最後にアレ
そして午後。
本格的に乗り物に乗り始めた三人を尻目に、俺と静凪はゆったりベンチでかき氷をシャクシャクとかきこんでいた。
「くぅ~キンキンに冷えてやがるぜ……。氷だけにね」
「泰地みてみて、青くなった?」
「なってるなってる」
お互いシロップで色の変わった舌を見せあっていると、アトラクションが終わったらしい光司くんたちが戻ってくる。
まさに両手に花状態の光司くんは、呆れた顔でこちらを見下ろしながら、
「一緒になって何をやってるんだキミは……しかし兄妹そろって高いところが苦手とはね」
「なんたらと煙は高いところが好きと言うだろ」
「それでもまさか本当に乗らないとは思わなかった」
三人は上にガーっと行って下にゴーって落ちるやつに乗ってきたようだが、あんなもんもはや拷問だろ。
あれに乗せられるぐらいならもうとっとと洗いざらい吐くね。エロ本の隠し場所とかその他もろもろ。
「よし、じゃあ俺らはあれ乗ろうぜ静凪」
光司くんがあれこれうるさいのでここらで一発黙らせてやろうと、俺は圧倒的存在感を放つ乗り物……パンダカーを指差す。
静凪とともに近寄って背中にまたがりコインを投入すると、メルヘンなBGMとともにパンダが発進し、一気にテンションマックスである。
「あははは、かわいいぞ泰地、写真取ってやろう」
「くすくす……も~なにやってんの」
女どもの黄色い声援が聞こえてくる。
パンダカーガチ勢の俺は、静凪を後ろに乗せながら、ヒザを擦っての激しいコーナリングを披露した。
こんなものを見せつけられては、さすがの紫崎も悔しがって地団駄を踏むこと間違いなしだろう。
「危険な乗り方しないでくださいって怒られた……」
「はぁ……いい加減頭が痛くなってきた。キミは小学生か? あきれてものも言えないよ」
数分後、紫崎は呆れきった顔で俺を見ていた。
予定通り黙らせてやったところでふと気づけば、あたりには夕日が差し込みだしていた。
「なんかもう疲れたし、そろそろ帰ろうぜ。静凪もおねむだし」
すでに活動限界が近い静凪は、立ったままうとうととし始めている。ほっぺたをぺちぺちとやるが反応が薄い。
だが俺のその提案に対し、紫崎ははっきりと難色を示す。
「自分が疲れたからと言ってそんな勝手に……。まったく、キミの振る舞いは僕の知る限りでは過去最低だね」
「そこまで言うか」
自己評価がずいぶん高いようですが、コイツも言うほど楽しませてなくね?
まあ別になんと言われようと気にしてないが。
俺が紫崎とあれこれやっていると、かたわらで舞依が腕組みをして唸りだした。
「う~む、少し物足りない感があるが、まあ仕方ないな。あまり遅くなるのもなんだし」
「ごめんね、なんだかグダグダになっちゃって。弥月もいいかい?」
「う、うん……」
弥月は紫崎に同意を求められてうなずくが、少し歯切れが悪い。
紫崎は気に留めていないようだったが、そういうのを見るとどうもモヤモヤするので横から口を出す。
「なんだよ、なんかあるならはっきり言え」
「う、うぅん、別に……」
「だからなんだっての」
さらに畳み掛けていくと、弥月は一度視線を左右にさまよわせた後、少し照れくさそうにあさってのほうを指さした。
「えぇっと……最後にアレ、乗りたいなって……」
「おっ、観覧車かいいじゃないか。そうだ、何か忘れていると思ったら」
すると舞依がすかさずそれを拾って、あれよこれよと観覧車に乗る流れになる。
観覧車の下までやってくると、舞依がじっとゆっくり動くゴンドラを見上げながら、
「よし、せっかくだから男女ひと組ずつで乗るというのはどうだ」
と、唐突にそんなことを言い出す。
一応四人ぐらいは一気に乗れるようだったが、なんでまたそんな面倒なことを……と口を挟む間もなく、相変わらずの強引さで押し切ろうとしてくる。
だが静凪は当然のごとくパス。俺もパスしたかったが、さすがに最後ばかりは空気を読めということで半ば無理やり乗ることに。
「誰が誰と乗るんだよ」
「それはグーパーで決めよう」
