フロンティア第一章4
宇宙歴182年
ベルク曹長と訓練前に軽く食事を済ませたフェイトはベルクと共に訓練場へと戻ってきた。
「あ、ベルク曹長とフェイトさん?珍しい組み合わせで来たね?」
訓練場にはすでに多くの兵士が到着しており互いに準備体操や世間話に興じている。そんな中フェイト達に声をかけてきたのは同じ分隊に所属しているエミリアだ。
常に明るく周りを和ませる分隊の癒し担当らしい。
「お、エミリアか。少しばかり早く着いちまったからフェイトと一緒に食堂で腹ごしらえをしてきたところだ」
ベルクは相も変わらず豪快に笑うがエミリアは余りいい顔をしていない。
「フェイトさん、ベルク曹長はたくさん食べるから気をつけなよ?私も何度か一緒に食べたけど見てるとだんだん腹立たしく感じるから」
「おいおいそれはどういうことだよ?」
「年頃の女の子の目の前であれだけ食べたら罪です。おかげで私も我慢できなくて食べちゃったじゃないですか」
エミリアは少しむくれながらベルクに文句を言うが決して本気で言っているわけではないだろう。エミリアはソリテールとの戦闘で失った兵士を補充する為に募集していたエスポワールのパイロットとして志願しておりシミュレーションにおいては非常に高い成績を出していた。
「確かにベルク曹長は大量に食べていた、私も食べ過ぎないように注意する」
「フェイトはもう少し食べた方がいいと思うけどなぁ」
「そうだろうか?現在のところ理想とされている体型を維持しているのだが?」
フェイトの言葉に眉を引き攣らせる乙女がいるがあまり気にしない方がいいだろう、この年頃の乙女は難しい。
「私だってちゃんと食事管理して栄養バランスも考えてるのに、二人はずるい!」
年頃の乙女らしい悩みで文句を言うがその姿はずいぶんと可愛らしいもので恐らくベルクから見れば娘のような、フェイトから見れば妹のようなそんな印象を抱くだろう。
「いいんだよ、エミリアくらいの年頃は食えるだけ食うのが仕事さ!体型なんてそのうち良くなる、訓練してれば嫌でもそうなるさ」
ベルクの言葉に唸っているエミリアだが実際体型を気にする必要などないように思えるがそこは男性には恐らく理解できない何かがあるのだろう。
「いつか二人がびっくりするくらいの美人になってやるんだからね!」
こうして雑談している間にどうやらほかのメンバー達も集まっていたようで、周りも分隊ごとに分かれて整列を始めている。
現在のところ軍の方では大きな方針の変更はなくこれまで通りの訓練が課せられていた。
もちろんソリテールとの戦闘ののち軍をやめていった者達も少なくはないそれでも新規に募集をかけ戦闘により死ぬかもしれないとこれまでよりもはっきりとわかっている状況でもソリテールとの戦闘前よりも軍人の数は多くなっている。
軍の訓練と言ってもそれほど大規模な訓練ではなく分隊ごとに分かれてソリテールとの戦闘により得られたデータを基に戦闘訓練を行っている、もちろん現在のところソリテールの姿はエスポワールと瓜二つであり戦闘訓練の難易度事態は遥かに高くなっていた。
それでも毎日のように訓練を続けた結果と言えるだろうか最近では少しづつ相手の動きにも慣れてきているようでしっかりとした対応が出来る様になってきていた。
もっとも今回志願した兵士たちも実戦での経験などはないためあくまでシミュレーションの結果でしかなくそのことを兵士たち一人一人が自覚しているため誰もが訓練には真面目に取り組んでいると言える。
「フェイト今日の訓練が終わったら晩飯も一緒にどうだ?」
「申し訳ありません、今日は訓練の後も少し予定がありますので」
「そうなのか?いろいろと忙しいだろうが時には休むことも重要だからな、あまり無理するなよ?」
「フェイトさんなら大丈夫です!ベルク曹長みたいにだらしなくないですからね」
和やかなムードのまま今日予定されている訓練を淡々とこなしていくエミリアは実に優秀と言えるだろう。
周りでも多少雑談しつつもしっかりと訓練内容をこなしているようだ、互いにエスポワールの情報交換機能で指摘し合い少しづつではあるが確実に力をつけて行っているだろう。
現在ソリテールとの戦闘は計画されていないがもしもソリテールがこちらへと攻めてきた場合はエスポワール全機で絶望的な戦いを強いられることになるだろう、少なくともここにいる皆がそれを認識している限りは訓練が雑にこなされるようなことはないだろう。
「俺はだらしないわけじゃないぞ?ただ単にやりたくないだけだ」
「もしそうならもっとひどいですよ?」
