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女神降臨


「あら、おかえりなさい泰地くん」


 満身創痍で家に戻った俺を、リビングで女神が出迎えた。女神とはつまり弥月の母深雪である。

 年齢を感じさせない白い肌に、胸元までおりたさらさらつやつやの黒髪が映える。

 目元は優しくも凛々しく、鼻筋は気品に溢れ細く高く、薄く小さな唇がある種の儚さのようなものを連想させる。

 足がスラリと長く、腰元がキュッと締まっており体型はほぼ理想的とも言える。

 エプロンを身に着けてたえず微笑を浮かべる様は、さながら下界に舞い降りた天女。

 

「ただいまママ」

「くすくす、おかえり」


 そしてこの透明感ある澄んだ声音。

 ああ、癒やされる。心が洗われる。

 舞依のせいで瀕死だった俺の体力は一気に回復をみた。

 

「なーにがママだよ気持ち悪い」

 

 そんな俺を現実に引き戻すように真奈美が横から口を出してくる。

 相変わらず汚ねえ声だ。うちのババアの容姿? 年相応の普通のおばさんなのでそんなもんはいちいち描写する必要などない。   


「あれえ? 誰かなぁ? 変なおばちゃんがいるよ?」

「泰地お前、家から叩き出されたいの? 気持ち悪い声出してないで静凪起こしてきて」


 真奈美はしっしっと手を払って、深雪との逢瀬を全力で邪魔してくる。

 これは間違いなく俺たちに嫉妬している。まあ美女に障害はつきものか。


 とんとんとん、と包丁がまな板に打ち付けられる音を背に、リビングを出て二階へ。

 どうして深雪さんがいるのかと思ったら、そういえば今日は黒野赤桐両家合同の恒例の食事会の日だった。

 基本月一ぐらいで行われるのだが、たしか先月は深雪さんがちょうど体調を崩していて見送りになった。

 まあ両家合同と言ってもウチの食卓に深雪さんと弥月が加わるだけなのだが、普段はしょっぱい晩飯もこの時だけはそれなりにいいものが出る。


 静凪を起こす前に、とりあえず自分の部屋で着替えようとすると、なぜかベッドの上には先客がいた。静凪だ。

 帰ってきて直行したのか、制服のままうつ伏せになって、人の枕に顔を埋めている。

 部屋を間違えたのかわざとなのか。どちらにせよ迷惑なやつだ。 


「静凪メシだぞ、起きろ~!」


 耳元で怒鳴ってやるが、この程度では起きないことは百も承知。

 静凪はすかー、すかー、と規則正しい寝息を立てている。

 とりあえず体を起こそうと肩を押すと、でろっと口からよだれが垂れた。


「げっ、こいつ……」


 俺の枕が……汚ねえ。

 ティッシュで口元を拭い、起きろ起きろと肩を揺するが全く目覚める気配がない。

 

「この野郎……」


 ならばと思いっきりベロンとスカートをまくり上げる。

 現れたのは白と青の縞パン。こうやってパンツ丸出しにされようが反応がない。

 さらにべんべん、とケツをひっぱたいて揉みしだいてやるが、やはり起きる気配がない。


「パンツも脱がしちゃろかコイツ……。もういいか、静凪ちゃん今回は欠席ということで」


 ラチがあかないので体ごと担ぎ上げて、隣の静凪の部屋に運び込む。

 チビのくせに全力で寝ているせいかやたら重く感じる。

 ほいっと静凪をベッドの上に仰向けに転がすと、第二ボタンまで開いていたブラウスの胸元が少しはだけて肌が見えた。

 

「やはり全く無い……」

 

 先ほどの舞依の凶暴な二つの膨らみを思い出し、何気なく静凪の胸を押してみる。

 一丁前にブラをしているようだが、全く感触がわからない。少しは成長しているかと思いきやこのざまだ。

 

「……何してんの?」


 ぎくっ。

 と背筋が伸びる。

 振り返ると、弥月が不思議そうな顔でこちらを見下ろしていた。

 

