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おばさんじゃなくてお姉さん


「あはは、そうそう、これがその時の……」


 それからも隣の席からは、絶えず紫崎の話し声が聞こえてくる。

 どれも聞くに堪えないしょうもない話のようだが、弥月はそれにいちいち丁寧に相槌をうって、合間の愛想笑いもしっかり忘れない。声の調子でだいたいわかってしまう。


 そのうちに弥月から『ごめんね、光司くんが変なこと言うかもしれないけど気にしないで』と携帯にメッセージが送られてきたが、いきなり服がダサいとかなんとか気弱な子だったら自殺してるぞまったく。

 そうこうしているうちに注文が運ばれてきて食べ始めると、折り悪く再び光司くんがテーブル横に取り付いてきて、


「黒野泰地くん。ところでさっきの話の続きだけど……」

「いや食べてからにして」

 

 そうぴしゃっと言い切るとおとなしく戻っていった。意外に素直。

 それからフライ定食に手を付け、静凪がパフェの器をきれいに平らげるのを待って、さっさと会計を済ませて帰ろうと席を立つ。 

 するともう逃さねえぞと言わんばかりに、再度紫崎光司が目の前に立ちふさがる。


「それでさっきの話……」

「いや会計してからにして」


 そう押しのけてレジの方へ向かうと、紫崎はプレッシャーをかけるようにレジで会計をする俺の背後に弥月と一緒に並び始めた。

 そして鼻につくイケメンボイスで、

   

「家まで送ってくよ」

「あっ、大丈夫だよ、二人も一緒だし……。遅くなるから光司くんは早く帰ったほうが……」

「そういうわけにはいかないよ、そこの男は信用ならないからね」


 とこれみよがしにすぐ後ろでそんな会話をするので、こっちにも全部丸聞こえである。

 会計を済ませるとさっとその場を譲って、お腹いっぱいになっておねむな静凪と手をつないだ弥月に声を掛ける。


「家まで送ってくよ」

「えっ? あ……ふふっ」


 俺がイケメンボイスの声真似をしてやると、「も~やめなよ」と弥月は笑いながら軽く肩をたたいてくる。

 そしてそのまま会計をしている最中の光司くんを放って店を出た。

 が、二十メートルもいかないうちに足音が追いかけてきて、後ろからぐっと肩を引かれる。

 

「ちょっと待て! だから話があると言ってるだろ!」

「いや今帰ってる途中だから」

「キミの中で僕の優先順位は一体どうなってるんだ」


 意外にもなかなか的確にツッコんできたので、ちょっとぐらい話を聞いてやるかと並んで歩いてやる。

 こうして見ると背格好はほぼ同じぐらいだが、相手はやたらごつい靴を履いていて歩くたびにカツカツとうるさい。

 やがて紫崎は変な身振り手振りを交えながらひとりでに喋りだす。 


「最近弥月が変な輩に言い寄られて困っている、というのは知っているね?」

「まあ……」

「何かそれまではキミが彼氏のふりをして、変な虫がつくのを追い払っていたらしいが……」

「別にそういうわけでもないっすけどね。勝手なウワサがね」

「やはりそういう曖昧な態度が良くないね。さっきも言ったように、これからは僕がその役割を受け持ってしっかり彼女を守ることにしたから。言っておくが弥月を傷つけるならば、キミも例外じゃないぞ?」

「ふーん……。それは、そうしてくれって本人が言ったわけ?」


 静凪と一緒に俺たちの背後を遅れて歩いてくる弥月にちらっと目をやりながら言う。

 すると紫崎は一度わざとらしくため息をついて、


「キミは相手がしっかり口に出してくれないと動けない人間なのかい? 人の気持ちを察してあげる、というのができない人のようだね」

「まあ、自分エスパーじゃないんで。他人が腹の底でなに考えてるかなんてわかんないっすね」

「ふん、幼なじみだなんて言ったって、結局そんなもんだろうね。そもそも釣り合いが取れてないようだし……。とにかくキミのような適当な男に弥月は任せられない。いいね?」

 

