白馬の王子
弥月は一方的に何か話しかけられているようだったが、キレるどころかにこにこ笑っている。それも若干引きつった顔で。
どうするつもりなのか遠目に様子を伺っていると、
「どうした泰地、そんなじっと見て。助けに行かないのか」
舞依がそう急かしてくるが、無視して成り行きを見守る。
するとその時、背後から俺たちの脇をさっそうと走り抜けていく人影が現れた。男子生徒だ。うちの学校の制服ではない。
男子生徒はそのまま一直線に弥月たちのもとへ駆け寄っていくと、弥月を守るように間に滑り込んで妖怪集団の前に立ちはだかった。
「人の彼女にちょっかいを出すようなマネはやめてもらおうか」
ムダにでかいその声、聞き覚えがあると思ってよくよく見れば昨日の人だった。
紫崎がそう言い放つと、妖怪集団は「えっ? えっ?」と困惑した様子でそれぞれ顔を見合わせる。
それだけでなく周りの生徒たちも足を止めて振り返り、いっせいに紫崎の方へ視線が集まる。一人だけ制服が違うせいかムダに目立つ。
「僕は弥月の彼氏だ。何か文句があるなら全部僕に言ってこい」
紫崎は妖怪集団だけでなく、周囲全体に呼びかけるように高らかに宣言する。
するといよいよ一帯でどよめきが起こり、あちこちでひそめきあう声が聞こえてくる。
「彼氏? あれって一高の制服だよね?」
「え~イケメンじゃん、美男美女カップルって感じ」
と好意的な視線が紫崎に向けられる中、舞依がムスッとした顔でこちらを見る。
「どういうことか? 聞いてないぞ」
「さあ? 俺もよく知らんけど、彼氏のフリして守るんだって」
「なんだと? いきなり出てきてどこの何者だ」
「通りすがりのイケメンらしいよ」
「そうか? 泰地のほうがかっこいいぞ」
「だろうな」
この意味不明な舞依補正が入ると誰にも負ける気がしない。
舞依は何やら妖怪と言い合っている紫崎のほうをじっと見据えながら、
「そんなことより泰地、いいのか?」
「よくないな、他校の生徒は立ち入り禁止じゃないのか」
「いやそこではないのだが」
などと言っているうちに妖怪集団がイケメンオーラによって完全に浮足立ちはじめる。
そこでトドメとばかりに紫崎が、邪悪な存在が一発でかき消えそうなスマイルを弥月に向ける。
「安心して、弥月のことは僕が絶対守るからね」
きゃあ~と周囲で女子の歓声が上がる中、ついに逃げ出した妖怪集団がバタバタとこちらへやってくる。
そしてあまりのクサさにかき消えそうになっていた俺に気づくなり、
「くっ、黒野くん、どういうことだね聞いてないぞあんな……」
「ああ? 知るかよ、暑苦しい顔近づけてくんじゃねえ、ニフラムニフラム!」
「い、痛ぁっ! なっ、なにするんだ!」
ニフラム(蹴り)で魔物のむれをやっつけた。0ポイントの経験値を獲得した。
校門から妖怪たちが逃げていくと、それと入れ替わりに近寄ってきていた紫崎がニコニコとごきげんそうな笑みを向けてくる。
「やあ、そこにいるのは黒野泰地くんじゃないか」
「そういう君は山田太郎くんじゃないか」
「……紫崎光司だ。もしかしてそちらの方は黒野くんの彼女かな?」
「天宮舞依だ、よろしく」
「名乗る前に否定しろよ」
舞依はいつもの超然とした態度で微笑を浮かべながら、紫崎の前に手を差し出す。
すると紫崎は一度手を拭うような仕草をしてから、握手に応じる。
そして手を握りながら一瞬舞依の胸元に目線を落としたが、慌ててすぐ元に戻して、
「とても魅力的な彼女じゃないか」
「おっぱいでかいねって素直に言えばいいのに」
「な、何を言うんだい、キミは本当にデリカシーのかけらもない男だな」
ムッツリ野郎よりよっぽどいいと思うんだが、さてはコイツおっぱい星人だな。
紫崎は狼狽を隠すように後ろに控えていた弥月を振り返ると、背中に手を回すようにしながら微笑みかける。
「じゃ、行こうか弥月」
「えっ? あ……」
弥月は紫崎の顔を見たあと、一度俺のほうへ視線をよこした。
何か言うのかと思いきや、結局何も言わずに紫崎に背を押される形で先に校門を出ていく。
遠ざかっていく二人の後ろ姿を見送りながら、舞依が腕組みをして俺に尋ねる。
「弥月がなにか言いたそうだったが……いいのか?」
「いいだろ、嫌なら嫌とはっきり言わないやつが悪い」
「おっ、さすがだな。顔を見ただけでわかるのか」
「いや知らんけど」
角を折れて二人の姿が見えなくなる。いつまでもこうしていても仕方ない。
いい加減校門を出て歩きだすと、すかさずそのすぐ横に舞依がひっついてきて、やや興奮したような口調で言う。
「いやぁそれにしても、ついに白馬の王子が現れたな」
「なぜ俺に向かって言う」
「なりそこねてしまったのではないかと思って」
「いやだから、そんなもんになるつもりは最初から毛頭ないっての」
「そうか、残念ながら私の見込み違いか……。まあ泰地がそれでいいのなら、私がこれ以上口出しすることではないな」
「別にいいんじゃね? これから先、雨が降っても風が吹いてもてめえがウンコ漏らしても守ってやれんならすげえことだよ」
「ほう? 何か思う所あるようだな」
「絶対とか一生とかね、俺はそんな大層なこと言える人間じゃないから。疲れるだろそんなん」
「なるほど……冷静な考えなのだな。口ではなんとでも……ということか。しかしそうやって考えているならなおさら、そういう男に任せてしまっていいのか?」
「別に……本人がいいならね。ただまあ、そうやって一生人に守ってもらうんかって話」
俺がそう言い捨てると、舞依は感銘を受けたような顔でうんうんとうなづく。
「そうか……そういう考えで……。どうやら完全に余計なお世話だったようだな。それで私のこともこんなに突き放す感じなわけだ」
「いや自分ほっといても無敵やん」
「……まあなんにせよこれで、参加者を一人増やさなければいけなくなったな」
舞依は俺の話を聞いているのかいないのか、あさっての方角を見つめながらにやりと笑った。