「お、お前こそ人の部屋で何をしている」

「遅いから様子見てきてって言われて……ていうかここ、静凪ちゃんの部屋でしょ?」


 おっとここは俺の部屋ではなかった。

 これでは何か俺が寝ている妹の部屋に忍び込んで性的ないたずらをしているように思われてしまう。

 あながち間違いではない? いやいやいや、そんな性的なニュアンスは一切ない。俺はすっと立ち上がって、あくまで堂々と応対する。


「この眠り姫がなかなか起きないんで、王子様のパイタッチで目覚めるかと思って」

「……それ、マジで言ってる?」

「冗談です」


 俺はいつでもマジだが、うんと言ったら叫び声を上げられそうな雰囲気だったので空気を読んだ。

 別に兄が妹のパンツ見たりケツ触ったってさして問題ないだろう、静凪もいいって言うし。

 ただ第三者からするととんでもない変態に映ってしまうというのが難しいところだ。

 弥月はしばらく俺と静凪の顔を交互に見た後、何を思ったか突然、


「ねえ……あんたってロリコン?」

「ロリコンというな、せめてシスコンと言え」

「……シスコンなの?」

「いや違うけど……」


 妙な疑いをかけられているが、きっぱり違うと言っておこう。

 お互い謎の沈黙になった後、いぜんとして起きない静凪から目を離した弥月が改めて尋ねてきた。


「まあいいけど……。で、どうだったの? 彼女とは」

「ん? ああ、まあなんていうかね、もう向こうがガンガンくるからね。大変だったわ」


 おもに豪速球がね。

 とまでは言わずに思わせぶりに流し目を送る。


「へえ……。それで……付きあうの?」


 付き合うわけねーだろ、会うたびあんなデスマッチさせられたらたまったもんじゃねーよ。

 と思わずキレて即答しそうになったがここは我慢だ。

 告白されてそのままドッジボールしました、なんて言ったら絶対に爆笑されてこの先延々とネタにされる。

 とりあえずこの話題は適当にごまかして……というかなかったことにしようかと。舞依とは友だちというか、知り合い程度に収めることにして。

 

「い、いやーしかし参ったね、あんな可愛い子が俺にゾッコンだなんてね。一目惚れだとかって、これだからイケメンはつれーわー。それとあのおっぱいを見たか? あれはヤバイぞ」

「ふーん、なんだかんだ言って結局そういう……体目当てなわけ?」

「体目当てではない。おっぱい目当てだ」


 おっぱいでドッジボールするならこっちも歓迎なんだけども。

 ちょっとした冗談のつもりだったが、弥月はドMだったら喜んでしまいそうな軽蔑の眼差しを向けてくる。


「うわ、サイテー……」 

「なんだそれは、持たざる者の嫉妬か」

「な、何よ? べ、別にそういう……。だいたい、あたしだって多少は……あるから」

 

 そう言って弥月は若干顔を赤らめながら、背筋を伸ばして軽く胸を張ってみせる。

 なるほど弥月の分際でそこそこボリュームがある。

 シャツの上に胸の形がわかるようなキャミソール状のワンピースを着ていて、心なしかいつもより大きく見えるが、これは目の錯覚を利用した……というやつかもしれない。

 ならばと腕を伸ばして胸の中心に指を当てて押し込んでみると、指先がむにゅっと沈み込んだ。

 

「あっ……」

「ん? 今エロい声出さなかった?」

「ち、違うっ、今のは……。……っていうか何普通に触ってんのよっ!!?」


 弥月はばしっと俺の手を払って、胸をかばうように腕でクロスを作る。

 今にも殴りかかってきそうな形相で顔を真っ赤にしているが、あんなふうに胸を突き出されたら触らないほうが失礼ではないか。


「えっ、今のって触って確かめてみてのポーズなんじゃ?」

「そ、そんなポーズあるわけないでしょっ!? 何考えてんのバカじゃないの!」

「それぐらい、いいじゃないか幼なじみなんだから。おっぱい触ってもなあなあな関係……略しておさな、なじみだろ?」

「うわくっだらな、いつもそんな事考えてんの?」

「で肝心の胸だがまあ及第点か。舞依には遠く及ばんがな」

「な、何よ偉そうに……。大体、大きけりゃいいってもんじゃ……」

「ふーん、形には自信ありってことか。じゃちょっと見せてみ」


 あ、今度こそぶたれる。いや蹴られる。

 そう思った瞬間、俺と弥月の間にさっと影が割って入った。

 静凪だった。眠そうな顔で目を細めながら、でかいため息を吐く。


「あ、あれっ、静凪ちゃんいつのまに起きて……」

「……人の部屋でイチャつくの、やめてくれません?」

「ぜ、全然、イチャついてなんて……」

「……エロい声出してた」


 静凪がぼそっと言うと、弥月はカーっと顔を真赤にして、逃げるように部屋を出ていった。

 なんか知らんがひどい目に合わないですんだ。


「お前ってなんか弥月には強いよな」

「んふふ、悪い子は後でお仕置きかなぁ……」


 静凪は弥月が出ていった開けっ放しのドアの方を見ながら、なにやらつぶやいて不敵に笑った。

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