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お持ち帰り不可避



「静凪ちゃんと弥月、今頃どうしてるかなぁ~。二人で体洗いっこしてるのかなぁ~」

「さ、さあ……?」

「んふふ、想像した? むくむくってした?」


 今の言葉で立ちました。ありがとうございます。

 しっかし普段は下ネタのしもない人が、酔っ払うと本当に……いいぞもっとやれ。


「深雪、そんなくっついてると弥月ちゃんに怒られるよ」

「鬼のいぬ間に~……くすくす。でもあの子、本当に奥手だから。もう強引にやっちゃえばいいのに」

「ちょっとやめてよ深雪、真に受けるでしょそのバカが」


 う~んこのリアクションに困る会話。

 俺は聞こえてない体で、鍋の残りをおたまですくう。


「でも泰地くんは紳士だからそんなことしないですよねぇ」

「いや紳士っていうか、ただのヘタレでしょ。いざとなってビビって立ちませんでした~、それに場所がわからな~いとかってなりそ」

「うふふっ、でもなんかそういうのもいいですね~」


 酔っぱらいババアの下ネタとかマジでえぐい。

 すさまじい嫌悪感である。どうか真奈美にはこれ以上しゃべらないでいただきたい。


「じゃあ深雪さん、僕よくわからないので手ほどきを……イテッ!」

「バカ言ってんじゃないよお前」


 ちょっと俺が乗っかるとすぐこれだ。

 赤ら顔の真奈美はまさに赤鬼のようである。

 真奈美に叩かれた頭を、深雪さんがすかさず優しくさすってくれる。


「あ~痛かったねぇよしよし。でもね、泰地くんのおかげで本当に弥月も変わったから。さっきだって、『あんたはお呼びでない』なんて言っちゃって。泰地くんにはすごい感謝してるの」

「はあ……俺が?」

「ほら、小さい頃……小学校入ってすぐの頃、最初にここに越してきた時はあんな感じじゃなかったでしょ?」

「そうでしたっけ? あんま覚えてないっす」


 そう答えながら、言われてなんとなく思い出してきた。

 俺が最初に会った時の弥月は、いつもおどおどうじうじしていて人の顔色をうかがってばかりで、自分の意見もろくに言えない俺の嫌いなタイプだったのだ。

 いや今の感じもあれはあれで嫌いだけど、あっちはシャレにならないぐらい見ててイライラしてくるやつだった。


「それまではねぇ、幼稚園でもちょっとダメな子扱いされてたから」

「へー意外。弥月ちゃんってもう最初からなんでもできちゃう秀才タイプだと思ってた」

「んー全然ですよ。それがここに越してきてから急に……って感じで。今も結構陰で努力してるタイプで、泥くさいの」

「ふーん……まあこのグズと一緒にいたらね、いい反面教師なのかもね」

「というか、泰地くんに嫌われたくないから、色々頑張ってるんです。……どう? 押し倒したくなった?」


 くすくすくすと笑いながら、深雪さんがここでいきなり俺に振ってくる。

 いやいや、そんな陰で実は……みたいな話されてもね。マジでみんなの前では猫かぶってるからねアイツ。

 いきなり死ねとかも言ってこないし、謎の自己中理論を披露したりもしないし、こういう場では全然マイルドなほうだ。

 おそらく奴は深雪さんの前ですらいい子ぶっているに違いない。そうしてそこで溜め込んだストレスを、俺で全発散している。まったくもって見事なサイクルじゃないか。

 今度一回、こっそり俺と二人きりの時の動画でも撮っておいてみんなに見せてやろうかと。


「いやぁ……っていうかね。そもそもあいつ、俺のこと嫌いでしょ」


 俺は嫌いだから、というときっと真奈美にボコられるので、ちょっと言い方を変える。

 といっても、結局はそこに尽きるわけだし。

 

