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お前、まさか俺のこと……

 舞依はじっとこちらを見つめて言ったかと思うと、急に恥ずかしそうに顔をうつむかせた。

 かたや俺は意味がわからず棒立ちである。そもそも好きだったから告白してきたんじゃないのか。

 どうやらこの女、頭も筋肉……いやおっぱいでできているようだ。

 

「……それはどういう? 本当ってなによ?」

「ん? ああ……まあ、言葉のアヤだ。本気で好きになったというほうがしっくりくるな」


 つまり一目惚れだったのが、改めて惚れ直したということか。

 だがそんな惚れ直すような要素あったか? 今日なんてどう見てもクズい言動しかしていないわけだが。

 

「言っておくが見ての通り俺の家は金持ちでもなんでもないぞ」

「そういうことではないんだが……まあいいじゃないか細かいことは。今好きなのは事実だ。というわけで別れたくない」

「そんな事言われてもこれ以上は俺が無理。圧倒的無理」

「そんな、どうして! 一体私の何が気に入らないと言うんだ!」

「今すぐ自分がしたことを振り返ってみろ貴様」


 そう突き放すと、舞依はうーん、と首を傾げ始めて何やら考え出した。すぐに思い当たる節がないらしい。

 マジかこいつ……。最近流行りのサイコパスってやつか。 


「やはり、この大きい胸がダメか……」

「いやそこじゃねえし。そこはむしろいいんだよ」

「ん? そうなのか? 正直運動するのにも邪魔だし、コンプレックスなのだ。いっそ切り落としたいぐらいなのに」


 それを切り落とすなんてとんでもない。静凪に分けてやりたいぐらいだ。

 これ見よがしに舞依が胸を張って揺すってみせるので、こちらも自然と鑑定士の血が騒ぐ。

 

「ふむ、確かに重たそうではあるな」

「そうなんだ。ちょっと持ち上げてみるか?」

「ああ」


 俺は依頼を受けたプロの顔で答える。

 ……ふ~んこういうノリでおさわりOK? 別れるのやめようかな?


 ぶら下げている本人も重いという胸は、実際どれほどの重さなのか。

 俺はあくまで生物学的好奇心から、二つの乳房に下から手を添えて、重量を確かめる。

 

「おお、これは結構な……」

「そうだろう」


 さらに物理学的見地からその反応を確かめようと、手でたゆんたゆんと上下の揺さぶりをかける。

 この質量と質感、手触り。ふむ、これはすなわち……。


「……何やってるの?」


 研究対象に夢中になる俺の背後から、突然声がかかった。聞き覚えのある声にピタっと反射的に体が止まる。

 すでに逃げられないと悟った俺があえてゆっくりと振り返ると、腕組みをした弥月が今にもビキビキ言いそうな顔でこちらを睨んでいた。


「おはようございます」

「おはようございますじゃなくて、朝っぱらから外で何をやってるわけ?」


 そう言われて俺もふと我に返った。

 なんやかんや言ってやってることは、天下の往来でおっぱいを触るという下手すると条例的なものに引っかかってしまう行為である。

 まだ朝早いとは言え、いくらでも人が通りかかる可能性があるにもかかわらずだ。実際こうやって見られてるからね。あまりに研究熱心なのも困りものだ。

 と言いながらも胸に手を添えたままの俺を、いきなり舞依がずいっと横にのけると、弥月に向かって深々と頭を下げた。


「すまない弥月!」

「えっ、なに……?」

「本当にすまない」


 何か知らんが舞依は怒涛の勢いで謝罪を始めた。

 そうだお前はもっと謝れ。ていうかそっちじゃなくてまず俺に謝れ。

 驚く弥月に対し、舞依は苦渋に満ちた顔でとつとつと言葉を紡ぎ出す。


「今回の件だが……失敗のようだ。というか気が変わった」

「ど、どういうこと?」

「すまないが……私も泰地を好きになってしまったようなのだ」

「は、はぁっ?」


 弥月は顎が外れそうな勢いであんぐりと口を開ける。

 その話はすでに二人でしたんじゃないかと思ったが、ちょっと様子が違うようだ。

 俺は横合いから舞依に尋ねる。


「それ何の話?」

「ふむ、話せば長くなるのだが、実は弥月が泰地のことを……」

「ってちょっとっ! 舞依ストップ!!」


 今度は弥月が猛獣のごとく突進してきて、舞依の口元を手で押さえた。

 弥月のやつさっきからやたらリアクションがでかいが、ついに野生に目覚めてしまったか。

 しかしなんだ? 弥月が俺のことを……。

 