 そう言って念を押すように俺の顔を見つめてくる。

 まったく何かと思えばクッソつまらんことを。やっぱり話聞くんじゃなかった。


「はいはい、そっすか。どうぞご自由に」

「ふっ、これだけ言われても怒らないのかい? 正直拍子抜けだよ、とんだ腰抜けだね」


 紫崎は薄笑いを向けてくると、キミのとこの学校は偏差値が進学率がどうたらだの、僕はテニスをやっていてどうだのと立て続けにペラペラとしゃべりだした。

 眠たい話ばかりなのでもちろんこちらは全無視する。


 そうこうしているうちに、自宅の前までやってきた。

 さっさと帰ればいいものを、紫崎はどういうわけか門の鍵を開けようとする弥月の背後について、一緒に家の中まで入っていこうとする。

 

「あ、光司くん、ありがとう、もう大丈夫だから……」

「いや、ここまで来たんだしついでに挨拶していこうかと思って」

「ええと、それはやめておいたほうがいいんじゃ……」

    

 どこの馬の骨か知らんが、あつかましくも俺の深雪に挨拶をするだなんてそれはちょっと見逃せない。

 二人がまごついているうちにぱっと玄関の明かりがついて扉が開き、家の中から深雪さんが出てきた。相変わらずお美しい。

 深雪さんが門のところまで出てくると、すぐに紫崎が親しげに声をかける。

 

「お久しぶりですおばさん。最近の体調はどうですか?」


 が、深雪さんは紫崎の姿を認めた途端、むっと急に不機嫌そうな顔になる。

 しかし不機嫌なのは俺も同じである。ここに来て初めてコイツは俺の逆鱗に触れた。

 今のは温厚な俺も、さすがに聞き流すわけにはいかん。


「おいコラ! 誰が『おばさん』だよ、どこからどう見ても『お姉さん』だろが!!」

「い、いきなり何だい大きい声で。そんなこと言ったっておばさんなんだからしょうがないだろう」

「なんだとテメー表出ろコラァ!!」


 俺は胸ぐらをつかまんばかりの勢いで紫崎に言い寄る。

 これはもうブチギレもブチギレである。ちなみにすでに表である。

 

「そうだそうだ泰地くんやっちゃえやっちゃえ!」

「ち、ちょっとお母さん!」


 そして深雪さんからの声援。

 これはもうやったるわ、タチの悪いヤンキーとバカ女みたいだけどやったるわ。

 ぐっと腕まくりをして迫ると、紫崎は驚いた顔で両手のひらを広げて、俺を押し止めようとする。

 

「ち、ちょっと待った、暴力はやめないか、そんな野蛮な……」

 

 なんだこいつ意外に度胸ないな、ビビってやがるぞ。

 こちとら血を見るまで止まるんじゃねえぞの勢いなのに。

 深雪さんは弥月を中に引き入れて門の扉を閉めながら、横合いから口を出す。

 

「お帰りください、夜道にお気をつけて!」

「おばさん、またそんな……母さんに言いつけますよ」

「勝手にすれば~? ついでに伝えといて。こっちはこっちでやってきますから、余計なお世話はいりませんって!」


 べーっと舌でも出しそうな勢いで、あの深雪さんがどういうわけか非常に大人げない態度をとっている。

 このガキなにをしたのか知らんがよほど嫌われているようだ。

 しかし嫌いも裏返せば好きと言うし……正直ちょっと羨ましいかもしれん。俺も一回罵倒されてみたい。


 そのまま深雪さんは弥月の腕を引っ張って、家の中に入っていってしまった。

 俺たちは呆然とその様を見送ったあと、お互いに顔を見合わせる。

 

「ふん、命拾いしたなオイ」

「そしてキミは一体なんなんだ……? おとなしいかと思ったら急に……沸点がさっぱりわからない奴だ」


 紫崎は後ずさりながら困惑ぎみの視線をよこすと、それきり何も言わずに逃げるようにその場を立ち去った。

 闇討ちしようか迷ったが、結局俺は立ったままこっくりこっくりしている静凪の手を引いて、自宅へ戻ることにした。

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