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ケンカ?

朝。

 ゆさゆさと乱暴に体を揺すられる感覚で目が覚めた。

 十中八九真奈美が起こしに来たのだと感づいていたが、あくまで起きることはせずじっとまぶたを閉じたままにする。

 目が覚めたというのは少し語弊があるのだ。意識が目覚めはしたが、まだまだクソ眠いことに変わりはない。

 

 やはり休み明けの学校はしんどいし、ちょっと遅刻していこうかな。

 真奈美もすぐあきらめてパートに出かけるだろうし。


 そうして狸寝入りを決め込む。

 やがて体を揺する手が止み、真奈美は盛大に舌打ちをして去っていく……かと思えば、一向に気配が遠ざかる様子がない。

 それどころか近づいているような……まさかこのババア。

 ものすごく嫌な予感がして、ゆっくり薄目を開けると、すぐ目の前にこちらを見下ろす人の顔があった。


「ひっ!?」


 思わず声を上げて上半身をのけぞらせる。

 まさかの真奈美が眠る俺に唇を近づけて……ということはなかったが、代わりにニコっと頬を緩めたその顔は……。


「何だ起きていたのか」

「なっ、何してるお前!?」

「何って、起こしにきたのだが」


 ベッドの脇に座った制服姿の舞依が、キョトンとした顔で言う。

 俺は即座に窓の無事を確認するがカーテンもろともしっかり閉まっている。どうやら割られて侵入されたわけではないらしい。

 

「貴様、一体どうやって……」

「どうやっても何も、普通に入ってきたのだが? 親御さんにもきちんとあいさつをしたぞ」


 真奈美の野郎、この俺を売りやがったな。

 こんなもん大罪も大罪、妖精の聖域に悪魔を招き入れるようなもんだぞ。

 

「無理無理無理、お願い、許して!」

「何をそんなに怯えている? 私が無理やり叩き起こしてマラソンに引きずりだすとでも? 安心しろ、泰地が嫌がるようなことは金輪際しない。私は好きな相手には尽くすタイプだからな」

「なーにが尽くすタイプだよ、男と付き合ったことないくせに」

「うむ、こうして付き合いだしてわかったことだ」

「いやだから付き合ってねえっての」


 そもそもすでに嫌がることをしてるだろうが。もうこのバカとは話してられん。

 俺はさっさと布団をはねのけると、舞依を無視して部屋を出てリビングに降りていく。

 リビングでは普段どおり真奈美がテレビを見ながらソファーにもたれてコーヒーをすすっていた。

 このババア人に断りもなく舞依をけしかけておいて、何を優雅にティータイムしとるか。


「おい貴様、なぜこの蛮族を家に入れた」

「ああ、よかったじゃない起こしてもらえて」


 真奈美は俺の質問には答えず、すぐ後ろをついてきた舞依に「飲み物何がいい?」と尋ねる。

 舞依は「では牛乳を」と当然のように答えたが、人の家に来て牛乳頼むやつ初めて見たわ。

 それでも真奈美はニコニコと笑顔でキッチンにたって冷蔵庫を開けながら、


「天宮さんすごいんだってねぇ、いろんな大会で成績残してて、家にトロフィーとかいっぱいあるって」

「いえそれほどでも。それでも全国クラスとなるとなかなか……」

「でもそんなんじゃ結構有名人なんじゃないの? 泰地、あんたと同じ第三南中だったんでしょ?」」

「こんな女は知らん」


 いたのかもしれんが記憶にない。

 ただ初めて会う時に、なんとなく見覚えがあったのはそのせいかもしれない。

 朝礼とかでしょっちゅう呼ばれてたかな?


「でも県で一位とかだって十分すごいじゃない。将来有望だわね。いや~どっかの誰かさんもちょっとは見習ってほしいわぁ~」


 ふ~んそういう流れ? つまり俺を叩きたいがためにこの待遇?

