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More than a diary

作者: まろやか

世界のことが全部解明されてないんだから、自転車が美少女に化けても不思議ではない(適当)。

この日記をあなたに贈ります。



4月1日

 永く使われたものには魂が宿ると言いますが、わたしの場合は超例外的な変身能力を産まれ付いて持っています。夜の間だけ、人に変身が出来ます。


 自転車として生まれてから、このお家にたどり着くまでも、まぁまぁな困難な目に遭いましたが、まさかここでも数日間、室外保管されるとは予想外でした。ご主人、わたしのパーツの総額40万円ですよ。大丈夫ですか?これからちょっと不安です。


 でも、今は室内保管となったおかげで、こうして日記を付けることが出来ます。

 日記を付ける理由?夜は退屈だからです。そしてお話ししたいことがあっても、ご主人に話かけるわけにもいきません。そうしたらお休みのじゃまになるばかりか、へたしたら呪いの自転車として、すぐ引き払われるかもしれませんから。

だからお話ししたいと思ったことは、ご主人の部屋にあったノートに、コソコソと書きつけています。ノート表紙に「ネタ帳 創作アイデア」とありましたが、1ページ半分で終わっていたので、いいかなぁ…と思って。


 なにはともあれ、これからの生活が楽しみです。ご主人との素敵な新生活の第一歩として、今日の日記はわたしの、だいじな、とってもだいじな、1ページとなるのです。



4月16日

 日記って大変です。書くことがほぼ無いです。ご主人と走るチャンスがほぼ無いです。ご主人はお仕事から帰ると、「撮り溜め消化しねぇとなぁ」といってアニメばかり見ています。わたしのご主人、なかなかにデ…太っ腹です。わたしと一緒に走ってスリムになりましょうよ!



4月17日

 あいかわらず書く事が無いので、ご主人とわたしの出会いの物語を、忘れない内に書き留めておこうと思います。こういう事ってだいじだと思います。


 まだ寒い3月のおしまいの日、わたしはお店の「ツールドフランス優勝モデル」のポスターの下で、ほかの子にうもれてじっと息をひそめていました。だってお店が過ごしやすくて、出て行くのがイヤだったからです。


 そうして日々をやり過ごしているなかで、ついにご主人にめぐり会う事が出来ました。

 ご主人はアニメプリントのTシャツに、ジーパン、指きりグローブをなんなく着こなし、缶バッチが沢山ついた緑のリュックを自慢げに背負って、お店の自動ドアを、まるでダンジョンに討ち入るような気迫で通過して入店してきました。

 そうしてお店のロードバイクを、かたっぱしから、鼻息でフレームがくもるような近さで、見つめていました。


 店員さんもちょっと引きぎみでしたが、さすがプロです。

「お探しの商品はございますか?よろしければ試乗もできますよ。」

にこやか営業スマイルでご主人に言いました。

ご主人は「ヒェッ!」と小さく声を上げていました。急にはなしかけられてびっくりしたのと、あんまり人と話すのが好きではないからです。


 気を取り直したご主人は、

「ご…剛性?の多いヤツ探してるんっスけど…今有る?」

「ああ、そういったモデルをお探しですか?用途はやっぱりレースですか?となると…」

「いや!自分で探すんで!大丈夫です!」

と店員さんを追い返しました。コミュニケーション体力が尽きた事と、ド素人ってことがバレるのを恐れたからでしょう。でもさすがご主人、逃げるチャンスを逃がさない!


