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ミリオタ高校生が異世界へやって来た!  作者: カトユー
対ライノゼ王国戦
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第72話 対ライノゼ王国戦Ⅱ (デンシアの戦いⅠ)

 ういーっす。失踪疑惑に定評(低評)のあるカトユーです。

 今回はガッツリ解説回。すまねえ、でも僕の兵器愛をつらつらと書けるのはここしか無いんだ(エッセイ書いて、どうぞ)


 例の如くストーリーだけで良い!って方は☆の間は飛ばして大丈夫です。かなり見にくいことになってますけど。

デンシアの北西15km


 帝国軍の工兵部隊は前線飛行場の設営を行っていた。デンシアがあるのは王国北方の平野部で、街の周囲には平坦な草原が広がっている。街の西方を流れる河川を隔てて設置される飛行場は、主に戦闘爆撃機と砲兵観測機の運用が想定されている。作業は整地(除草等)や滑走用鋼板の設置だ。数百人のマンパワーと機械のおかげで、2週間と少しの期間で2,000m近くの滑走路一本を整備することが出来た。また、デンシアにより近い地点には、偽装された砲兵陣地が配置された。等間隔でズラッと並べられた榴弾砲(ML-20(M1937) 152mm榴弾砲)を見ただけで興奮出来る。(やべえ奴)


 飛行場整備が終わった翌日には、航空機の運用が行われた。砲兵部隊と一緒にやってきたのは、爆撃機部隊の隊員達である。元々第一〇一偵察飛行隊だった彼らは、以前の機種転換で攻撃第七〇一飛行隊となり、今回の機種転換で攻撃第七〇一飛行隊(第2次)と偵察第一〇一飛行隊(第2次)に分かれることになった。

 まず、七〇一飛行隊は攻撃(爆撃)が主な任務で、使用機体はP-47 サンダーボルトだ。2個中隊18機が配備される。



P-47 サンダーボルト(米)


アメリカのリパブリック社が開発したレシプロ単発戦闘機。WWⅡ期にアメリカ陸軍航空軍(USAAF)の主力戦闘機として活躍した。


 大元は1935年に初飛行したP-35まで遡ることができる。そこから、AP-4、YP-43、AP-10(XP-47)と続いていく。そして、本命のXP-47Bは1941年5月に初飛行を行った。この機体は元が軽量戦闘機だったとは思えない設計だった。空冷星型18気筒のエンジン(2,000馬力級)を搭載し、胴体内にターボチャージャーを収納し、両翼内には12.7mm機銃を装備する巨体になっていた。自重は4.5tである。

 ちなみに、広々としたコックピットにはエアコンも装備されていた。あるパイロット曰く、「安楽椅子のようだよ」とのこと。


 そんなP-47Bだったが、新型機あるあるの初期不良に悩まされた。操縦の難しさ、キャノピーの不良、各部品の配置の問題などである。

 開発元のリパブリック社はこれらの問題の解決に取り組むこととなる。


 続くP-47CはB型の改修型だった。主な内容は全金属製の動翼やターボチャージャー制御器のアップロードなどである。


 最多量産型はP-47Dである。サブタイプが複数あり、数が飛んでいるにしろP-47D-1からD-40まであるのだ。

 大きな変更点があったのはP-47D-25である。それまではレイザーバック型のキャノピーだったが、この型からより後方視界が優れているバブルキャノピーに変わったのだ。(また極一部のP-47Dがマルコムフードを適用した)

 D型最後のP-47D-40でも大幅な改修が施された。ドーサルフィン、ロケットランチャー、照準装置などである。

 D型以降も多くの改良型が存在した。P-47MやP-47Nなどである。特にP-47Nは太平洋戦線向けに開発された機体で、P-47最後の生産型となった。主な変更点は燃料タンクの増量と新型主翼への換装である。どちらも航続距離の延長が主であった。一部の機体が伊江島や硫黄島に到着し、戦闘爆撃機として使用された。


 P-47は主に欧州戦線の前線で使用された。主な任務は戦闘機狩りや爆撃機護衛であった。実戦配備当初はこれらの任務がメインであったが、段々と使用法が変わってきた。と言うのも、P-47の大柄で損傷に強い機体は戦闘爆撃機として優れていたのだ。爆撃護衛の帰り、P-47はブローニング8門の大火力で地上目標を破壊し回った。武装も爆弾からロケットとより大きく、強い物へと変わっていった。


 P-47はアラスカ以外の全ての戦線、ドイツ、イタリア、太平洋、ビルマに配備された。また、アメリカ以外の連合国でも使われた。イギリスやブラジル、ソ連、メキシコ、自由フランスなどである。

 戦後もP-47…F-47(命名規則の変更)は使用された。ラテンアメリカ諸国を中心に、中華民国、イラン、ポルトガル、ユーゴスラビアなどに提供され、1960年代まで運用された。

 P-47の総生産数は約16,000機で、航空機の生産数としては多い方である。ちなみに、世界最多はドイツのBf109(35,000機)である。

(比較として日本の零戦の生産数は約10,000機)



小ネタ?


