猫かぶり
昼休みになると、「泰地、ご飯を一緒に食べよう!」と舞依が凄まじい勢いで教室にやってきて拉致された。
連れていかれたのは隣の1-Cの教室。廊下側の二列目前から二番目の席というつまり舞依の席だ。そこに空いていた席の椅子をくっつけて座らされる。せまい。
しかし細かいことはおかまいなしと、舞依は俺のより一回り大きな弁当箱を机の上に広げる。
「お前の弁当肉ばっかだな」
「そういう泰地は卵焼きばっかりだな」
「俺のは軽く虐待を受けているからな」
見よ、この燦然と光り輝く黄色と白の弁当を。これを三回に一回はやられるわけだ。
いやマジで真奈美の奴どういうつもりなのか怖くて聞けないんだよね。
「そんなことはないだろう、キチンと作ってくれるだけいいじゃないか。今朝泰地のお母さんが言っていたぞ、子供の頃はつい甘やかしすぎて育成に失敗したと」
「人をポ○モンのように言うな」
真奈美は今でこそあんなんだが、昔は親バカと言われるほどあれこれ世話焼きの可愛がりっぷりだった。
まあこんな見目麗しい素直で正直な息子がいたら溺愛もするというものだ。
「ではこの肉巻きを一つ恵んでやろう。あーん」
そう言って舞依は箸でつまんだピーマンの肉巻きを俺の顔の前に持ってくる。
……えっ、ここであーんとかやるんですか? それはちょっと……。
なんていうか、ずっと黙ってたけどいらっしゃるんですよね。前の席に。
俺がちらっと前の様子をうかがうとほぼ同時に、その当人が突然ガタっと立ち上がった。
思わずギクっと背筋が伸びるが、単純に机の横のカバンを取っただけだった。それに気づいた舞依が声をかける。
「どうした? 弥月もこっち向いて一緒に食べないか」
「んー……いい」弥月はこちらを見もせずに言う。
「どうしてだ? いつも一緒に食べてるじゃないか」
ガンガン煽ってくスタイル。この強心臓っぷり半端ないわ。
ていうか番号順だか知らんがこいつら席前後同士なのかよ。
俺は弥月に聞こえないように舞依に耳打ちをする。
「やめろお前あんま触るな。一人黒ひげ危機一髪やるなよ」
「何のことだ?」
実は俺も具体的にはなんだかよくわからないんだが、今日の弥月は輪をかけて不機嫌っぽいオーラがある。
というかもはや不機嫌を通り越して悟りの境地にいるみたいな。これだけすぐ後ろでガヤガヤやっても全く何も言ってこないあたり、これは相当キテるね。
触らぬ弥月に祟りなし、と俺が舞依をなんとかなだめていると、前の方から命知らずな男子生徒がやってきて、弥月に話しかけだした。
「赤桐さん大丈夫? さっきもまた変な奴らに声かけられてたみたいだけど」
「えっ? あ……う、うん。ありがとう大丈夫」
「本当に大丈夫? なんだか元気ないみたいだけど」
「え? そんなことないよ? 全然……」
聞こえてきたやりとりに、俺は「は?」と一瞬耳を疑う。
いや今のこの弥月の感じからしたら、よくてガン無視、もしくは「何話しかけてきてんの?」とか人の心をえぐるようなワードを吐いてもなんらおかしくない。
ところがなんだその精神的に参っちゃってる女の子みたいな弱々しい反応は。
俺は我慢できずにヒソヒソと舞依に向かって声をひそめる。
「……おいおいどうなってんだよ、さすがに猫かぶりっていうレベルじゃねえぞこれ」
「……猫かぶっていると言うがクラスで弥月はいつもあんな風だぞ? 泰地といるときのほうがよっぽど無理しているように見えるが」
「はあ~?」
それじゃ何か? 猫かぶり……っていうか虎かぶってんのは俺と一緒のときの方だってのか?
何をバカな……と思ったがよくよく考えると、弥月とは小中高と一回も同じクラスになったことがない。
いや一回だけあったな、それはもういっちばん最初の、弥月が転校してきた小学校低学年の時だ。
「じゃあの頃となんも変わってねえじゃねえかよ」
「何がだ?」
俺はそれには答えず、前の席の会話に耳をそばだてる。
弥月が愛想笑いに曖昧な返事を繰り返す中、男子生徒がしきりに話しかけているようだった。
「まあ、ただでさえ色々と噂がたってて大変だろうけども」
髪を真ん中分けした黒縁メガネの、いかにも優等生然とした奴だ。
この学校で優等生と言ってもたかが知れてるが、やたら自信満々な口調である。
「もともとの噂……そうそう、黒野くんだっけ? 平然と遅刻して授業をサボったりだとか、変な不良と仲がいいだとか、あまりいい話は聞かないけど」
その当人すぐそばにいるんですけど?
弥月の知名度に比べて俺のなりはモブ扱いされて知れ渡っていないのか、はたまた弥月と話すのに夢中で気づいていないのか。
どうしよう、ご本人登場ドッキリしたほうがいいのかな。
でもそれはなんかお寒いし、ここはさりげなく向こうが気づいてくれるように舞依と通常のトーンで会話をする。
「なんか新しい噂が流れてんだってよ。俺らが付き合ってないとかなんとかって」
「らしいな。まあそれは私が流したんだが」
「お前かよ!」
こともなさげに舞依は唐揚げを頬張って咀嚼する。
うーん相変わらずこの謎の強メンタル。
「何をやってくれちゃってんの一体」
「そういうのは一度クリーンにしようと思ってね。そうじゃないと勝負がフェアじゃないだろう?」
「いや、ていうかなにもそこまで……」
「ん? なんだ? 恋人同士のほうが良かったのか?」
「んなこたーないが」
「じゃあいいじゃないか」
まあそう言われるともともとの噂が真実じゃないし、それが正されたという意味ではいいことなんだろうけど。
だがそうなると弥月の方にはこうやって野郎が群がってくるわけだ。そして俺には女子が群がってこない。変なのしか。
「困ったらいつでも言ってよ。僕はそういう噂とか気にしないタイプだからさ」
しかしいつまでやってやがるんだこの男、ねちねちとしつっこいのなんの。
こっちがこれだけ騒いでも全然気づきやがらないし、自分がしゃべるのに必死すぎだろ。
ついにイライラの限界に達した俺は、気づけば立ち上がって横から声をかけていた。
「おい、お前」




