遊園地デート?
そして週末。
舞依の強引な提案が通り、俺は遊園地デートとやらにかり出されることになった。
そこそこの遠出となるため、朝早い時間から駅に集合とのこと。
しつこく舞依に電話で叩き起こされた俺は早朝から絶賛おねむな、というかほぼ寝ている静凪をおぶって最寄りバス停までやってくる。
「マジ苦行だぞこれは……」
もうそのへんに静凪を転がしていこうかと思った矢先、バス停に一人佇む美女を発見した。
後ろ姿だけでもわかるバリバリの美少女オーラ。こっそり匂いをかごうとすぐ後ろに並ぶと、向こうがぱっと振り返って微笑みかけてきた。
「おはよ泰地。ちゃんと起きられたね」
「あ……おはようございます」
何だよ弥月かよ。
しかし今日は目元といい髪型といい服装といい、バッチリキメてきているのでちょっと面食らう。
「なんかずいぶん気合入ってるなぁ」
「こ、これはその、お母さんがいろいろと……」
「ふーん……」
深雪さんの趣味か。さすがだ。
髪には手間のかかってそうな細かい編み込みが入っていて、それを小さな花形のリボンで縛ってある。
淡い赤のカーディガンに、胸元にリボンのついた膝上のワンピース。
そこからすらりと伸びでた生足に思わず目線がいっていると、少し恥ずかしそうに体をもぞもぞとさせた弥月が、ごまかすようにしゃべりだす。
「……た、泰地はいつもどおりだね」
「真奈美がかっこいい服を全部洗ってしまってね」
「なにかっこいい服って。わ、静凪ちゃんかわい~」
静凪は一丁前にローティーン雑誌に載っているクソガキみたいなゴチャゴチャした格好をしている。
いやファッションのことはよくわからんけど、こんな状態でどうやって着替えたのか謎だ。
そのままやってきたバスに乗って最寄り駅で降りる。
人が徐々に増え始めた駅構内の待ち合わせ場所では、すでに待ち構えていた舞依が「おーい」とこちらに向かって大きく手を振っていた。
「恥ずかしいからそういう大きな動きはやめてくれないかな」
「私だと気が付かないかと思ってな」
舞依は襟のついた女の子女の子したシャツに、ヒラヒラの赤いスカート、ニーソックスという妙にあざとい格好をしている。
普段とはかなり別人な感じ。しかしいつものスポーティな装いの印象と相まって、絶望的に似合っていない。いや初対面の人間なら文句は言わないだろうが……。
「そういう服持ってたんだな……。ジャージで来たらどうしようかと思ってたけど」
「私とて時と場をわきまえている。……そ、それよりどうかな、今日のこの服は」
「可愛いね。とっても似合ってるよ」
は? と声がしたほうを振り向くと、ドヤ顔をした紫崎が立っていた。
色々ツッコミどころはあるが、とりあえずスルーしてそのまま舞依の方にくるりと向き直る。
「……舞依ちゃん、どうして彼がいるのかな?」
「いいじゃないか、ライバルがいたほうが燃えるだろう」
「いやそういうのいらねーから、いまどきそういうのはやんねーから」
「女性だけだと危険だから僕がエスコートしてあげよう、というのでね」
俺氏まさかの女体化。
たかだか遊園地に行くのに何がどう危険なのか教えてほしい。
「今日はよろしく光司」
「ああ任せてくれ。経路もバッチリ調べてある」
実は紫崎は学年が俺らの一つ上らしいが、このように舞依は容赦なくタメ口の呼び捨てである。
いつの間に仲良くなったのか知らんが、舞依に関してはたとえ初対面の相手でもこんな態度を取りそうなので疑問に思うだけムダだ。
紫崎は意味ありげな微笑を浮かべながら俺に近づいてくると、軽く耳打ちしてくる。
「今日は泰地くんのお手並み拝見と行こうかな。どれだけ女の子を楽しませられるかね」
「うふ、光司くんには期待してるわよ。せいぜい楽しませてね」
気持ち悪いカマ声で光司くんを追い払う。
なんか知らんがそういうのは一人でやってくれ。
「む、静凪は立ったまま寝てるのか? しょうがないなまったく」
舞依が弥月と手をつないでうつらうつらと半目になっている静凪に声をかける。
すると危険を感じ取ったのか静凪は突然パチリと目を覚まし、パっと飛び退いて臨戦態勢を取る。
「出たなばけものおっぱい……ここで会ったが百年目……」
すっと懐からカッターを取り出した静凪は、チキチキ……と刃を出して、舞依に突きつけるように顔の前で構える。
「おいバカ、やめろ静凪」
「お兄ちゃん安心して、この女、これ以上近づけさせないから!」
何を言い出すのかと思えばしょうもないヤンデレごっこが始まった。
舞依は向けられたカッターの刃先をじっと見つめていたが、急にカっと目を見開くと、素早く静凪の背後に回り込み腕をとって捻り上げる。
「あっ!」
「バカモノ! そんなもの人に突きつけて危ないだろう! 人に刃先を向けるなとそう教わらなかったのか!」
まさかの舞依さんマジギレである。