 愛称のサンダーボルト(Thunderbolt)は、雷のことである。(日本の雷電と関係性が気になるところ…(同じ大型単座戦闘機同士))

 サンボルの名称で一部人々に愛されている機体。


耐久力がすごいサンボル

 ダメージを受け、真っ直ぐなP-47がFw190に滅多打ちにされたものの帰還したとか。

(200発以上の被弾(ただし全てが7.92mm機銃だった))


鹵獲されたサンボル

 1945年2月末、台湾で疾風に撃墜されたP-47がほぼ原形を留めたまま日本軍に鹵獲された。


「超サンダーボルト」なXP-72

 P-47の派生型(魔改造型)。エンジンはなんと28気筒!出力3,450馬力でピストンエンジン機の限界を越えようとした。

 が、ジェット戦闘機の方が良くね?となり開発中止に……


音速を超えた?サンボル

 ある証言者曰く音の壁を突破したとのこと。それ以外の話は無いので、かなり怪レい…


ジェット機を撃墜したサンボル

 1945年、ジョージ・E・ボストウィックはP-47Mでドイツのジェット戦闘機Me 262を撃墜した。




 また一〇一飛行隊には九八式直協機が導入された。定数は9機で、1個中隊である。




九八式直協機 (九八直接協同偵察機)


 日本の直接協同偵察機である。と言っても、マイナーだから分からんよね。

 直接協同偵察機というのは陸軍特有の分科で、昭和12年度の「航空器材研究方針」を作製した際に誕生したもの。直接協同というのは、地上の前線部隊と一緒に戦うという意味で、それに必要な偵察、指揮、連絡、弾着観測の仕事が求められた(この時点で盛り過ぎでは?)。更には、要請があれば、機関銃や爆弾を用いて地上攻撃(今の近接航空支援)も積極的に行うというものであった(夢の万能機)。

 日本陸軍は草創期から偵察機を重視していて、大正期に最も多く生産された機種は偵察機の乙式一型偵察機(サルムソン 2A2・仏)だった(最終的な調達数はなんと1,000機以上!)。何故こんなにたくさんの偵察機が作られたのかというと、当時の陸軍(WWⅠ期)に偵察機が陸戦の勝敗を決める兵器だと認識されていたから。地上の斥候兵では難しい、前線後方の様子も空からなら簡単に把握することが出来る。当時の制空権確保にはそんなわかり易いメリットがあったのだ。

 昭和初期の時点で陸軍航空隊には、捜索用偵察機、砲兵観測用偵察機、長距離高速偵察機という3つの種類が存在していた。最後の長距離高速偵察機というのは、今で言う戦略偵察機に分類される物で、日本が世界に先駆けて開発した機種のこと。その方針にそって開発されたのが司令部偵察機、九七式司令部偵察機だ。この機体は海軍にも採用され、九八式陸偵として運用された。また、後継機の一〇〇式司令部偵察機(新司偵)は名機として名高い。

 話が逸れたが、「航空器材研究方針」で新たに誕生した直協機の第一号が「九八式直接協同偵察機」である。前述の目的(直接協同)の為、前線での運用が可能な短距離離着陸が出来ること、整備が容易なこと、偵察・地上をするための低速安定性や良好な視界を確保することなどが求められた(速度、航続距離が求められないだけマシ…?(感覚の麻痺))。

 陸軍はそれまで全金属製機体を製作したことのなかった立川に開発を指示した。が、立川は一年も経たずに試作機を完成させた(この際、陸軍から九七式司偵の資料を提出を受けた)。しかも、1938年(昭和13)年4月に初飛行した試作1号機は良好なテスト結果を残した。

 その年の10月には「九八式直接協同偵察機」として制式採用された。


 胴体は全金属製(アルミニウム合金)のモノコック構造。主翼は低翼単葉で、内部には左右約110Lの主燃料タンクがあった。また、下方視界を得る為に、外翼前縁は後退翼(約14.3度)だった。エンジンには日立九八式450馬力発動機(ハ13甲)九気筒固定星型空気冷式(510〜515馬力)を搭載していた。使用燃料は87オクタン価燃料。

