一緒にお風呂に……
晩飯は鶏肉を使った水炊きだった。
一同がリビングに集まり、おのおの膝を向き合わせたテーブルの上で、カセットコンロに乗った大きな土鍋が湯気を立てている。
「もうそれ煮えてるから、早くとっちゃって」
真奈美が鍋奉行よろしく、所狭しとテーブルに並んだ食材をさいばしで鍋に投入していく。
それを招かれた側である深雪さんと弥月が、それぞれ取り皿によそっていくのを尻目に、俺は携帯をポチポチやってスマホゲーに興じる。
「はい、泰地くんの分」
深雪さんが取り分けた皿を俺の目の前に置く。
言うまでもなく俺の嫌いなネギとしいたけをよけてくれるという完全なる弥月の上位互換。
「熱いから気をつけてね」
「はぁい」
深雪さんに嫌そうな素振りは全くなく、むしろにっこり楽しげである。根っからの世話好きなのだ。
これでふーふーしてあーんまでしてくれたら最高なんだけど。
俺たちのやり取りの横で、真奈美がこれみよがしに舌打ちをする。
なんだろう、歯に食べかすでも詰まってるのかな。
テーブルの向かい側では、弥月と静凪が隣り合わせに座って、何ごともなかったかのように振る舞っている。
静凪も当然のように弥月に鍋をよそわせているがそこはさすが俺の妹。
まあ言い訳をさせてもらうなら、この人達率先してやるからね。それを奪ってしまうのもどうかというわけで。
鍋の世話が一段落すると、一度キッチンの方に引っ込んだ真奈美が、グラス片手にこちらに向かって声を張り上げる。
「深雪~?、本当に飲むの?」
「あっ、いただきます」
「えっ、お母さんお酒はやめたほうがいいんじゃ……」
「大丈夫大丈夫、ちょっとだから」
深雪さんはこう見えて酒好きなのだ。
普段は控えているらしいが、この時ぐらいは、とウチに食事をする際は毎度真奈美と一緒になって飲む。
弥月が心配しているのは、体調を気にしてのことだろう。
大人二人が缶ビールをグラスにあけ始めて、一層場は賑やかになった。
徐々に母親たちの声のトーンが上がる一方で、弥月と静凪はテレビを見てああだこうだ言ったり、時たま携帯を見せあってどうたらこうたらと、いかにも仲よさげだ。
「それであれが、こうで……」
「……うん。うん」
静凪のリアクションがいまいち薄いが、アイツは俺といる時以外はもともとそういう奴だ。眠いのかもしれない。
みんながおしゃべりに夢中になりだして鍋が放置され始めたので、仕方なくこの俺が面倒を見てやっていると、ガタンと玄関の方で音がしてスーツ姿のオヤジが姿を現した。
「おーう、やってるなぁ~」
「ブラック社畜おつ」
「おう泰地、親父が毎日遅くまで必死こいて働いて稼いだ金で食う肉はうまいか?」
「いとうまし」
「ははは、そうかそうか」
まったく俺の冗談はどいつもこいつも目が笑わない。このハゲかけの小太りは……おっと失礼。
俺の父親、黒野信司は、聞いたことのない食品関係の商社に務めている。激務らしく毎日帰りが遅い。土曜も仕事に出たり出なかったり。
かと言って特別高給取りというわけでもなく、この家も自分で建てたのではなく会社の知り合いから紹介された空き家を割安で半ば無理やり買わされたというお察しの甲斐性。
俺のオヤジにしては働き者で、昔の痩せていた頃の写真はかなりのイケメンであるが、ストレスか知らんがすっかり太ってしまい頭頂部が微妙にヤバくなってきている。
「お邪魔してます。お仕事お疲れ様です」
「あ、あぁ、どうもどうも深雪さん。まあ好きにやってもらって」
深雪さんが丁寧にお辞儀をして挨拶をすると、オヤジは俺のときとはまるで別人のように急に愛想がよくなる。
もう口元のニヤケ具合がキモいと言わざるを得ない。やたらじっと見てるし目つきももうエロオヤジのそれである。
「おい、いいのか真奈美、とられるぞ」
「うるっさい、真奈美って呼ぶな」
鼻の下を伸ばしているオヤジにイライラの真奈美は、俺の忠告をガン無視して、
「ねえ、ビールなくなっちゃったから買ってきて」
「えっ、オレが……?」
「立ってるんだからついで。自分でも飲むでしょ? あたしもう飲んじゃってるから」
「わかったよもう……」
ああかわいそうなオヤジ。やっと仕事が終わって帰宅したかと思えばこの仕打ちとは。
それでも逆らわず買いに出ていくところを見るに、もう完全に奴隷根性が染み付いている。
「弥月ちゃん、今日一緒にお風呂入りませんか」
オヤジがいなくなるのを見計らって、突然静凪がそう切り出す。
とはいえ食事会のときにはほぼ恒例行事になっていて、その発言を別段誰が取りあげるということもない。
「えっ? う、うん……い、いいよ~。あ、でも着替えが……」
「すぐ取ってきて。先に行ってますから」
オヤジの後には絶対に入りたくないという静凪は、早めに風呂に入る傾向がある。
静凪が席を立つのと同時に、弥月は妙に慌てて出ていって、すぐバスタオルと着替えを抱えて戻ってきた。
俺はここぞと立ち上がって、
「よし、じゃ行くか!」
「あんたはお呼びでない、しっしっ」
「いや一応やったほうがいいかと思って……」
まあお約束だからね。
弥月もリビングから姿を消し、酩酊状態の奥方二人と残される。
再び座り直すと、深雪さんが猫撫で声で膝を擦り寄せてきた。
「じゃ泰地くんは私と一緒に入ろっか~」
「ん~? まったくしょうがねえなあ」
「おいバカ二人。深雪はちょっと飲み過ぎじゃないの?」
「え~全然ですよ~」
そういう真奈美の顔も真っ赤だ。いつの間に開けたのか、テーブルの上は空き缶だらけになっている。
深雪さんの顔はほんのり赤みがさす程度だが、あまり顔に出ないだけでかなり酔っていると思われる。正直言ってあまり酒癖がいいとは……言えない。
弥月がいるうちは割とおとなしいのだがこの組み合わせは……と少しばかり嫌な予感がしていると、深雪さんは俺の袖を引いて、何やら耳打ちしてきた。




