プロローグと言うかよくあるありきたりな出会いから始まる物語
「もう!!最悪!!」
樹々が鬱蒼と生い茂る獣道を一人の人物が悪態をつきながら駆け抜けて行く。フードを深く被っているために容姿などは確認できないがフードから流れる蒼く長い髪と悪態を吐く際に吐き出された声からは少女のような声に感じられた。
右腕を抑えて駆け抜けており、その抑えた左手の指の隙間からは少なく無い量の血液が流れ出ている。後方から迫る存在に舌打ちをしつつ、地面に這う木の根を避けながらかけていく速度を徐々に上げて行く。
「なんでこんな時に限って能力全部使えなくなんのよこのポンコツ!!よりによって……」
背中に背負う布に巻かれた物をへし折らんばかりの怨念をこめつつ、自身が今まで駆け抜けてきた方向に視線を向ける。鬱蒼と生い茂っていたであろう木々をなぎ倒しながらその巨体を凄まじい速さで追いかけてくる。全身は強靭な鱗で覆われ、赤く爛々と光る双眸はフードの少女から離れることはない。大きく開け放たれた口からは刃のように鋭い牙がテラテラとした唾液でコーティングされて顔を覗かせているため、より一層恐怖が込み上げてくる。
「『絶危険種指定魔獣』なんかが王国領の近辺にでんのよおぉぉっ!!」
少女は絶叫を上げながら鬱蒼と生い茂る森の中を駆ける。普段であればこのような逃げの一手を打つことは無い。だが、頼れるべき相棒とも言える存在がウンともスんとも反応しない。更に突然の『絶危険種指定魔獣』からの不意打ちにより、軽いとは言えない傷を負ってしまっている。激しくなる動悸と切れそうな魔力で何とか自身に身体強化の魔術を施しギリギリで逃げる。
「森の出口!」
前方には森の切れ目が見えており一筋の光がフードの下の双眸に差し込んだ。
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魔導騎士育成学園、王国唯一の魔導騎士育成機関であり、数多くの有名魔導騎士を輩出した有名なその学園は、その日1クラス40人程の学生を五人組に分けて王国領マルティノス平野にて魔獣討伐の実施訓練を行なっていた。
「リベラルっ!そっちに行ったぞ!」
金髪の髪を短く刈りそろえた少年は自身が相対する魔獣に炎の魔術で牽制しながら、五人組のうちの一人に叫んだ。透き通るような水を連想させる長めの髪の少年ーーーリベラルはその長ったらしい前髪の隙間からこちらに向かってくる存在に視線を向ける。
ゴブリン、薄緑色の体色を持つそれは身長120センチにも満たない、体のあちこちは泥で汚れており、飛び出しそうなその大きな双眸は真っ赤に純血している。その手には大きめの肉切り包丁が握られており、奇声を上げながらリベラルの方向に突っ込んできていた。基本的に魔術で牽制しつつ敵の隙が生まれた時に武器での攻撃と言うのが魔導騎士の一般常識だ。だが、リベラルは魔術を発動する事なくゴブリンとの距離を詰める。
「リベラル!!無茶するな!逃げろ!」
「うるっさい!」
金髪の少年の制止の声を無視し、リベラルは腰に帯剣している剣の持ち手に手を添える。振り降ろされた肉切り包丁に勢いをつけて抜剣した剣を打ちつけ、無理矢理に跳ね上げさせた。唯一の武器を持っていたゴブリンの右腕は空中に打ち上げられる。
「はあああぁぁっ!!」
ガラ空きとなった腹部に向けて勢いをつけたリベラルの回し蹴りが炸裂する。彼が装備しているレガースには刃が仕込まれており、勢いをつけていた彼の回し蹴りはゴブリンの上半身と下半身を文字通り二つに蹴り分けた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
荒い呼吸を繰り返しながらリベラルは周囲に視線を向ける。チームメイトである他の四人は魔術を使用しつつ数体のゴブリン相手に一人で立ち回っている。自身の様に1体のゴブリンだけで荒い呼吸を繰り返しているものはいない。そんな周りとの実力差を痛感し唇を噛み締めながら荒い呼吸を落ち着かせる。
「クッソが……」
彼の呟いた悔しさを含んだ負け犬の遠吠えは戦闘音と、魔術のぶつかる音の中に消えた。
「どけどけどけぇっ!!!」
そんな声が聞こえた。焦燥感が含まれた絶叫にリベラルは慌てて声のする方向に顔を上げる。フードを深く被り、その隙間から深い海を連想させる蒼髪を靡かせて全力で森の中から駆け抜けてくる存在が視界に飛び込んで来た。背には布で厳重に包まれた棒状のものを背負い右腕を左手で抑えながら駆け抜けてくる。走る勢いと森から出てくる瞬間、枝に引っかかり深くかぶっていたフードが外れた。
その日リベラルは運命と出会った。