 外観は背の高い風防が印象的。スパッツに包まれた固定式主脚と後退翼の組み合わせがどこかちぐはぐな感じで良いね。

 武装は操縦席右側前方に八九式固定機関銃(乙)一銃(装弾数 〜400発)を装備し、同乗席(後方席)には試製単銃身旋回機関銃(二型)(テ4)又は「ラ」式、八九式旋回機銃一銃(装弾数 〜540発)を装備。旋回機銃の射角は左右各90度、上方60度、下方30度であった。

 また、「特別装備」として爆装が用意されていた。左右主翼下の懸垂架に九二式十五瓩(15kg)爆弾を十発搭載出来た。これで、野戦重砲の効力射分に値する。しかも、それを地上の前線部隊の指示で行えるのだ。……まあ、構造上単発でしか落とせなかったので、命中率が低かったらしいけど。実は説明書にも「容易ナラザルモ」と書かれていた。

 生産は1937年から開始され1940年に終わった。が、前線からの要望や太平洋戦争開戦に伴い、1942年から生産を再開し、終戦前年の1944年まで生産が続いた。総生産数は1333機or1334機。これは立川飛行機が生産した航空機の中では最多となる。



小ネタ?

 キ番号(試作名称)はキ36で、連合軍のコードネームはアイーダ(Ida)。


名称の揺れ

 Wikipedia等の多くの記事では「九八式直接協同偵察機」と書かれていることが多い。しかし、中には「直接協同偵察機」の名称は不適切であるとの意見もある。呼称としては、「九八式直協機」、「九八直協」、「九八直協偵察機」、「直協機」などがある。


日本軍機の宿命

 本機も終戦が近くなると特攻機として使用された(練習機すら特攻機に使われたからね…)

 主に胴体下に500kgを搭載していた。


幻の艦載機(船載機)?

 九八式直協機に着艦フックを取り付けたという話も。また、あきつ丸に実際に着船(着艦)したとの記述も……

 優れた短距離離着陸性能ならワンチャンいける?


現存する機体達

 九八式直協機を高等練習機に改造されたもの(九九式高練)が、タイの空軍博物館と中国の中国人民革命軍事博物館で展示されている。ただし、タイの九九式高練は無かったはずのスパッツが着いている…

 国内に機体は無いが、ハ13甲エンジンやプロペラが鹿児島県の万世特攻平和記念館に展示されている。また、2010年には沖縄近海で駆逐艦に突入した機体のエンジンやプロペラ、脚、操縦桿が発見された。


戦後の活動

 終戦後、色んな土地に配備されていた本機は、現地の人々に接収された。

 中国で接収された機体は国共内戦で用いられ、インドネシアで接収された機体は独立戦争で用いられ、北朝鮮で接収された機体は朝鮮戦争で用いられた。


今に残る記録

 九八式直協機自体は残っていないが、記録は意外と残っている。

 近現代の歴史資料を公開しているアジア歴史資料センターには九八式直協機の説明書が公開されている。PDF形式でダウンロードすることも出来る。全293ページの大ボリューム。

 また、NHK戦争証言アーカイブスの日本ニュース第92号に飛行シーンがある。

(URL等は活動報告にて)



 今回、九八式直接協同偵察機は砲兵観測と爆弾による地上攻撃をメインに運用される。


 前線飛行場に配備された機体は、慣熟飛行を行い、デンシア攻撃に向けて準備を始めた。

 帝国海軍機以上にマイナー機の多い陸軍機、意外と陸軍の方が航空行政が優れてたり、マトモだったりすることが多いので、傑作とまでは行かないけど使える良作はたくさんある気がします。てか、海軍がぶっ飛び過ぎな気が……


 兵器解説に出てきたサイトは活動報告に纏めておきますね。


 全く関係ない話だけど、アゼルバイジャンとアルメニアの戦闘の様子見ました?前回上げた後に戦闘が始まって、停戦合意とかがあった後ようやく今日次話を上げるという体たらく。ともかく、また現代の紛争(?)のスタイルやイメージが少し変わりましたね。無人機が戦車を破壊しまくって、連日「カミカゼアタック」の字を目にするとは思わなかった……。



しょうもない話とかはTwitterでダラダラと書いてます。よろしければフォローを。


カトユー(小説家になろう)

https://twitter.com/RVdX8yzugRufoNT?s=09


カトユー(総合垢)

https://twitter.com/vmNCfs9xBbSrhUw?s=09


ではまた次回にて。

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