お父さん
こんな人だっただろうか……。
よく晴れた木漏れ日の中、少し高級感の漂うレストランで父を出迎えた。
スラリと…と言えば聞こえはイイが細すぎて猫背になった姿勢と、白髪まじりの髪をセンター分け、ポロシャツにジャケット、そしてスラックスという無難なオジサン服に身を包む父と三年ぶりの再会。
さっと席を立って父へと歩み寄る新垣さん。
「本日は お忙しいところ、お越しいただき ありがとうございます」
「こちらこそ、わざわざ遠くから来てもらって申し訳なかったね」
気の弱そうな笑顔を向け、席へと案内される。
「神楽、卒業おめでとう」
「あ、ありがとうございま、す」
こんな時、普通の親子は何を話すのかな。
「つもる話もおありだと思いますが、まずは注文してから ゆっくり話しませんか?」
新垣さんのすすめでメニューを見る。
「じゃあ。煮込みハンバーグを……」
父の言葉に ギョッとした。
「では煮込みハンバーグを2つとフィレステーキをお願いします」
軽く手を上げて店員を呼び、新垣さんがオーダーを伝える。
「親子ですね」
新垣さんが にこりと笑って言うと、煮込みハンバーグが私のオーダーだと父が悟った。
「……親らしいことは何もしてませんよ。ひどい親ですしね……」
父の消え入りそうな言葉に目を伏せる。
「そこは僕が口を挟めることでは ありませんが、神楽さんは誰からも好かれる笑顔の絶えない優しい お嬢さんですよ。そんな神楽さんと こうやって出会えたのは あなたのおかげですから僕は感謝したいです」
膝に置いた手を軽く握られる。
「ありがとう…」
「いえ、本当のことですから」
新垣さんの さすがの話術で会話が途切れることなく時間が流れていく。
デザートを食べ、食後のコーヒーを飲み終わるころ、新垣さんが姿勢を整え父を見た。
「本日こうやって場を儲けていただいたのは神楽さんとの お付き合いを許していただこうと思ってのことです」
「うん、そうだろうなと思ってたよ」
いくぶん緊張もほぐれ自然体の二人。
「お許しいただけますか?」
「そんな権利、わたしには ないよ」
「そんなことは……」
「君は…とても気持ちのいい青年だと思う。こんな人が神楽のそばにいてくれるなら、わたしから何も言うことはないよ」
すっと立ち上がる父に つられるように新垣さんも立ち上がる。
「娘を よろしく頼む」
「はい」
頭上で固く握手をかわす二人。
なのに変な違和感。
私のことなのに、なんか他人事みたいに感じる。
なんとも言えないグチャグチャした思いが胸を渦巻く。
そんな私を置き去りに 新垣さんとの初顔合わせは、つつがなく終わった。
終始 無言で過ごし、帰りの車の中でも何も話さない私に新垣さんも何を言うでもなく車を走らせる。
流れていく景色を見るとはなしに見つめる。
心が死んでいくような感覚には覚えがあった。
泣きたいような叫びたいような、でも何もしたくないような……。
私は父に何を求めてたのかな……。
ガチャ
ふいに助手席のドアが開く。
「ついたぞ」
「あ、はい」
慌てて降りると見知らぬアパートの前にいた。
え?
「行くぞ」
私の荷物を持って新垣さんが歩き出す。
慌てて着いていくと、カードキーを差し込み暗証番号なるものを押しドアを開けてエレベーターに乗り込む。
廊下を歩き、突き当たりの部屋のカギを開ける。
「さぁどうぞ」
ちょっとキザな感じで部屋へとエスコートされる。
「……ここは」
「俺の部屋。来たかったんだろ?」
手を引かれ中に入るとモノトーンで まとめられた「いかにも男の部屋」が目に入る。
ワンルームではないんだろうけどリビングの奥に大きなベッドが置いてある。
その手前にソファとテーブル、オーディオセットとテレビ。
食事はカウンターで食べてるのかな?お洒落な椅子が二脚あった。
「まぁそのへん座ってろ。コーヒー入れてやる」
キッチンへ向かう新垣さんを目で追いつつソファに腰を下ろす。
ここが新垣さんの部屋。
想像どおり……。
呆けたようにキョロキョロする私の目の前にコーヒーを差し出す。
「あんま見るな。恥ずかしいから」
「あ、はい。すいません」
「いや、いいけど」
私の隣に腰を沈めると、そうっと肩を抱いてきた。
「お疲れ」
「あ、はい。お疲れ様…」
色々言いたいこともあったはずなのに何も出てこない。
「……どんな気持ちで来たんだろうな」
「…え?」
「親父さん」
「…さあ」
「さんざん放っておいた娘が男を連れてやってきた……。さぞ怖かっただろうな」
え?
「ヤクザみたいなヤツが来て殴られるとか、揺すられるとか色々考えてたかもや」
「え?まさか…」
気の弱そうな雰囲気はしてたけど、そんな感じには見えなかった。
「ずっと手が震えてたよ」
え?
「お前が何か言い出すんじゃないかとチラチラ見てたしな」
ええ!?
「まぁ最後の方は、いっそ何か言ってくれって感じもしたけどな」
「……ぜ、全然 気づかなかった」
「自分のことで手いっぱいだったからだろ」
ポンポンと背中を叩く。
「でも俺はあれで良かったと思う。感情のままに気持ちを ぶつけたら お互いが傷つくだけだからな」
そして優しく抱きしめられた。
「俺は性格のイイ方ではないんでね。責められなかったことで逆に責められたような気になって一生 後悔すればいいとも思ってるよ」
「そ、そんなの…可哀想です」
「そうか?当然の報いだと思うぞ?むしろ生やさしい」
「でも、あれは お父さんだけが悪い訳じゃなくて……」
「子供を第一に考えれない女と再婚したってだけでも罪は深いぞ」
「でもでも学費だって出してくれたし生活費も助けてくれたし…」
「一緒に住めない罪悪感からだろ?」
「で、でも…」
ポロポロと涙が溢れてきた。
「でも……」
いったい私は何を言っているんだろう。
こんな庇うような言い方をして、なんで あの人を守ってるんだろう。
この世の中に たった一人だけで放り出されて、右も左も分からず、守るすべも知らず生きてきた。
横道にそれなかったのは、ただたんに臆病だっただけだ。
夏樹やオバチャンズや新垣さんが居てくれたから
。
…いっそ何か言ってくれって なんだよ。
お前が言えよ!!
てか、卒業おめでとうの前に言うこと あんだろ!!
ごめんなさいも無しかよ!!
溢れだした涙は止まることを知らず、次から次へと流れていく。
お父さん。
お父さん!
お父さん!!!
鼻水と嗚咽でグチャグチャになってる私を新垣さんは、優しく優しく抱きしめていた。