さも当然とでもいうような素早い返し。
俺が紫崎と、舞依が弥月とグーパーを出し合うというよくわからない指示が入り、いざこれから出すという時になって、舞依がさっと耳打ちしてくる。
「泰地はパーを出し続けるんだぞ」
どういうつもりか知らんが、ここで逆らったら後でうるさそうなので言うとおりに出す。
一発目、紫崎とパー同士になり仕切り直し、二回目でバラける。
で、女性陣は舞依がグーで弥月がパーとなった。
「なんかはめられた感があるな……」
「ん? 何が?」
弥月とともにゴンドラに乗り込んで早々ぼやくと、対面に座った弥月が不思議そうな顔でこちらを見る。
なのでそれ以上は触れず、
「よかったな、ご希望どおり最後に乗れて」
「うん」
皮肉っぽく言ったのだが、素直に嬉しそうに返されてしまい少し調子が狂う。
「泰地のおかげだね」とにっこり笑いかけてくるので、
「王子様と乗れなくて残念だったね」
「なにそれ。あのね……言っとくけど。光司くんは、いとこですから!」
「知ってるよ。俺が気づいてないとでも?」
そうでもなければあの深雪さんをおばさん呼ばわりするはずがない。
すました俺に対し、弥月は驚いた顔で軽く身を乗り出す。
「えっ、じゃなんであのとき『おばさんじゃねえ』とかって怒ってたの?」
「それは……その場のノリというか、なんか面白いかと思って」
問題はちゃんとしたツッコミが不在だったことか。あの場に恭一でもいてくれればね。
あれでは俺がただのキチガイになって終了である。
「あれ? でもいとこって結婚できるんじゃなかったっけ?」
「なんでそういういじわる言うかなぁ」
弥月はぶぅ、と口を尖らせるが、すぐにまた口元を緩ませた。
なんだかわからないが、やたらご機嫌のようだ。
「……あのね、舞依から聞いたの。泰地は泰地なりに、あたしのこと、気にしてくれてるんだって……」
「パンツの色を?」
「ちがう」
弥月は軽く流した後にじっとこちらを見つめて、
「あたしもなるべく……頑張るから」
「そうですか」
別にそんな、気張ることもないんだけどね。
にしてもあのデカパイは本当おしゃべりな……。
「あ~やべ~上がってきた、高けぇ~」
などとやっている間にもゴンドラはぐんぐん高度を上げていた。
おっかなびっくり下の景色を見下ろしていると、突然弥月が立ち上がって俺のすぐ隣に移動してきた。
「お、おい、二人でこっち側座るとヤバイんじゃないのか」
「そんなわけないでしょ、どんだけヤワだと思ってるの」
「いやでも揺れたぞ今」
流れで乗ってしまったがやはりこれはあかんやつかも知れん。
俺がうろたえていると横に座った弥月がくすりと笑って、
「怖いんだったら手つないでてあげるね」
いきなりギュッと手を握ってきた。
普段なら振り払っているところだが、なんとなくされるがままに手を繋いでしまう。
すると弥月は少し前かがみになり、こちらの顔を覗き込むようにして囁くように言う。
「ねえ知ってる? これ恋人つなぎっていうんだよ」
「は、はあ? だからなんやねん」
「あー照れてる~。目そらした~」
何か言っているが無視。
ゴンドラは今まさにてっぺん付近までやってきてしまい、高さは最高潮である。
「わかったぞ、もう目つぶっていればいいわけだ。我ながら名案……」
「え~、そんなのもったいないじゃん。綺麗なのに……わ~ほら見て」
何を言われようと俺は頑なに目を閉じたまま、地蔵のようにその場に固まる。
ガコンガコンと音がして、そろそろ下り始めるような感覚がしていると、
「そんなずっと目つぶってると~……」
ぎゅっと弥月の握る手が強くなった。
そしてその次の瞬間、ほっぺたにちょこんと何がか触れる感触がした。
ぱっと目を開くと、すぐそばではにかんでいる弥月の顔があった。
「えっ、何? 今の」
「さて何でしょ~。……あっ、そうだ写真撮ろ? 早く早く」
そう言って手を離した弥月は、ごまかすように携帯を取り出して、内と外あちこちにカメラを向け始めた。




