ツンデレ
弥月はそこで一旦言葉を切った。それからまたうつむいて沈黙。
何か迷っているようだったが、いい加減おせえなあと鼻くそをほじろうかと思った矢先、弥月は目だけを上向けて小さく口を開いた。
「た、泰地のことが……す、好き……だから……」
「は?」
予想外の単語が飛び出て一瞬固まってしまったところに、さらに弥月が続ける。
「それで、舞依にちょっと、手伝ってもらって……。ご、ごめんね? その……試すようなことして」
どういうこと? とわけがわからず頭がフリーズして思考停止しかける寸前で、またもや俺の直感が冴えた。いや、というか普通に考えれば気づくことだ。
思わずはぁ、とくそでかため息が漏れた。ついさっきそこの脳パイ女がウソ告白だったと認めた矢先にこれとは。
「あっ、え、えっとそれで……」
しかもなにをそんな顔を赤らめて恥ずかしいけども勇気を出して必死に思いを伝えましたみたいな、まさに教科書通りの模範的な告白をするか。
あの弥月の分際でクソかわいいんだが? ありえないんだが?
もう演技なのがバレっバレ。茶番も茶番である。
「はいダウトー! それダウトダウトー!!」
「えっ……」
「そんなわざとらしい演技に俺が引っかかるとでも思ったか? しょうもないこと言ってごまかそうとするな、おとなしく己の悪行を悔い改めよ」
「え、演技って、そんな、どうして……」
「なぜならお前、自分でしつこく言ってたじゃないか。仮に好きな人がいたとして、自分から告白することなどありえないと」
「だ、だからもうそういう回りくどいのやめようと思って……。だいたい、泰地だって……ツ、ツンデレがいいって、言ってたじゃない!」
は? とまたもや固まってしまう。何を言い出すのかと思えばツンデレ?
そりゃ確かに一時期ハマっていたアニメや漫画にツンデレキャラがいて、ツンデレって最高じゃんと言っていた時もあった。
だがいつの話をしてるんだか知らんが、それは七~八年ぐらい前の話じゃないのか。小学生の時だぞたぶん。
しかも今思えばそれもツンデレが流行ってたってだけの、要するにたんなる時代の流れだ。
「いまどきツンデレとか、かませヒロイン確定の幼なじみに割り振られる完全なる負け犬の不人気地雷属性なんだが? 時代はヤンデレとかクーデレとか、新しい方向にシフトしてんだよ」
「く、くーでれ? なっ、何それ?」
「じゃ何か? お前、もしかしてずっとツンデレのつもりでいたってことか?」
仮にそうだとしても絶対に何か間違っている。
これではただの嘘吐きの性格悪い自己中クソ女ではないのか。
そう俺が問い詰めると、弥月は視線を左右に泳がせた後、急にワナワナと震えだし、
「……そっ、そんなの全部ウソに決まってるじゃーん! あーやっぱ演技バレバレだったかぁー、かっー! ていうかなーにがツンデレよバッカじゃないの、き、きゃははは!! そんなんあるわけないでしょ! それとさっきのはあんたの言うとおりよ! なんかムカついたから舞依と協力してハメてやろうと思ったのよ! 騙されてやんのー! ウケるー!! ちょっとは運動しろばーかばーか死ね!」
人を指さして甲高い声で早口で腹立つ顔芸をして盛大に罵倒をしたかと思うと、そのままダダダダっと走って自分の家に逃げこんでいった。
あまりの勢いにこちらはぽかーんである。……ええと、なんですか今のは?
俺は隣で唖然とした顔をしている舞依に向かって、
「おい見たか? あの憎たらしい顔」
「そういう泰地もなかなかイラっとする顔をしていたが……なるほどなるほど。あの弥月が……普段とはまるで別人だ」
「あれが奴の本性だ。あいつ学校とかじゃ猫かぶってやがるんだよ」
「そうかな、さっきのほうがよっぽどかわいらしいと思うが」
「どこがだよ、マジキチだろ」
マジで小学生並に退化してただろ今の。
なんかの精神病とかじゃないかって冗談抜きに怖くなってきた。
「いやしかし、自分で言っておいてにわかに信じがたいが……お前らなぜそんな面倒なことをした。ラブレターのくだりとかも全部ウソなんだろ? そうまで俺が憎いか」
「ふむ……それに関してはどう言ったものかな。ところで実際泰地は弥月のこと、どう思っているんだ」
「いやどうもこうも……。見たろ今の? あんなの好きになれっていうのが無理な話だ。はっきり言っておくが俺はアイツのことは嫌いだからね。あ、俺が嫌いって言ってたって弥月には言うなよ?」
この前のことがあって思い出したが、あいつは嫌いというワードにものすごい敏感なのだ。
たとえ冗談でも許されないような雰囲気がある。まあ別に冗談ではないんだが。
「めんどくせーんだよあいつほんとに。こっちが折れてやらないとさ」
「ふ~ん。嫌いだと言う割にずいぶん優しいんだな」
「そ、それはまあ……俺は優しさが服着てるようなもんだからな。いやもう服すら着てない、全裸だな」
「なるほど、変態紳士なわけだ。しかしまったく、どいつもこいつも素直じゃないな」
「お前が素直すぎるんだぞ」
「そうか? そう言ってくれるなら嬉しい」
「褒めてないぞ」
褒めてないと言っているのに嬉しそうに笑っている。
やがて真顔に戻った舞依は、じっと俺の顔を見ながら少し首を傾げて、
「ふぅむ……。これではどのみち勝算はなしか。やはりあきらめるか」
「は? 何が? とにかく俺はお前と付き合う気はないから、もうさっさと帰れ」
「そうくるか、そうか。ところで胸の重さはもういいのか?」
「ちょっとウチ上がってけよ。これ以上立ち話もなんだしさ」
そう言って俺はスマートに舞依を自室に招き入れた。
唇に人差し指を当てながら、なるべく音を立てずに極秘裏に。我ながらこれはかなりのやり手である。
だが先に舞依を部屋に入れてドアを閉めると、突然舞依がジャージの上を脱ぎ始めた。
「ってオイオイ、なぜいきなり脱ごうとする!」
「男子の部屋に入るとは、つまりそういうことだろうと……覚悟はできているぞ」
「お前、絶対変な雑誌とかの影響受けてるだろ……」
「ん? そもそも上がって行けと言ったのは泰地のほうだろう」
「いや、言っとくけど冗談だからな? なんというか反射的に俺の芸人魂というか……サービス精神旺盛なせいで、つい体を張ったボケが出てしまうわけだ。お前のフリに乗っかってやったんだよ」
「何を言っているのかさっぱりなのだが」
「とにかくお帰り願おう、さあさあ」
俺はかたくなな舞依の背中を押して早々に部屋から締め出そうとする。
ホント途中でツッコんで止めろよと思った。お互いボケ通してどうするんだと。
大体家には家族勢揃いなのに、朝っぱらからそんないかがわしいことできるはずがない。
こんなふうに騒いでるだけでも、文句垂れこんでくる輩がいるかもしれないわけで……。
するとその時、触ってもいない部屋のドアがわずかに開いた。いや開いていた。そしてその隙間からじーっと、中を見ている視線と目があってしまった。




