私が欲しかったもの
車内には、なんとなく気まずい雰囲気が流れていた。
彼女さんとの事、あんまり聞いたらダメなのかも…。
これは愛人が「奥さま元気?」なんて挑発する発言に似てるのかもしれない。
なら、やっぱり愛人の心得的なレポートを書いた方がイイかも!!
「まぁた何かくだらん事 考えてるだろ?」
運転席から呆れたように新垣さんが声をかけてきた。
あなたはエスパーですか?
「あんまり深く考えるな。俺も行き当たりばったりだし、期間限定の関係なんだろ?純粋に楽しんだ方がいいんじゃないか?」
「そ、そうですね!!」
期間限定という言葉に少し傷ついたけど、確かに終わりがある関係なんだから楽しめる時に楽しまなきゃ損だ。
思い出は多い方がいい。
「じゃあ私の家に寄っていってください」
このままサヨナラは寂しすぎる。
「やだ」
や、やだって(泣)
「じゃ、じゃあ夜景のとこ戻ってください!!」
「アホか!!」
「なら家に寄ってください!!コーヒー出しますから!!」
「さっき飲んだからいらね~」
く、くそ~(泣)
甘さ、どこいった~!!
半べそかいて見上げると新垣さんが悪い顔になってた。
な、なんかのスイッチ入ったな~(泣)
こういう表情の時は絶対うんとは言わないんだよ!!
長い付き合いだから分かってんだからな~(怒)
「…二日前から牛すじ煮込んでます」
正直、この技だけは使いたくなかった…。
「牛すじ?」
新垣さんの頬がピクリとした。
「すじだけじゃないです。色んな部位の肉も一緒に煮込んでるので普通の牛すじ煮込みより美味しいと思います…」
「色んな部位…」
何か考え込むように唸ると、そのまま無言で車を走らせ、当たり前のように駐車場に停めて降りた。
わ、わ~(泣)
作戦成功~!!
少し温めなおし小ネギを散らしてテーブルの上に置く。
待ってましたとばかりに文字通り食らいついた。
…新垣さん、さっきステーキ300グラムとライス大盛り食べてましたよね?
もう あなた、横に育ち盛りな年齢ですよ?
と、心の中で毒づいてみた。
「ふぅぅ!!」
なんか えらい高い声で感嘆の声を上げてらっしゃいますけど、キモいっすよ?それ…。
て、いやいや。
目の前にいるのは大好きな人でしたね。
つい黒い私が出てきてしまいました。
「やっぱ、お前の味つけ好きだわ~」
嬉しそうに笑顔を向ける新垣さんに私の黒いものも引っ込んだ。
「甘さ控えめにしてありますけど、良かったら一味かけてくださいね」
「おう。サンキュー」
う、嬉しそうだな…。
私の手料理を美味しそうに食べてくれるのは新垣さんが二人目だ。
夏樹も美味しい美味しいと食べてくれる。
でも、どうして新垣さんだと こんなに嬉しいんだろう。
心が ほっこりして、泣きたくなる。
「…私は、早く結婚したいです」
知らず、言葉がこぼれた。
「私の作ったゴハンを美味しい美味しいって食べてほしい。贅沢なんてしなくてイイから、家族仲良く、ずっと、ずっと一緒に…」
言いながら、涙が溢れてきた。
私が欲しくて欲しくて、でも絶対に手に入らなかったもの。
皆が当たり前に持っている家族の温かさ…。
「なんで…なんで私には…」
自分の何がダメだったんだろう。
幼いながらも新しい母親に気に入られようと頑張っていた。
でも目も合わせてもらえなかった。
約束が違うと言っていた。
父がどんな約束をしたのか知らないけど、大勢の子供たちと一緒に暮らす中で私の方が捨てられたのだという事だけは分かった。
どんなに優しい言葉をかけられても学費をだしてくれても 父が私を選ばなかったことは事実だ。
不思議と涙は出なかった。
同時に言葉も失って、長い間 失語症にかかっていた。
笑えるようになったのは、夏樹に出会ってから。
男勝りな彼女は、なぜか私を気に入って何度も何度も根気よく声をかけてくれた。
誰も抱き締めてくれなかった私の事を大好きだと抱き締めてくれた。
涙が、溢れた…




