ、知ってる?」
「俺のイケメンぶりをみんながウワサしているやつか」
「ちげーし。やっぱ知らないのね」
杏子は少し悩むような素振りを見せると、ちょっと耳を貸せ、という仕草をする。
必要以上に顔を近づけてばしっと頭を叩かれた後、杏子のトーンを落とした声に耳を傾ける。
「……何日か前から、弥月のウワサでさ。あのイケメンとすぐ別れたとかなんとか……あれは遊びだったんじゃとかなんとかって。実は男をとっかえひっかえしているんじゃないか、っていうのがさ……」
「んだよ、それは」
途中で聞くに耐えなくなった俺は、話をさえぎって杏子を睨んでいた。
杏子はあわてて両手を広げて振りながら、
「ち、ちょっと、アタシに怒らないでよ! 別にアタシが言ってるわけじゃないからね?」
「じゃ誰が言ってんだよ?」
「だからウワサだって。アタシも友だちからちょこっと聞いただけだし……。まだ弥月のことあんまよく知らないし……ああでも、そういうタイプじゃないとは思うけど、あんまり目立っちゃうと、やっぱりその……やっかみみたいなのがあるのかなって」
あのアホ紫崎が公衆の面前でやりたいだけ感満点のバカな宣言をしたせいで、それに尾ひれがついて話がこじれているらしい。
あれが彼氏だ、いや違うを短期間に繰り返してたら、ヘンに思う輩がいてもおかしくはない。
もう少し詳しく聞こうかと思ったが、杏子は横から女子に呼ばれてそちらへ行ってしまった。
残されたラノベが不思議そうな顔で俺を見ながら、
「どうしたの? 黒野くんが怒ってるの初めて見たよ。あの杏子ちゃんですらちょっと腰が引けてたよ」
「いやキレてないっすよ? 俺キレさしたら大したもんだよ」
「そのネタ古いよ」
俺はラノベにペチっとビンタを食らわすと、食いかけの弁当をさっさとかきこんで教室を出た。
そしてその足で1-Cの教室までやってくる。前の戸口から足を踏み入れると、ちょうどすぐ近くの席にいた舞依と目があった。
俺は立ち止まることなく空席だった弥月の席にどかっと腰掛ける。
「おや、泰地のほうからやってくるなんて珍しいじゃないか」
「ここの席の人は?」
「弥月なら休みだぞ。今日で三日連続だ」
「は? そうなの? てかなんで休んでるわけ?」
「昨日ラインを送ったら風邪が長引いている、とだけ返ってきた。今日はたぶん大丈夫と言っていたのにな」
まさかそんな連休中だなんて知らなかった。
実は最近、弥月と顔を合わせることがめっきり減っていた。厳密には遊園地に行った後ぐらいからか。
以前はいやでも勝手に人の部屋に上がりこんできていたくせに、それがぱったりなくなった。
テストが近いから勉強しないと、という話をした記憶があるので、必死こいて勉強でもしているのだろうと思っていたが……。
しかしそれ以外でも避けられているのかたまたまなのかわからないが、とにかく会わない。
「風邪ねえ……」
「私も少々心配ではある。今日あたり見舞いにでも行ってやろうかと……。それはそうと、最近光司が色々としつこいのだが、何か泰地がけしかけているのではないか? はっきり言ってああいう人種はタイプではないんだ。ムダに見栄を張ってカッコつけているようなのは」
黙っていると舞依が矢継ぎ早にあれこれと喋りだすので、一旦ストップをかける。
そしてついさっき杏子から聞いたウワサのことを、さわりだけ話す。
「……またお前か?」
「いや違うぞ、私も初耳だ。いくら前科があるとは言え、私がそんな噂を流すはずがないだろう……というかそんな怖い目をしないでくれ」
「どこがだよ、プーさんばりに優しい目をしてるだろうが」
「不覚にも今のは私もゾクっとしたぞ。本気で怒るとそういう感じなのだな……」
「いやだから怒ってねえっつうの」
どいつもこいつも人の顔が怖いだのなんだのって失礼な。
舞依はしばらく微動だにせずじっと俺の顔を見ていたが、やがて何かの合図のように一度大きくまばたきをして、
「気づいていると思うが、一応はっきりさせておくと私は完全に弥月の味方だからな。最初から当初のプラン通り、独自の判断で動いていただけだ。現状を変えるには、あれこれ障害はつきものと思って色々と……こっそりキューピッド役を買って出ていたつもりだ。まあ。裏目に出てしまっていたようだが……」
「そんなことだろうと思ってたよ。そもそもお前が俺を好きになる要素がないし」
「ん? なにか勘違いしているようだが泰地のことは普通に好きだぞ。泰地と一緒のときの弥月の態度を見たら、まず勝てないと思ったまでのことで。もし弥月がやっぱりいらないというのなら私がもらう気でいたのだが……」
コイツもどっかで聞いたようなセリフを言う。
ただやはり舞依らしく、適当にごまかすようなことはせずきっちり正直に釈明をしてきた。
言ってやりたいことはあったが、その堂々っぷりについ毒気を抜かれてしまう。
「……まあそれはいいや。とりあえず疑って悪かったよ」
「こちらこそ、色々と余計なおせっかいをしてしまって悪かった。そもそも、最初からそんなもの必要なかったのだと今はっきりとわかった気がする」
「いや、だからそれはさ……」
勝手に決めつけるなと言ってやりたいが、相手が舞依だけに何を言ってもムダだろう。
ため息混じりに席を立つと、俺は特にそれ以上何も口にせず教室を出た。
廊下を歩きながら携帯を取りだし、「なに? 風邪なの?」と弥月にメッセージを送るが特に反応はない。
電話をかけるか迷ったが、それはそれで必死というかなんというか……そういうキャラじゃないしね。
たかが風邪、というのなら別にそこまですることもない。それにもし寝ていて起こしてしまったら、それはそれで悪いし。
と、あれこれ考えているのもらしくない。
とりあえず帰りがけに様子を見に行くか、とだけ決めると、俺は睨めっこをしていた携帯の画面を落とした。