 それから、お店のロードバイクをしきりにコンコンと叩いてまわってました。

「うぅむ、中華カーボンはやっぱ音が良くないな。」

って言ってましたが、ロードバイクは楽器じゃないんですが…。


 そうしてわたしのところへ来ました。

「やっぱりこのモデルしかないな!ツールでも勝ってるし!重量軽いし剛性高いし!」

付け焼刃的知識の博覧会状態のご主人でしたが、あなたの、好きな事にはどこまでも真っ直ぐな、その目が、とても好きになりました。

「この赤いのにしよう。アニメで出てたし。」

そうしてヘルメットとカギとライトも購入したご主人は、わたしを連れて、意気揚々と自宅までのサイクリングを始めました。


 3時間してようやく家にたどり着きました。

「もうしばらくは乗らなくてもいいかもしれない…。思ったよりツラい。」

そのまましばらくは屋外保管でした。辛い思いをさせて、ごめんなさい。でもせめて室内に置いていただけませんか?っておもいました。


 しばらくしてからご主人は、

「屋外はバイクの劣化進むって雑誌に書いてあったな。」

と言ってわたしを部屋に入れてくれました。ほんとに安心しました。



5月11日

 明日は、かの有名なびわ湖に行きます。

ご主人はこの1か月の、近所のコンビニライドと、万博公園周回ライドのおかげで自信が付いたらしく、

「こんだけ乗れればビワイチも余裕っしょ!」

って言って出かけました。

びわ湖と万博公園では難易度も違いすぎますが、大丈夫かなぁ…と少しだけ心配です。


 ご主人は明日の準備をとても楽しそうにやっていました。

「水筒、地図、スマホの予備バッテリー、カロリーメイトは当然持ってくわな。タオルと一応予備の着替えと、自転車の鍵と、カメラも持ってこう。遂にマルチツールの出番が来たな。」

楽しそうなご主人を見ていると、わたしも嬉しくなります。でも、ちょっと荷物がおおすぎるような…。

 でも!きっとだいじょうぶ!きっと明日はいい日になると思います!



5月12日

 今日のびわイチでしたが、途中で中断して戻ってきました。でも、とても勉強になることが多かったのでよしです。

 考えてみたら、いくらすごいご主人とはいえ、自転車はじめて1か月で、200km以上走ろうというのはちょっと無茶でしたね。


 今日のようすを振り返ってみます。

 朝、例の大量の荷物を詰めたリュックを背負ったご主人は、

「荷物多いかなぁ、まぁ大丈夫だろ!全部必要なものだしな!」

と言ってましたが、できればその荷物を減らして、パンク修理の道具を用意してほしいと思ってしまいました。すみません。


 ジーパンにアニメTシャツと、ホームセンターで買ったサングラスに、一応ヘルメットをして、なかなか見ない個性的な自転車ファッションのご主人です。

 出がけにタイヤに空気を入れようとして、1時間奮戦してようやく空気が入って、なんとか出発できました。仏式バルブの使い方は慣れないと大変ですからね、仕方がないです。

 大阪から国道1号線で滋賀県に到着しました。そしてびわ湖の近江大橋から、反時計回りにびわ湖を走って行きます。

 しかしここまで来るのにかなり体力を使っていたご主人、しかもこの日は風が強くて全然前に進みません。


 びわ湖博物館まで来た所で、いったん休憩。そのまま本日のライド、終了となりました。

ブラックバスバーガーを食べて、失ったカロリーを補給するご主人。走った分のカロリーはこれで帳消しになりました。

「初心者でここまで走れたの俺ぐらいしでしょ。俺めっちゃ自転車の天才かもしれない…。」

びわ湖の回りは10kmくらいしか走ってないですが、自信を持つことは大事だと思います。


 このときご主人はどうやって帰るつもりなのか、心配になりました。ご主人この後走る気がゼロでしたから。

「ここに自転車置いてあとで取りに来ればいいか」

さすがにそれだけはやめてください!と心で叫びました。

ありがたいことに、親切なロードバイクの方が、輪行という方法を教えてくれたおかげで、置いてけぼりにならずに済みました。

 大津市まで、ひいひい言いながら自走して、自転車屋で輪行袋を買い、そのまま電車で戻ってきました。

 帰宅後、ご主人はすぐに爆睡。そして今現在、私の自転車の体は輪行袋に入ったまま部屋に放置されています。

 次の出番、ありますよね?ご主人?



6月1日

 相変わらず袋の中で、部屋の隅に放置されています。ここのところ雨が続く天気ですので、しょうがないと思ってます…。

 でも、せめて、組み立てと洗車はお願いします…。わがまま言って、ごめんなさい。



6月3日

 ずっと放置の日々が続きましたが、今日、ついに袋から出してもらい、組み立てていただけました。よかった。

「やっぱり、ワイには自転車しか無いんや!」

とご主人は言ってましたが、おそらくアニメの影響でしょう。

アニメのおかげでロードバイク熱が再燃したようです。ご主人、アニメの制作者の方々、本当にありがとうございます。


 そうして願いがかなって、組み立てと洗車をしてもらいました。おかげさまで体は快調…と言いたい所ですが、ご主人、クイックレバーの組み付け方間違ってますよ…。

 クイックレバーを、普通のねじのように回して止めると、走行中に車輪が外れるってこともあります、危ないのです。

ご主人!早く気付いて!ケガしないうちに!