 まあ基本来るもの拒まずだからなこのババアは……。 


「でもお母さん、泰地くんはやればできる子です。何度か彼の運動能力を見ましたが、ところどころ光るものがあります。ポテンシャルを感じます」

「あ~まあ、やればそこそこね。でもダメよこいつは、性根が腐ってるから」

「俺も股間のトロフィーだったら負けないんだがな」

「ほう、それは興味があるな。ぜひ見せてほしい」

「そこは軽く流してほしいんだが」


 こういう時弥月なら「死ね」ってちゃんと模範解答してくれるんだけども、まあ今あんな奴のことを考えてもしょうがない。

 代わりに真奈美が汚物でも見るような目つきで睨んできたので良しとしよう。


「ところで静凪は……まだ寝ているのですか?」

「そうそう。毎回起きてこなくて、起こしに行かないといけないから本当やんなっちゃう」

「では私が起こしてきましょう」


 舞依は出されたコップを逆さにしてぐびぐびと一気に中身を空にすると、階段を駆け上がっていく。

 そしてすぐに、二階からどたばたと騒ぐ音と、静凪がぎゃあぎゃあとわめく声が聞こえてくる。

 そんな物音もどこ吹く風と、真奈美はすました顔でカップを口に傾けた。


「助かるわぁ。静凪起こしてくれると」

「いや……助かるわぁじゃなくてさ。どうなってんだよこれ」

「うん? なんか、あの子がさも当然みたいな顔でやってきたから流れで?」


 んなアホな。

 と言いたいところだが奴には何かそういう得体の知れない押しの強さがある。

 

「やたら好かれてるみたいだけどお前、なんか弱みでも握ってるの?」

「失敬な。俺の人間的魅力とでも言ってもらおうか」

「どうだかねぇ……。ところでお前、弥月ちゃんとケンカしたの? なんやこの前騒いでたでしょ?」

「ケ、ケンカ? いや別にそんな……ねえ?」

「だって昨日も今日だってウチ来てないでしょ? どうせアンタが悪いんだから、さっさと謝ってきなさい」


 そしてこの言い様である。マジでグレたろか。

 しかし弥月に関しては、家間違えてんじゃねえかってぐらい、ほぼ毎日ウチに顔出しているからな。

 いつだかあまり自分の家が好きじゃないとか、よくわからんことも抜かしてやがったし。

 なんかしか気に食わないことがあったんだろう。やっぱあの後おっぱい相撲で勝ったやつの話を聞こう、とかやったから悪かったのかな。まあいずれにせよ沸点が低い。



 学校へ行く準備を終えて、仕方なく弥月宅へ。

 舞依はしぶしぶ起きてきた静凪とああだこうだやっていたので置いてきた。


 隣にある赤桐邸は、あちこちくたびれ感のある我が家とは違い、大きさこそ手狭なものの、外観は小洒落た風に洗練されていて綺麗にまとまっている。

 門構えを入ってすぐに玄関口があり、車を一台置けるスペースがあるきりで庭という庭はない。

 ここは基本弥月と深雪さんの二人で暮らしていて、たまにお手伝いさん的な人が買い物だったり掃除なりをしにくる。

 弥月の父親に関しては、現在別居中だとか離婚調停中だとか、そのへんは真奈美ですらよく知らないようで詳しくはわからない。


 小さい頃に何度か見かけて挨拶をしたぐらいだが、あまり顔はよく覚えていない。たぶん今道ですれ違っても気づかないかもしれない。

 ふつーな感じだったとは思うが、なんでもどこぞの小さなIT会社の社長らしく、羽振りはすごくいいらしい。


 門柱のインターフォンを押すと、声が応答することなくすぐさま玄関が開いて、深雪さんが姿を現した。

 急ぎ足で門の前までやってきて扉を開けてくれる。

  

「泰地くんおはよう。どしたの? 朝からなんて珍しい」

「ええとあの~……、弥月ってもう行きました?」

「うん、今日は妙に早く出てったけど……。気にしてきてくれたの? 優しいのね」

「という口実で深雪さんに会いに来ました」


 と不意打ちをかましてやったが、「ふふっ」と鼻で笑われた。やっぱりシラフのときはノリが悪い。

 深雪さんは軽く口元を緩めながら、やや上目で俺の顔を見つめるようにして、


「もしかしてケンカした?」

「いやぁ、別にケンカってわけじゃないんですけど……」

「ごめんね、面倒かけて。あの子ちょっとめんどくさいところあるから」


 さすが深雪さん、よくわかってらっしゃる。

 手当たり次第に俺のせいにするどこかのババアとはわけが違う。

 と感心していると、ふと深雪さんの顔がいつにも増して白いのが気になった。

 

「あのー、体調大丈夫ですか? ちょっと顔色が……」

「え? ああ、大丈夫大丈夫。ちょっと低血圧ぎみかな? ってぐらいだから」

「それは大変だ。じゃあ今日は学校休んで深雪さんを看病します」

「ちゃんと学校行ってね?」


 間髪入れず返されてしまった。うーんこの鉄壁のガード。

 調子が悪い所をあまり引き止めるのも悪いと思い、手を振る深雪さんにこちらも振り返して、早々に家を後にする。

 そしてそのままの足で、舞依に付きまとわれる前にさっさと学校に行くことにした。

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