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俺の嫌いな嫌いな幼なじみ ~鈍感ダメ男攻略計画~   作者: 荒三水
ダメ男攻略計画

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23/69

野獣と化したしずにゃん


「泰地、残念ながら放課後は部活がある。大会も近いし、大事な練習だ」

「そうか、頑張れよ」

「しかしどうしてもと言うのなら、部活より泰地を優先してもいい」

「練習頑張れよ」


 放課後、またしても俺の教室にやってきた舞依と不毛なやりとりをする。

「待てよ、泰地が見学に来てくれれば……」と舞依が素晴らしい解決案を提示しようとしたので、スキを見て脱出し速攻で帰宅した。


「さ~てと……」


 そのまま脇目も振らず自分の部屋にやってきた俺は、着替えを済ませるとおもむろに田中が無理やり貸してよこしたエロ本をカバンから取り出した。

 いけないものを学校に持ってきているから没収したのだ。先生がしっかり検閲する義務がある。

 というかぶっちゃけ帰りのバスに乗っている時からこのことしか頭になかった。


 机に向かって正座し、いざ表紙をめくろうとしたその時、視界の隅でふとある違和感に気づく。

 ベッドの上の布団がやけにこんもりとしていることに。ていうか枕元の方から頭がちょっと出ていることに。


「曲者!」


 カっとなった俺は、立ち上がってばさっと布団をはねのけた。

 案の定ベッドの上では、猫のように丸まったパジャマ姿の静凪がすやすやと眠りについていた。そしてまた案の定起きる気配がない。


「このガキマジで窓から投げ捨てたろか……ていうかなんでもうパジャマやねん」


 決してエロ本タイムを邪魔されたからイラついたというわけではなく、毎回たび重なる侵入によってアレする時間を邪魔されていることにイラついているのだ。

 まああんまり変わらんけどこの際どっちでもいい。さも当然のごとく人のベッドに落ち着きやがって……今日という今日は許さん。

 

 俺はぐっと静凪の腕を引いて仰向けに体を起こす。

 そして顔を限界まで近づけて、すぐ目と鼻の先で静凪の寝息を確かめながら、

 

「うーんしかしこいつ、こうやって見るとマジ可愛いな。キスしちゃおっかな」


 そう言うと、目を閉じたままの静凪の口元がにや~と歪んだ。

 すかさず緩んだほっぺたをつまんで、ぐいっとつねりあげてやる。


「嘘に決まってんだろこの狸寝入りが」

「イタイイタイ! あぁん、ひどい~! もうそうやって!」


 静凪は手足をジタバタとさせて俺の手をはねのけ、ムクリと起き上がった。

 もちろんガチ寝しているときが圧倒的に多いのだが、たまにこうやって狸寝入りしてやがるから非常にタチが悪い。まあそういうときは大抵呼吸でわかるんだが。

 静凪はにんまりとしながら、むぅ~と唇を突き出してみせる。


「したかったらしてもいいんだよ? んふ」

「んふ、じゃないよ気持ち悪いな。誰がするか、早く出てけ」


 さっさと叩き出そうとすると、意外にも静凪は自分からベッドを降りてそそくさと戸口に向かった。

 そしてドアに張り付くようにしてゆっくりドアノブをひねると、できた隙間からおそるおそる首を伸ばして外を見渡す。


「ふう……今日はいないか」

「ああ、舞依か? お前仲良しだもんな」

「ちーがーう!! もう連れてこないで! 絶対!」


 ひどく可愛がられたらしく、相当舞依を怖れているようだ。

 俺としては基本人見知りでおとなしい静凪が、ずいぶん楽しそうにしてるなと思ったんだが。


「そうは言っても向こうが勝手についてくるからな。どうしようもないな」

「むぅ~……」


 静凪は悔しそうに唸っていたが、突然ふっと鼻を鳴らすと、ジメッとした笑みを浮かべながら懐からカッターナイフを取り出した。

 チキチキチキ……と刃を出して、それを顔の前でちらつかせてみせる。


「あのおっぱい女……やっちゃおっかな」

「おいおい、お前そんなもん持ち歩いてんのか」

「くくく……静凪ちゃんはヤンデレなんですよ」

 

 自分で言うやつ初めて見た。

 静凪はカッターを握りしめて不敵に笑いながら、


「コレで背後からいきなりグサっと……」

 

 そうは言うが相手があの舞依だと、刃のほうがバキっと折れそうな気がする。

 しかしいきなりヤンデレとかなんとか……これはアニメとかマンガによくいるヤンデレキャラに自己投影してしまっているかなり痛い奴だ。


「しょうもない、ヤンデレとかあんなもんマネされたらたまったもんじゃないわ。リアルに早々いたら怖いっての」

「ヤンデレってかわいいでしょ、あの一途な感じが……。んふ、ね? お兄ちゃん?」


 静凪は気持ち悪い猫撫で声を出して、ベッドに座る俺に肩を擦り寄せてくる。

 そんでターゲット俺かい。

  