6月6日

 今日、いつものコンビニ通いの最中にパンクしてしまいました。パンクは本当によくあることなので、ご主人にはもうしわけないですが、修理の方法は覚えてほしいと思っています。


 今回ご主人はわたしを、100円で買ったパンク修理キットで直してくれました。チューブにパッチを当てて修理する、昔ながらの方法です。

「手のかかるチャリだなぁ、でもパンク修理してるの、めっっちゃプロっぽくていいな。」

ご主人に手をかけて直していただいて嬉しいです。

 ですが、普通にホイールを外して、チューブを交換した方が良かったのでは?と、ちょっと心に引っかかりました。生意気なわたしでごめんなさい。

当然、クイックレバーは間違ったままの状態です。


6月10日

 クイックレバー正しい使い方になりました!良かった!

さらにご主人はメンテナンスマニュアルも買って来ました。ちょっと遅い気もしますが、でもご主人がロードバイクの事をさらに知ろうとしてくれる、その心がうれしいのです。


 そのきっかけは、SNSで

「こいつのチャリのクイックの使い方やばいwwwwアホだろwww」

のツイートを見たからでした。

「へぇ…一般人はクイックレバーってこうやって使うのか。俺の使い方の方がいいと思うけど、まぁ一応試してみようかな。」

ってご主人は言ってましたが、誰に向かって見栄張ってたんでしょうか。

 とにかく、これでホイール脱落のピンチは去りました!よかった!



7月3日

 びっくりしました。ご主人の思い切りの良さにも、財力にも…。

「これからの時代パワメ必須でしょ。パワメ付けないでロード乗るヤツはほんとロード無駄にしてるわ。」

色々と言いたいことはありますが、大体雑誌の影響でしょう。過激な思想と発言は事故の元ですよ。


ほんとに、センサーとサイコン合わせていくらしたんですか?ヘタしたらかなり良いホイール買えてしまうくらいの値段ですよね?順番逆ですよね?パワメ有効に使えるくらいの走りしてるんですか?

 でも、正直、すごくうれしいです!ありがとうございます!

 あなたに合わせて、わたしも変わっていきたいです!



7月8日

 今日はびわ湖に再チャレンジして来ました。結局1周はできなかったけど、前回よりずっと良い感じでした!やはりご主人はすごい方です!


 まず荷物選びの時点で違っていました。

「パンク修理キットくらい持ってくか。あと輪行袋も。行けるとこまで行って、疲れたら輪行だな。水筒もいらねぇな、自転車に付けるボトルあれば十分だわ。紙の地図もいらねぇわ。」

この様子から、ご主人の高いインテリジェンスがうかがえます!


 前回と同じ近江大橋からスタートし、なんと長浜までたどり着くことが出来ました!びわ湖をだいたい半周したことになります!

途中で蚊柱に突っ込んで呼吸困難になったり、ふくらはぎをつったりと大変な目に合いましたが、それにもめげずに長浜までたどり着くことが出来て、ほんとにうれしかったです!


 途中でパンクしてしまったことが残念でした。わたしのせいです、ご主人、ごめんなさい。

ご主人のパンク修理の技術はすごいです!1時間かかったけど、ちゃんと走れる状態になったのですから。

「こんどはパンクしねぇタイヤにしようかな。」

って言ってました。それもいいと思います。でも今よりだいぶ重くなることを覚悟してください。そしてあんなにパンク修理が上手なんですから、そのままでいいと思います!

 手をかけてほしいからとか、そんな自分勝手な理由ではないですよ!



