序章 聖獣の試練1
この世界には聖獣と呼ばれる十体の巨大な力を持った獣がいる。
聖獣は人がほとんど寄り付かない場所を住処としていて、
世界に対して直接何かをすることはない。
しかしその力や叡智を求めてやってきた者に試練を与え、
それを乗り越えし者には望むものを与えると云われている。
辺境の深い森に小さな村がある。そこでは聖獣の試練を受けることが出来た。
そんな村に5歳の男の子がいた。名前はジン。
彼はその村の村長の孫で、ごく普通の村の男の子だった。
ある日、村に一組の夫婦がやって来るまでは。
彼らの目的は聖獣の試練を受けることであった。
その村で受けられる試練は迷宮の攻略で、村の近くの洞窟内で行われる。
村長から説明を受け、洞窟に向かった彼らを
ジンは興味本位で追いかけてしまう。
洞窟内の迷宮に足を踏み入れた夫婦を数々の罠が襲うが、的確に対処していく二人。
そしてついに迷宮の最奥まで到達する。そこには大きな扉があった。
『試練に挑みし者たちよ!その扉を開き、最後の試練に挑め!!』
突然、大きな声が響く。どうやらこの奥にここの主がいるようだ。
二人は一度見つめあい、頷きあうと同時に扉を開けくぐる。
そこには広い空間が広がっており、中心には一匹の巨大な狼の様な獣がいた。
「あなたが聖獣『マルコシアス』か?」
その獣こそ『マルコシアス』と呼ばれる聖獣であった。
男の問いに『彼』は頷きだけで返すと、高らかに試練の始まりを宣言する。
『それでは試練をはじめる!我と戦い、我を倒して見せよ!!』
戦いが始まる。二人は巧みな連係で『マルコシアス』に迫るも、
聖獣と呼ばれる彼の者には通じなかった。
一時間にも及ぶ戦闘は、挑戦者の敗北で決着した。
闘い疲れ倒れ伏す二人に対して、『マルコシアス』は告げる。
『汝らは敗北した。しかし、良き闘いであった。
ゆえに望みを聞こう!叶えるかどうかは望み次第だがな!』
その言葉を聞いた二人は何とか起き上がり、ここに来た事情を話す。
彼らが来た理由、それは二人の娘の為だった。
5歳になる娘はある病に侵されていて、もって数年と医師に宣告されてしまう。
その状況を打開するために、賢狼と名高き『マルコシアス』の元を訪れたのだ。
二人の話を聞き、しばし考える様子の『マルコシアス』。
そしてゆっくりとした口調で話し出す。
『・・・まず、その病気を完全に治療する方法は現状の医療、薬学、科学、
錬金術、魔法等のあらゆる叡智をもってしても見つかっていないのだ。』
それを聞き落胆の表情を隠せない二人。
『・・・まあまて、完全には無理だが延命する方法が無いわけではない。
その間に治療方法も見つかるやもしれん。それくらいは教えてやろう。』
その言葉に二人の顔には希望が戻った。
「ほ、本当ですか?!」
慌てて聞き返す二人に、苦笑しながらも『マルコシアス』は延命方法を教える。
そして、一通り話し終わると、何故か扉に向かって呼びかけた。
『・・・ふむ、いい加減出てこい・・・小僧!』
その言葉に二人は驚いたように扉の方に視線を向ける。
少しするとゆっくりと扉が開く。そこから現れたのは村の男の子、ジンだった。
「あら?あなた確か村にいた男の子よね?」
ジンに見覚えのあった女性が彼に問いかける。
「ごめんなさい・・・気になって、思わず追いかけてしまいました。」
「我々、何も問題ないが・・・」
「ええ。隠すようなこともありませんし・・・
でも迷宮内は危険だったでしょ?怪我は無い?」
謝るジンに、二人はむしろ彼を心配する言葉をかける。
だが、それに答えたのはジンではなく『マルコシアス』であった。
『案ずるな、迷宮内の罠は挑戦者にしか作動せん。だが・・・
あの村の者たちには、許可なく迷宮に入ることを禁じていたのだが?』
彼に睨み付けられながら問われ、平伏し頭を地面につけ謝るジン。
「申し訳ありません!!つい興味があって・・・」
謝るジンに対して、しばらく睨み付けるも突然笑い出す『マルコシアス』。
『・・・・く、くく、くはーはっは!!安心しろ別に何か罪に問うわけではない。
ただ、迷宮は危ない場所もあるので入るのを禁止しているのだ。』
彼の急変に驚きながらも、その言葉に安堵するジン。
その様子を見守っていた二人は彼に話しかける。
「しかしすごいな!迷宮の攻略に集中していたとはいえ
我々に気付かれずに、よく付いて来られたな?」
「ほんとうね!まだ私たちの娘と変わらない年齢みたいなのに・・・」
「えっと・・・昔から隠行術を習っていたので・・・」
「その歳でか?」
男の疑問に答えたのはまたもやジンではなく、『マルコシアス』だった。
『あの村では幼き時より特別な訓練を受けさせるのだ。でなければ、
試練を受けにくる者の中に時折居る、不埒なものどもに対処できんからな。』
そう言いながらジンをじっと見つめる『マルコシアス』。
「どうかしましたか?」
『いやなに・・・ふむ、もしかして貴様なら・・・・・よし!
先ほど言ったように迷宮内に入ったことは罪には問わん。
しかし、約束を破ったのは事実。そうだな?』
「はい!」
『彼』からの問いにはっきりとした返事をするジン。
その瞳をしっかりと見つめ返し、『マルコシアス』は再度問う。
『では、破った約束の代わりに汝と我で新たな約束を交わす事を誓え!』
突然そう言われ一瞬、驚きの表情を浮かべはしたものの
直ぐに真剣な顔つきで『マルコシアス』に
「はい!誓います!!」
と返した。その言葉に満足そうに頷くと、『彼』はジンに告げる。
『十年後、もう一度この場所に訪れよ。ただし今度は挑戦者としてだ!』
「挑戦者としてですか?」
『そうだ、汝にはやってもらいたいことが出来た。
それが可能か試練で見極めたい。受けてくれるな?』
「もちろんです!」
『では、十年後再び会えるのを楽しみにしているぞ!』
こうして新たな約束を『マルコシアス』とジンは結んだ。
その後、ジンと夫婦は共に迷宮の外に出た。
彼らはジンに別れの挨拶をすますとそのまま自分たちの国へと帰っていった。
ジンはそれを見送ると十年後に向けての準備の為、村へ戻った。
もちろん、勝手に洞窟に向かったことを村長に死ぬほど怒られたが。
この時の約束が一人の少年を『武神』と呼ばれる存在にしてしまう。
しかし、その時は聖獣『マルコシアス』も少年自身も、誰にもわからなかった。