「はいはい、ヤンデレごっこはよそでやってくれ」

「ごっこじゃない! 本気でヤンデレなの! だから怖いよ? あんまりひどい扱いしていると、お兄ちゃんのこともプスっとやっちゃうから」

「ちょこっと血が出ただけで大騒ぎする奴がなにを。ていうかお前なあ、他のやつの前で愛してるとか、冗談でもそういうこと言うんじゃないぞ」

「なんで? ほんとのことだもん。いっつもかわいがってあげてるでしょ」


 なぜかの上から目線。

 静凪はむくれっ面になって、プリプリとひとりでにぶつくさ言い始める。


「だいたいあの女、ポッと出のくせにいろいろ偉そうなこと言ってくるから……。こっちは付き合い長いんだから、そんなことわかってるっていうのに。ホント余計なおせっかい」

「何? なんか言われたの?」

「べつにぃ」


 静凪はぷいっと不機嫌そうにそっぽを向く。

 何か聞いてほしそうにしてたから聞くとこれだ。

 

「ふたりともいつまでもグズグズしてるからだよ、まったくもう! ほんとドンカンなんだから!」

「な、なんだよ? 俺のことか? 鈍感というかむしろ早漏なのだが」

「……なにそれどういうイミ? とにかくあんなおっぱいお化けのいいなりになるなんてダメだからね!」


 静凪はくるりと背中を向けてしまい、いよいよすっかりへそを曲げてしまう。

 何がなんだかよくわからんが、おおかた舞依に何か余計なことを言われたのだろう。

 機嫌を損ねたならそれでさっさと出ていってくれればいいのに、しっかり居座りやがるのでめんどくさい。

 

「あっ」


 とその時、机の上にエロ本を出しっぱなしなことに気づいた。

 なぜ思わず声が出てしまったかと言うと、偶然にも本のタイトルが『妹☆いもうと☆シスター☆こんぷれっくす』というちょっといただけないものだからである。

 運良く静凪はまだ気づいていないようだが、今の俺の声を不審に思ったらしく、

 

「なぁに?」

「ん~? なんでもないぞ。やっぱり静凪はいい子だなぁ~と思って」


 と俺は脈絡のない強引なごまかし方で、静凪の頭をわしゃわしゃと撫でまくる。

 怪しまれるかと思ったが静凪はくるりとこちらを振り返るなり、いきなり胸元に向かってダイブしてきた。

 

「うわっ、危ないだろバカ!」

「うふへへへ、もっとナデナデして~」

「気持ち悪い笑い方すんな」


 この甘えたがりは一度気を許すと際限がなくなるからあまりやりたくないんだが、背に腹は代えられない。

 仕方なく腹にぐりぐりと頭突きをしてくる頭をさらに撫でてやると、静凪は体を丸めて無理やり膝の上に乗っかろうとする。


「うにゅ~しずにゃんだぞぉ~」

「おっ、出たなしずにゃんめ~ほれほれ」

「うにゃ~……くぅんくぅん……はぅうん」

「猫と犬と変態混じってるぞ」


 野獣と化した静凪さんはすっかりノリノリである。

 甘えるときはしずにゃんという猫だか犬だかよくわからんキャラになりきるのだ。

 いつからだか忘れたが、こいつはこれをずっと子供の頃からやり続けている。

 俺以外の第三者に見られた場合、動物病院いや精神病院に送り込まれる恐れのあるやつである。

 無理に引き剥がそうとすると噛まれたり舐められたりするので、一番の対処法としてはひたすら撫でて寝落ちするのを待つしかない。

 端的に言ってクソめんどくさいやつなのだ。


「よしよし、よーしよし」

「ん~、むふふぅ……。ねえおにいちゃん?」

「なんだ? もう眠いかそうか、いつでも寝ていいんだぞ」

「あそこに置いてあるえっちな本はなぁに?」


 バレとるやん。もういいわ、あかんわこれ。

 俺はしずにゃんをベッドの上に投げ捨てて立ち上がると、危険ブツを回収してカバンにしまいこむ。


「リアルの妹に飽き足らず二次元にまで……」

「すでにリアルには手を出してるみたいな言い方するな。言っておくがあのいもうとというのはリアルの妹とは全く別の存在だ。似て非なるものだ」


 そうきっぱり言ってやるが、静凪は「どうだかね~」みたいな顔をする。

 もうエロ本はあきらめてリビングに降りていこうとすると、静凪がベッドから飛び降りてすがりついてきた。


「待って、まだ終わってないの!」

「やめろ引っ張るな、もういいから離れろって」


 突き放そうとするが静凪は器用に俺の体によじのぼるようにして、無理やり抱きついてくる。重たい。

 もうこうなったら部屋から出るしかない。そうすれば見られるのを嫌う静凪はすぐさま離れて逃げていくはず。

 俺は静凪を抱きかかえながらもなんとかドアノブを引いて、そのまま強引に外に出る。

 するとその途端、ドアのすぐ向こう側に立っていたらしき人物と、バッチリ目があった。


「……え? あっ、ご、ごめん!」


 はっと目を見開いたのは、制服姿の弥月だった。

 触れ合いそうになるほど近くにあった俺と静凪の顔を交互に見るなり、弥月はそのまま身を翻して逃げるように階段を降りていった。

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