7月14日

 世間の一部のひとたちは、ツールドフランスで大盛り上がりです。私の家族は今年も健闘しているようです。

ご主人もどうやらその一部のひとたちに影響されたらしく、

「俺も六甲山ヒルクラで、伝説を打ち立てるとしますかぁ…!」

と息巻いてました。その前にカサカサのチェーンに注油し欲しいところです。


 六甲山は、この街からは国道171号線で、ずっと神戸の方に走って行けばすぐに着きます。距離は大体30km、山頂まで行くとすると往復80kmってところでした。

 出発までの準備にいたってはもう慣れたものです。準備に迷いがありません。そして服装もいつものジーパン、Tシャツ、ホムセンサングラスもばっちりです。しかし最近ジーパンのお尻に穴が開いてるんですが、気付いてますか?


 ご主人は六甲山に行く途中、みのおのショッピングモールに立ち寄りました。そこのスポーツ自転車店で、補給食を購入します。店先にある他のお客さんのロードバイクを酷評するのはやめてください。

「ツールで選手が食ってるヤツがこれか…あいつらの速さの秘密、見破ったり!」

相変わらず楽しそうなご主人でした。


 店内のポップで「君もビンディングペダルデビュー!」とありましたが、ご主人もそろそろフラットペダルを卒業してもいいと思っています。

しかしご主人は

「ビンディングペダルは必要ない。何しろその必要が無いほど、俺のペダリングは最強だからだ!」

と言ってます。すごい自信です、良い事だと思います。しかし本当は怖がっているだけだと思うのです。


 ヒルクライムは、5kmほど登った甲寿橋で脱落しました。

「俺、考えてみたらクライマーじゃねぇし、仕方ねぇよな。」

と本人談。

無理しないのは大事です。でもご主人、スプリンターでも山を登る位は普通に出来ますよ…。


 帰りにケンタッキーで失ったエネルギーを全快してました。ご主人の食べる実力は相当のものです。ご主人のお腹は間違いなくツールドフランスレーサー並です。



8月8日

 8月の酷暑はご主人には耐え難いようで、最近遠出はしていません。無理はしないご主人のスタンスに関心です。

 そして、ご主人がついに!レーパンとサイクルジャージを買ってきました!これで走りが快適になること間違いなしです。

 でもこのウェア上下で4万円以上だそうです…。イギリスのブランドメーカーの物のようですね。

 お金をかけるところって人それぞれ、色々なんだなぁと思いました。


8月17日

 まだまだ暑い日が続いてます。相変わらずのコンビニライドの日々です。

最近ご主人は、ポジションの設定に熱心なようです。今日は大胆にポジションを変更しました。


「サドルが低いな。上達するとサドルの高さ上げたくなるって雑誌にあったな。俺の成長性ハンパないな…自分が恐ろしい。」

でもご主人、いっきに5cmも上げていいんですか?しかもサドルが前下がりになってます。あんまり極端なポジションは危ないですよ。わたし心配です。



8月18日

 やってしまいました。ご主人が。

昨日のポジション変更のとき、シートピンの締め付けが甘かったようで、走ってる最中にサドルが下がってしまいました。

そして悲劇がおきました。


「ううむ、締め付けが甘かったか、もっと強く締めないといけないんだな。」

6角レンチを手にしたご主人、人間トルクレンチでぐいぐい締めていきました。

ご主人は、クランプに書いてある5Nmの意味を気にした事は無かったようです。規定トルクをガン無視したモアパワー式のトルクもとい、手ルクレンチにより、「バキッ」というクランプの断末魔が耳に届いた時には、全てが後の祭りでした…。


ご主人もさすがにヘコんだようです。貧弱な身体でごめんなさい…。新しいクランプが届くまで、しばしの休養となりそうです…。



9月10日

 クランプの交換以来、ご主人はわたしのカスタマイズに夢中なようです。今日はプーリーを交換しました。


「純正プーリーは回転性能悪いわ。セラミックボールベアリング使ってないとか回転するパーツとしてどうなのよ?」

 ご主人の数Wの力も無駄にしたくないシビアな要求はよく解ります。しかしその部品に交換すると肝心の変速性能落ちますよ…。世の中にはパテントとかパーツの相性とか様々な制約があること、忘れないでくださいね。


 そしてご主人、また体重が増加したようです。サドルレールがミシミシ悲鳴をあげるのを、わたしは耳をふさいで無視を決め込んでいます。



10月5日

 ご主人はハンドルの交換まで手を出し始めました。一体どこまでカスタマイズを続けるつもりでしょうか。しかしおかげで、わたしは軽量化されました。今の重量はびっくりの7kgです。