「弥月お前、まさか俺のこと……」

「なっ、なによ?」

「殺す気じゃないだろうな」

「……違うけど」


 あぶねえよかった。知らず知らず耐えがたい憎悪と恨みを買ってるってこともあるからね。

 しかしだとすると一体……。まず引っかかるのがこの二人、この前ラブレターの件で初めて会った割には妙に親しげだ。

 お互い下の名前で呼んでいて、呼びなれている感もある。何やらこれはきな臭い匂いが……。


 とその時俺の頭に、稲妻のごとくある閃きが舞い降りた。直感で気づいたと言ってもいい。

 俺は改めて弥月に疑いの目を向けて、もう一度今のくだりをやり直す。


「弥月お前、まさか……。舞依を使ってこの俺をはめたな!」


 そうビシッと指さしてやると、案の定弥月はビクっと肩をすくませて、あらぬ方へ視線を落とす。

 やはり……やはりか。いろいろと話がおかしいような気はしていたのだ。

 そもそもこの情報化社会の今日、一目惚れだとかって話したこともない相手にいきなり告白するアホがいるわけがない。

 

「つまりある日俺の言動にイラッとして我慢の限界が来たお前は、そこのスポーツバカと結託して、この俺をいびりぬく算段を立てた。それすなわち、ウソ告白からの地獄のスポーツ百番勝負! おおかた俺がヒィヒィと喘いで泣きを入れるのを陰でせせら笑うつもりだったのだろうが、しかしあまりの俺のイケメンっぷりに舞依が俺に惚れてしまい、計画は台無しに! 残念だったな、ふはは、策士策に溺れたり!」

 

 見よ、このコ○ンくんも麻酔針を打つのを踏みとどまる名推理っぷり。

 ズバリと悪だくみを言い当てられ、二人共完全にあっけにとられて絶句である。

 

「別にイケメンだから惚れたというわけでもないんだが……」

「黙れこの悪魔の手先め。よくも弄んでくれたな」

「百歩譲ってその通りだとしても、今現在私が泰地を好きだという立ち位置は変わらないのだが?」


 ぐぅ、なんだこいつ強い……。

 そんな好き好ききっぱり言われるとこっちが恥ずかしくてやりにくい。

 とりあえずこいつは放っておいて、弱っている方を攻撃だ。


「おらそこの、犯人らしく懺悔タイムだよ。さっさと涙ながらに崩れ落ちて謝れ」

「そうだそうだ弥月よ、そもそもこういう回りくどい姑息なマネはどうかと思うぞ」

「だ、だってぇ、相談しろしろって舞依がしつこく言ってくるから……」

「ん? そういえばそうだったか?」

 

 なんだ弥月の奴、「だってぇ……」なんて言ってかわいこぶりやがって。

 そんなキャラじゃないだろうに、どっちかって言うと土壇場でもふんぞり返って逆ギレするタイプのはずだ。

 舞依の手前猫かぶりが発動しているのか知らんが、弥月は妙に縮こまっておどおどしている。いつもの感じからするともはや不気味ですらある。


 弥月はしばらくそうしてグダっていたが、やがてぐっと顔を上げると、やや潤みを帯びた瞳でまっすぐこちらを見つめてきた。

 そしてぎゅっと両の拳を握りしめたかと思うと、まるで別人のようなか細い小さな声で唇を震わせた。 

 

「……あ、あのね泰地。あの、それ半分ぐらいは……合ってるんだけど、でも違くて……。なんていうか……」

「は? なに? もっとはきはきしゃべらんかい」

「だ、だからその! じ、実は、その……あたし……。あのね?」


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