あっという間にカッターを奪い取った舞依は、そのまま静凪の体を軽々と持ち上げ小脇に抱えて、べしんべしんと尻を叩き始める。痛そう。
こうなるとさすがのヤンデレも型なしである。
「う、うぇぇっ、ご、ごめんなさいぃぃ……」
やがて静凪がべそをかきはじめると、「もうやるんじゃないぞ」と舞依が念を押して体を解放する。
こんな公衆の面前でケツを叩かれるのはさすがに効き目があったようだ。というか一緒にいるだけで恥ずかしい。
結局静凪は「よしよし」と弥月に頭を撫でられながら元のポジションに戻る。
「ほう……」
「すいませんね、ウチのクソガキがお騒がせして」
「いや、僕は構わないが……」
紫崎は舞依が静凪をシバくところをじっと見ていたようだ。
なんだか感心しているようだったが変な性癖でもあるのかな。
それから改札を抜けて、張り切って先導する紫崎の後についてプラットホームに降りていく。
電車が来るまで少し時間があるので適当にたむろっていると、舞依が不満げな顔で話しかけてくる。
「昨日はバレーの大会だったんだぞ。できたら応援に来てほしいと再三メールしていたのに返事もないし」
「ちょっと電波がね」
「まったく……泰地が来ないのでいまいち調子が振るわなかった。まあ一応優勝はしたんだが」
「応援いらんやん」
軽く優勝しとるがな。相変わらずのバケモンぶり。
隣で会話を聞いていたらしい紫崎が、横から口を出してくる。
「舞依さんはスポーツが得意なんだね。実は僕もテニスをやっているんだけど、よかったら今度一緒にどうだい?」
「ふむ、モノを使う競技はあまり得意ではないのだが……」
「そうなんだ、なら僕が教えてあげるよ」
「いやその必要はない。勝負なら受けて立とう」
馬鹿め。自ら地獄への招待状を送りつけるとは。
そいつのはテニスではなくテニヌだからそもそも競技が違うんだよ。せいぜい半殺しにされてこい。
とそんな事情はつゆ知らず、紫崎は涼しい顔で舞依が肩にかけているカバンを指さして、
「ところでそのカバン重そうだね。僕が持ってあげるよ、貸して」
とやや強引にカバンの取ってをつかもうとすると、
「この程度のものが重いだと? 私をバカにしているのか、非常に不愉快だ」
「え?」
舞依はぐっとカバンを持ち直してそっぽを向いてしまう。
普通ならポイントアップするところなんだろうが、この方は普通ではないのでよくわからん。
「は、はは……ごめんごめん」
紫崎はやや引きつった笑みを浮かべながらもその場をごまかす。
かと思えば、今度はなにか言いたげにチラチラと俺に目配せをしてくる。
「なにか?」
「僕らだけで盛り上がってないで、あっちにも話をふってあげないと」
と、傍らに立つ弥月と静凪に目線を送る。
静凪は相変わらず死んでいるので弥月に、ということなんだろうが……。
「あんたはバラエティー番組の司会か」
「女の子にはそういう気遣いが必要だと言ってるんだよ」
ちょっと言ってる意味がわからないですと流すと、紫崎は勝手に弥月の方へ体を向けて、
「弥月は最近なにか面白いことあったかい?」
「え? えっと……」
弥月はいきなりみんなから一斉に視線を向けられて戸惑っている。
コイツはグループになると急に喋らなくなって、ひたすら聞き手に回り笑いを足す係になる典型的なアレだ。
というか紫崎もそれはなにげに無茶振りというやつではないのか。
「……別に無理にしゃべる必要もないんじゃ? 誰もが俺のように口を開けばドッカンドッカン笑いが取れるわけでもなしに」
「そうなのか? 私は泰地の話で一度も笑ったことがないのだが」
「またまたご冗談を」
全方位にケンカ売ってくスタイル。ちょっと舞依さんはご機嫌斜めなのかな?
いやまあ、本人は単純に正直な所を口にしているだけなんだろうけどもね……。
ややあって電車が到着する。まだ早いせいか車内はすいていた。
俺は我先に乗り込み、ボックス席の窓際に陣取る。そして隣に舞依、対面に静凪、対角線に弥月が続けて座る。
そうするともちろん、約一名余るわけだが……俺は一人立ちつくしている彼に声を掛ける。
「悪いな光司くん、この電車四人乗りなんだ」
てっきり「ふっ、そうかい」とイケメンスマイルで流してくるかと思ったが、光司くんはムッとした顔で黙ってしまった。
俺としては言いたかっただけなのだが、予想外に効いてしまっているぞこの煽り。ス○夫さんマジ畜生。
仕方なく俺は弥月の膝上にすやすやと上半身を横たえている静凪を指さして、
「わかった、そいつを網の上にのせれば座れる」
「何言ってるのもう、そんな荷物じゃないんだから……」
「荷物以外の何物でもないんだが?」
なぜ呼んだし。なぜ連れてきたし。
まあ今さら言っても仕方ないので俺は席を立つと、
「じゃ先輩ここどーぞ。俺あっちの席で寝てるから、ついたら起こしてね」
扉近くの横向きの席に座って、背をもたれながら目を閉じた。