「うふふ、なんかいいですね、青春ですね」

「ほんと幸せなやつだねぇ~」


 なんだこの何を言ってもあらあらしょうがないわね、と上から笑われる感じ。

 やはり酔っ払いは話にならん。この話はもう終わりと、俺は小皿に取り分けた鍋の残りをかきこむ。


「すいません、ちょっとトイレお借り……あっ」

「ちょっとぉ、大丈夫なの深雪~」

「あ、大丈夫、ダイジョブです……ふふ」


 立ち上がった深雪さんが足元をふらつかせる。

 深雪さんは手でバランスを取るような仕草をして、少しだけ舌を出して笑ってみせた。 

 

「ちょっと危なっかしいんで俺ついていきますよ」

「え、やだ泰地くんやさし~」

「トイレの中までついてくんじゃないよ」


 ババア余計なこと言いやがって。……その手があったか。

 深雪さんがゆっくり歩くすぐ後ろに立って、リビングから廊下へ出る。

 ニ、三歩したところでふらっと深雪さんが壁に手をついたので、慌てて隣に寄って支えようとすると、深雪さんはえいっと両手を俺の腕に巻き付けてきた。

 そのまま俺の耳元に顔を近づけて、ささやきかけてくる。やっべぇいい匂い……あ、酒くせえ。


「久しぶりだったから、調子乗って飲みすぎちゃったかも……」

「ちょっと僕の部屋で休憩していきますか」

「んふふ、またそんなこと言って~。ちゃんと介抱できるのぉ~?」


 介抱(意味深)。

 深雪さんはまさに妖艶とでも言うべき笑みを浮かべて、とろんとした目でじっと俺の顔を見据えてくる。

 なんていうかすごく……エロいです。これはお持ち帰り不可避。


「えっ、ええっと……」

「どしたの~? うふ、かわいい」


 あまりのエロさにキョドって素がでてしまい、童貞丸出しの反応をしてしまう。

 深雪さんは大人をからかったらダメよ、と言わんばかりに、ぽんぽんと頭を軽く叩いてくる。

 

「あっと、それよりトイレトイレ……と」

 

 催してきたのか深雪さんは棒立ちの俺から離れて先を急ぐが、トイレではなく手前の風呂場に続くドアへと入っていく。

 もちろんウチの構造は勝手知ったるのはずなので、これは本格的に酔っているな。

 

「深雪さん、そっちじゃないですよ」

「いいのいいの。泰地くん、ちょっと来て、来て」

 

 そう言って深雪さんは可愛らしくこちらに向かって手招きをする。

 何がいいのかわからんが、そんなことされたら行かないわけにいかないでしょう。

 フラフラと吸い寄せられていくと、深雪さんはいきなりぎゅっと両手で俺の二の腕を掴んで、俺を脱衣所の中に引きずり込む。


「よーっし、行って男になってこーい!」

「え、えっ!?」


 そしてそのままガチャっと風呂場の扉を開け放つと、俺の腕をその中に向かってフルスイング。

 突然の深雪さんの暴挙に、転びそうになりながらなんとか足を踏ん張ってとどまったのが、すでに風呂場のタイルの上。

 はっと顔を上げたその先、湯気の向こうには二人分の裸が……。 

 

「これでお兄ちゃんを誘惑してたの? もう弥月ちゃんたら悪い子~」

「ちょ、ちょっと静凪ちゃんダメだって……」


 見ればイスに座って体を洗う弥月に、静凪が後ろから抱きつくようにしてまとわりついている。


「すべっすべ~気持ちい~い……」

「は、離れなさいって、ほら!」

「静凪のほうもすべすべ~ってして~」


 弥月に振りほどかれそうになっているが、静凪はめげずにしがみついていく。

 シャーっと大きな音を立ててシャワーが勢いよく出しっぱなしで湯気が立ち込めているため、二人ともすぐに俺の乱入に気づかなかったが、


「……え? き、きゃあああああっ!?」

「な、何っ!? お兄ちゃん何やってっ……!」


 はい、桶とかお湯とか石鹸とかポンポン飛んできました。

 罵倒とともに風呂場を叩き出され、バタン、と乱暴に扉が閉まり、熱湯ぶっかけられてビチョビチョになった俺を見て深雪さんがケタケタと爆笑。


「やったね泰地くん、ラッキー!」

「深雪さん……」


 さすがに飲み過ぎでは……。

 いやまあ、楽しそうならもうそれでいいです。

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