友達いっぱい
翌朝は久方ぶりに静かな朝食を迎えた。
舞依にはあらかじめ「アポなしで朝から家に乗り込んでくるのはマジでやめろ。いやホント、やめてくださいお願いします」と話をつけたおかげだ。
舞依は案外ものわかりのいい顔をして、「わかった。どうだ理解のある女だろう」とドヤってきたので「そうだね」と流したが、しかし騙されてはいけないのはこれは不良がたまにいいことをするといいヤツ扱いされるのと似たようなやつだ。そもそもがおかしい。あんなもん毎朝やられたらたまったものではない。
それでせっかくゆっくりできると思っていた矢先、真奈美が「まだ弥月ちゃんとケンカしてんの~? ニヤニヤ」とうざい感じを出してきたので早めに家を出た。
学校に到着すると、昇降口付近でまたしても妖怪集団に絡まれた。
奴らは下駄箱の周りでずっと張り込んでいたようだったが、俺の姿を認めるなりいきなり円陣を組むようにしてきて、得意のニタニタ笑いを浴びせてくる。
「何? なんですかおたくら?」
「おや、黒野くんでしたか。てっきり人様に迷惑をかける不逞な輩かと思いまして」
「はあ?」
「ええと……弥月ちゃんが下駄箱に一方的なラブレターを入れられて困っている、ということらしいのでね。我々がこうやって見張りをしているわけです」
何かモゴモゴ言っているが仲間だと思われたくないのでさっさと立ち去ろうとする。
が、いきなり小太りが天パをどつきはじめて、
「お前なに弥月ちゃんって呼んでんだよぉ~」
「痛っ、ちょっと暴力反対です~}
と暴れはじめて予測不能な動きをするため、とてつもなく邪魔かつ周囲に迷惑である。
しまいにはそれがよろけて脇を通り過ぎようとした女子にぶつかりそうになって、きゃあきゃあと悲鳴が上がる。
すると俺の背後のほうからこれみよがしに大きな舌打ちが聞こえて、さっそうと見覚えのある茶髪ポニーテールが妖怪たちの前に躍り出た。
「邪魔なんだよ、どけ」
思わず玉がすくみあがってしまいそうなドスのきいた声。
杏子が殺気たっぷりにひと睨みすると、ぱーっと一発で妖怪たちは退散となった。
「なにあいつら、人の顔見て。マジキモいんだけど」
「退魔師様、お勤めご苦労様です」
「誰かと思ったら黒野じゃん。ずいぶんお友達増えたみたいだけど?」
朝っぱらから皮肉がきいている。
杏子は好戦的な目で俺を見たかと思うとすぐに顔を曇らせて、
「まあ、アンタも目つけられて困ってるってか……」
「いや別に? 友達いっぱいでうれしいなって」
「あっそ。別にアタシさ、赤桐さんとは知り合いでも友達ってわけでもないんだけどさー……なんか話聞くとかわいそうになってきちゃって」
「で、出た~DQN特有の実は優しくて面倒見がいいみたいなやつ~」
「何言ってんの? ……あ、ウワサをすれば赤桐さん」
ギクっとして杏子の目線を追うと、昇降口へ向かってくる生徒たちの群れの中に、ニ、三人で話しながらやってくる弥月の姿を発見した。
杏子は腕組みをしながら、遠慮なく品定めをするような視線を送る。
「やっぱキレーね、肌白っ。……あっ、こっち見てる。めっちゃ見てるよ……。……黒野くーん? どしたの急にうつむいて~?」
「いやちょっとアリの行列が……」
「うわっ怖っ、今あたしの男に近寄ったら殺すぞみたいな目で見られたんですけど」
「……えっ、うそマジ?」
アイツにそんな度胸あるわけが……と顔をあげると、杏子が俺を指さして爆笑しだした。
「ウソだよ! キャハハ! 今の顔、ウケる!」
「……おいそこのクソビッチ、人を指差すな」
「ていうかあんたらって実際どういう関係なわけ? いやでも舞依に聞いた通り、面白そーだわマジで」
「ちょっと待て。舞依って、まさかあの舞依か?」
「そうそうあの舞依。前に駅で変なのに絡まれた時に助けてもらってさ、友達。そんときも華麗に一本背負い決めててさ、もう惚れたね」
どこにでも出没すんなあの女は。
しかしここでも変なつながりがあるというとこちらは非常に迷惑である。
「あのバカに変なことを吹き込まれているようだが、言っとくがアイツの言っていることはすべて嘘だぞ。おっぱい以外信用してはいけない」
「でも恭一も言ってたよ、黒野くんはツンデレだからなんだかんだで心配しなくても大丈夫だって」
「はあ? 勝手に何抜かしとんじゃあのガキ。今日こそマジで掘ったるわ」
「オイ」
「はいもちろん冗談でございます」
マジでねじ切りそうな顔で脅してくるから怖い。
杏子は何か思い出すようにうっとりとした顔になって、
「恭一はね~、黒野みたいなゴミ野郎のことも陰口言わないんだよ、優しいでしょ?」
「そうですかぁ、それはようござんしたね。まあその分お前がこうやって全部帳消しにしてるんだけどな」
「ん~? どったのうらやましいの~? アタシらのラブラブっぷりが」
「うわくっさ」
なぜこの女があのもやし野郎にベタぼれなのか、永遠の謎である。
ケツに膝蹴りを入れられながらいい加減教室に向かおうと下駄箱の方に入っていくと、ふとやった目線の先でガッツリ弥月と目があった。
向こうがずっとこちらガン見していたのかたまたまなのかはわからないが、目が合うなりこれみよがしにぱっと顔を背けられる。
なのでこっちも負けじと顔を背けてやった。すると自然と杏子と見つめ合う形になってしまった。思いっきり怪しまれる顔をされる。
「……何?」
「いや別に……」
こんなことをやっているのが急激に馬鹿らしくなってきた。
まったく、しょうがない。ホントめんどくさいんだよなあの女は。
俺は床に投げたスリッパに足を突っ込みながら携帯を取り出すと、弥月宛てにメッセージを送った。