 あとはパーツ組み付けが上手く行けば文句なしの戦闘力です。

というのは、ヘッドパーツの調整に失敗しているからです。

「ハンドルめっちゃガタガタする。やばい。」

残念なことに、ご主人では手に負えない事態のようです。明日また自転車屋さんに行きます。



10月27日

 水平線を初めて見ました。あれが海。あの線を越えてどこまでも世界が広がっていると思うと、まだ見ぬ世界への想像がふくらんでワクワクしました。


 今日はご主人が突然

「海に行く。」

といってロングライドをしました。昨日みた映画の影響でしょうね。


でも、ひさびさのロングライドで、わたしはもう、ほんっとに嬉しかったのです。

夏の間は熱中症にならないように、ロングライドには行ってませんでしたから。あとご主人はアイスの食べ過ぎでまた増量したようでした。

 定番の国道171号線をひたすらに西へ、六甲山を横目に見て、国道2号線に乗り換えて、さらに西へ行きました。

 途中の神戸の街をちょっと散策。神戸の街はどこを切り取ってもモダンでおしゃれでした!


 その先の須磨の辺りで海沿いの電車と本気の勝負をしました。勝負はいいんですが相手は電車だし、ここは公道ですよ!あぶないです!

「ワイはサルや!プロスプリンターサルや!!」

ってだれのモノマネなんですか?ご主人?


 潮風はわたしの金属のパーツに、確実にダメージを与えたでしょう。しかしそれが無ければ、海の広さや、全力で走る楽しそうなご主人の顔を知ることはできなかったと思います。

 明石市まで行った所でライドは終わりです。70kmほど走りました。明石名物なにやら焼きをたらふく食べて、またカロリーの補給には成功しました。

走って来た距離を電車賃で換算すると、補給食代の方が上回るでしょう。



11月11日

 今日は六甲山ヒルクライムに再チャレンジしました。そして、これがご主人との、最後の思い出になりそうです。だから、忘れないようにしっかりと書き留めておきます。


 「今日は六甲山にヒルクライムや!生まれ変わったワイの走りみせたるで!」

と出発前はとても勇ましい感じでした。空気を入れて、ボトルの準備、ライト、メーターの準備と、淡々としていても迷いなく装備をそろえていく様子はかっこよかったですね。


 今日は国道171号を使わずに、山がわの道を行くことになりました。ご主人、相当自信ついていたようです。走りもアップダウンに苦戦しつつも、なんだかいい感じでした。


 途中のコンビニで、エナジードリンクを

「クソッ!こいつはなるべく使いたくなかったが…、やるしかねぇ!」

と演技たっぷりで一気飲みしていました。戦ってる雰囲気に酔いしれてしたようです。

そして、一緒に買ってきた「水素がすごい濃い水!」をボトルに詰めてましたが、わたしは口を閉ざすことにしました。


 いつもより快調な様子で逆瀬川駅に到着。そして今日はここから、ピークまでのタイムアタックをします。

 「今日はゆるポタだからね、遅くても仕方ないね。」

と自分で予防線を張るご主人でしたが、スタートからの走りは完全にガチでした。あまりに走りに夢中になり、お尻の上部が出ていることに気がつかなかったようです…。


 前回ギブアップした甲寿橋を通過した時には、まだ余裕がありましたね。ちゃんと乗れる体力がだんだんとついてきたようでした。

 トンネルとの分岐で、後ろから来たロードバイクに追い越されました。そして、これがご主人の闘志に火を付けたのです。ご主人は好きな事にはとても真剣です。言い換えると、負けることは、ご主人が自分で自分を許せなくなってしまうのです。

そしてご主人の闘志の火が尽きた時、わたしとの日々は終わりを告げました。


 ドライブウェイの入り口まで、ご主人は善戦しました。相手に何とか食い下がろうと必死で追い、ジリジリと離されつつありましたが、まだ視界に捕らえられる距離でした。心拍計の表示は190拍以上から落ちませんでしたが、脚はまだ動きました。

