嫉妬してるのかな~?
なんやかやあった昨日とはうってかわって、その翌日はつつがなく一日の授業が終わった。
とっとと帰ろうと自席で帰り支度を済ませた俺は、ふと思い立って大親友であるラノベこと小鳥遊恭一の席へ乗り込む。
何かあちこちで俺にガチで友達いない疑惑がかけられているので、ここらでそれを一発で払拭してやろうと思ったのだ。
同じく席で帰り支度をしていたラノベの背後から近寄って、これ以上ないほどにフレンドリーに絡んでいく。
「デュクシデュクシ」
「痛っ、ちょっと黒野くんやめてよ」
「デュクシデュクシ!」
「いや痛いってホントに! なんなのいきなりやめてよ!」
「デュクシデュクシ!」
肩パンして仲の良さをアピールするが、しまいにラノベは本気で嫌な顔をし始めた。
これではまるで俺が一方的に仲良しだと思っているクソうぜえやつみたくなっているではないか。
こうなったら君が笑うまで殴るのをやめないを決め込んだ俺がしつこくジャブを繰り出していると、スパァン!! と小気味良い破裂音が後頭部に響いた。
「何やってるわけ?」
振り向くと目をつり上げた杏子がこちらを近距離で睨んでいた。
何で叩かれたかと思ったらスリッパらしい。
「見てわからんのか? 俺と恭一が仲良くじゃれ合っている所を」
「どこが?」
胸ぐらをつかんできそうな勢いだった杏子が、とつぜん「あっ」と口を開けて俺の背後に視線をずらす。
なにかと思って振り返ると、いつの間にやってきたのか弥月が居づらそうな顔をして後ろに立っていた。
「……何? 背後霊?」
「……えっと、一緒に帰ろうかと思って……」
「はあ? 何だって?」
声が周りの騒がしさにかき消されてよく聞こえない。
耳に手を当てると、横からラノベが口を出してくる。
「出た黒野くん難聴系」
「お前みたいなラノベ主人公と一緒にすんな、マジで聞こえねえんだよ声ちっちゃくて」ラノベにそう突っ返すと今度は杏子が、
「一緒に帰りたいってよ、ヒューヒュー!」
「肺に異常でも?」
「あぁ?」
あぁ? って返しはいくらなんでもちょっとどうなのと思う。
杏子は俺にすごんでみせたあと、コロっと相好を崩して弥月に話しかける。
「うぃーっす、いちおーはじめましてかな? まあこっちはお噂はかねがねなんだけど……。あたし宮園杏子。杏子でいいよ? よろしく~」
「よ、よろしく……」
杏子は持ち前のコミュ力と強引さでガンガン懐に潜り込んでいく。
二言三言交わしたのちには、もう弥月弥月と下の名前で呼び捨て始めた。
正気言って弥月にとってはまあ苦手なタイプだろう。というかそもそもコイツが得意なタイプなんているのか知らんけど。
「や~でもこうやって間近で見るとやっぱかわいい。マジ美少女」
「そ、そんなことないよ、あはは……」
「またまたぁ~けんそんけんそん」
杏子は馴れ馴れしく弥月の肩を叩くついでに、ベタベタと体をあちこち触り始める。
腰が細いだの足が長いだの髪がさらさらだのと、とにかくべた褒め。
やがてその様子を緊張の面持ちでじっと見守っていたラノベが、突然ガタっと席を立ち上がり弥月に向かって声をあげた。
「あ、あのっ、ボクは小鳥遊恭一です。えっと、趣味は読書で……」
「は? 誰も聞いてねえし」
「そ、そんな、ひどいよ黒野くん」
すかさず横から茶々を入れてやると、それを見た杏子がにやにや笑いながら、
「お、いいぞ~黒野。俺の女にちょっかい出すんじゃねえよってか」
「おう、俺の恭一に色目使ってんじゃねえぞ」
「えっ、黒野くんそっち? そっちじゃないでしょ!?」
「たまんねえだろ? このうざい感じのツッコミ」
べんべん、とラノベの頭を軽く叩いてやると、杏子にスネを蹴られた。
さらに杏子は俺を押しのけて恭一の腕を引きながら、
「ウチらこれからデートだからさ、まあそっちも仲良くやんなよ。あ、今度ダブルデートしよっか? にひひ」
「ダブルデート……心の底から腐った響きだな」
黒野としゃべってても時間がもったいないから、と言って杏子は恭一をせきたてて急ぎ足で教室を出ていった。
二人がいなくなると変な沈黙になる。結局そのまま杏子たちの後を追うように教室を出て、並んで廊下を歩きはじめた。
弥月はしきりと携帯をいじっているようだったが、それを一度懐にしまうと、誰にともなくぽつりとつぶやいた。
「いいなぁー……」
「何が?」
「二人、なんかうらやましーなぁって」
「ふぅん……? お前だって光司くんがいるじゃん」
そう言ってやると弥月は一瞬顔を曇らせたが、すぐになにか思いついたようにいたずらっぽく笑って、
「あれ~? もしかして泰地くん、嫉妬してるのかな~?」
「は、はあ? 誰が嫉妬だよ、バカ言って……」
「え~。そこは泰地だったら『うん』って言うと思ったのに~」
そう言われてはっと気づく。これはまんま昨日の仕返しか。
弥月はくすくすと笑って、まるで俺が空気を読めずに滑ったみたいな感じを出してくる。
「うんこ」
「なにそれ、小学生みたい。ま、しょうがないか、冗談でもそうやって言うの恥ずかしいんだもんね」
ついさっきまで群れにはぐれた羊のようにおとなしくしていたくせに、二人きりになったとたん急に煽ってきやがる。
ホンマこの女どうにかならんのかね。
「あっそうだ、ついでだから光司くんのことでちょっと話が……」
「どうしたんだ二人して珍しいじゃないか!」
弥月が言いかけた途中で、ものすごいでかい声がそれを遮り、ばしんと背中に平手が当たる。
振り返るなり、舞依が俺たちに向かってやかましい笑顔を浴びせてくる。
「うるせえな、すぐ近くでどうしてそんなでかい声を出す? この裏切り者め」
「裏切り? 何の話だ?」
昨日のことなど全く覚えていないという顔をされる。
何かこっちが間違っているのではないかと思ってしまうほどの堂々っぷりに、いちいち蒸し返す気も失せた。
「お前、今日部活はどうした」
「あさって試合でな。毎日フルパワーで見てるこっちが不安になるから休め、と監督に言われたのだ。ちょうどいい、ではこれから三人でどこか行こうか」
「いや休めよ」
「まさか私に内緒で抜け駆けしようというつもりじゃないだろうな? ……ん? どうしたんだ弥月、さっきから携帯ばかり見て」
「え? あっ、ごめんちょっと……」
弥月は教室に来た時からそんな調子で、ずっとそわそわしている。
携帯で頻繁に誰かとやり取りをしているようだが……。
「にしても楽しみだな遊園地」
「俺は行くとは一言も言ってないんだが? そもそも高い所苦手だし」
「何かすさまじいジェットコースターがあるらしい。一緒に乗ろう」
う~んこのサイコパス感。
舞依と乗る乗らないの押し問答を繰り広げながら、昇降口を出て校門付近へやってきたところで、ふと弥月がついてきていないことに気づく。
立ち止まってぐるりとロータリー前を見渡すと、まばらな生徒たちの群れのひとつに、例の妖怪集団に絡まれている弥月の姿を発見した。