しかしそこで、ふくらはぎに、容赦のない激痛。脚をつってしまったようです。そしてご主人はそのまま、がっくりと崩れ落ちました。


そして、あの時のご主人の沈痛な表情が頭から離れません。そしてご主人に辛い思いをさせてしまったこと、わたしには耐えられませんでした。

「負けた…。完全に終わった、何もかもだ。もう…無理だ。俺には、無理だったんだ。」

その言葉が辛いです。ごめんなさい。役に立てなくてごめんなさい。

 そのまま家まで引き返したあと、もうご主人は何も言いませんでした。



12月31日

 ご主人は東京のイベントまで行って、とても忙しそうにしています。

 わたしは部屋でひとり切りの時間を持て余しています。あの時から、走ることはなくなりました。日記に書くことも、もう何もありません。あれほどこだわっていた、カスタマイズも、もうおしまいのようです。



1月13日

 ドライブトレインに、蜘蛛の巣がかかっている事にわたしは気づきました。ご主人は気づいてないようです。休日はゲームやアニメ鑑賞をしてすぐに寝てしまいます。最近はロードバイクの中古の買い取り価格を調べています。お別れの日も近いようですね。

 わたしは、わたしの日記を読み返しています。そうすると、出会ったばかりの4月の日々や、それぞれの思い出の日に戻れたような気がします。

ご主人との思い出を、わたしに刻み付けるようにして、なんども、なんども読み返します。



2月23日

 幸福だった日々の日記はどれも愛おしく、そしてそれが、今のわたしをさらに悲しい気持ちにさせるとは思いませんでした。

 幸福も悲しみも、ご主人が居たから感じられたことです。この胸の痛みも大切に持っていきます。



3月31日

 今日はメンテナンスをしてもらいました。これが正真正銘、最後のご主人の記憶になりそうです。

「あれ?ワイヤーほつれてるなぁ、それにバーテープも…。売る前に交換してやろうか。その方がいいな。お互いにさ。」

 そして、ご主人は丁寧に洗車とバーテープと、シフトワイヤーの交換をしてくれました。そのあいだ、ご主人はポツポツと独り言を呟いてました。


「色んな所に行ったなぁ。」

そうですね!楽しい日々でした!

「最後六甲山でこけちゃったな。」

あれ結構痛かったんですよ!

「お前のおかげで、俺ちょっと痩せたな。」

いいえ、走った分食べていたので変わってないです。

「ありがとな。楽しい時間をありがとう。」


最後まで、ありがとうございます。あなたに会えてよかったです。

これからあなたは、わたしと、わたしの思い出を追い越して行くでしょう。でも、また夢中になれる事をすぐに見つけられると思います。

そのときは、わたしの好きな「好きな事にはまっすぐ」なあなたで居てください。

わたしとの思い出以上に素敵なことがあなたを待っています。


 この日記をあなたに贈ります。

 あなたとわたしが一緒に過ごした日々の、証として。











4月20日

 久しぶりに日記を開いたので、これからまた再開しようと思います。

 別れの危機はいつの間にか過ぎ去っていきました。偶然の結果なのか、ご主人の気まぐれなのか解りませんが、これからもご主人のもとで生活することになりました!


そして、今日は千葉のサーキットで耐久レースに参加しました!1か月前からは想像もできない出来事です!まさかアニメジャージ着用が参加条件のレースがあるなんて、思いもしませんでした。サーキットでのご主人、狂気乱舞状態でしたね。


 最近、ご主人はペダルをビンディングペダルへと交換しました。これでご主人とわたしのつながりがさらに強くなりました!

ご主人は相変わらず、早い人に勝負を挑んでは惨敗していましたが、ひとつだけ、気持ちの変化があったようです。

「時間をかけて、少しずつゆっくり強くなるんだ。そして、少しの成長をずっと楽しもう。」

そうです!ゆっくり行きましょう!

そして、これからもよろしくお願いします。

 思い出を越えられる楽しいこと、二人でたくさん見つけましょう!


 楽しかった日々、もう戻らないあの日、自分の全盛期。黄金時代や幼かった日々の幸せな記憶。あの日々の戻れたらいいなぁ、と凡人の僕は思いを巡らせる事がよくあります。

 人は幸せな思い出があるから、辛い時や普通の時には、その幸せと比べてしまうから不幸だなぁと感じるのかも?って思って書きました。

ちなみに書いてる途中に聴いてた曲は「More than a memory」です。いい曲です。



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