互いに顔を見合わせて笑い合っている姿はどう見ても親子の団欒にしか見えなかった。
「本日この後にフェイトとエスポワールでの実戦形式の模擬戦を行います、必要なデータはありますがいかがいたしますか?」
宇宙連邦本部から少し離れた場所に作れている第八研究所の中でユフィーリアは自身を生み出した博士に問いかける。
もっともあくまでユグドラシル計画から得られたデータを基に真似て作っただけであり科学者としてのレベルはずいぶんと低いように思える、だがこれでも地球の代表たちとは強いパイプを持っており宇宙連邦もむやみに手出しが出来なかった。
「計画通りで構わない、君では彼には勝てんだろう?いくら機体の性能で上回っていてもそれを扱う君の能力が低ければ十全にあのエスポワールの性能を引き出すことは不可能だろう。せいぜい無様な姿を見せないように気を付けてくれ」
ユフィーリアの問いに対しての答えはずいぶんと冷たいものだった、確かに人工生命体としての完成度はフェイトの方がかなり上だろう。
だとしてもユフィーリアにもプライドがある、同じ人工生命体でありましてや自身よりも性能が上であるのにも関わらずその彼は人と生きようとしていると言う。
最初は信じていなかった、周りの人間たちが勝手にそう思っているだけで彼自身はそんなことを望んでいないとだが実際に会って話して一緒に暮らしてよくわかった、彼は望んで人になろうとしているすでに人を超越した存在と言っても過言ではないはずなのに彼は自ら進んで人になろうと言うのだからユフィーリアにとってはまるで面白くない話である。
「確かに私は性能では彼に劣っているでしょうですが人工生命体としてより忠実なのは私です。彼には下せない判断を下すことが出来ます戦場ではその判断力が生死を分けます、例え性能では上でも合理的ではない行動をする彼には負けません」
「ふむ、そうやって張り合う時点で君もずいぶんと人らしいと思えるがね?」
まるで自覚のないところであっただろうことに彼は薄く笑いながらユフィーリアに問いかける。
「私はただ、どちらが人工生命体として優秀なのかを証明したいだけです!」
ユフィーリアとしては珍しく感情を表に出す言い方で少なくとも彼女も当時とは違い多くのことを学び悩んでいるのだろう、最もそれこそが第八研究所の狙いであり彼らは元から完璧な人工生命体など求めてはいなかった。
軍の訓練を終えベルク曹長達と別れたフェイトはそのままハーロット総督との打ち合わせに向けて準備を進めていた、場所はハーロット総督の自室だがもちろんフェイトには総督の自室へと向かうために必要なパスワードを知らないため休憩所にてルーシェの到着を待っていた。
「フェイトお待たせ準備は出来ているかしら?」
「はい、問題ありません」
二人で並んで歩くようになったのはここ最近のことでしばらく前まではフェイトが半歩ほど下がったところをついて行っていたが今では並んで歩いている。
変化と呼ぶには小さいことかもしれないがそれでも彼は少しずつ成長しているのだろう。
知識として知っていても実際にその知識を使いこなせなければ何の意味もないだろう、その点フェイトは自身の学んだことを普段の生活に活かしていると言えるだろう。
「ユフィーリアとはどうなの?」
「そう聞かれましても特には変わったことはありません」
「そう、彼女が来てから特に変わったことはないけれど間違いなく何らかの目的があるはずなのよね。それなのに未だに何もつかめないなんて逆に気味が悪いわね」
「むしろこちらが警戒しすぎているだけかもしれませんが、彼女の行動は非常に合理的で無駄がありません基本的に命令を遂行する為に必要な事だけをこなしているように見えます」
「そうね、でも彼女を連れてきたのが第八研究所でしかも貴方のデータを基に作られているってなると疑わない方がおかしいわ、彼女の人工生命体としての能力は貴方よりも当然下回るけど一般の人々と比べれば飛びぬけて高いことは間違いないもの」
「確かにそうかもしれませんが彼女は必要最低限の接触しかしていません、少なくとも現在のところ怪しい動きは見られません」
どうしてもルーシェといると自然と話題はユフィーリアのことに集中してしまう。フェイトは特に気にせず話題に出すがルーシェにとっては突然やってきた女性にフェイトを取られてしまったように感じておりフェイトと会うたびにユフィーリアとの関係に変わりがないかを確認していた。
そして何よりフェイトと同じデータを基に作られた人工生命体でありながらその考え方や物事の捉え方の違いが大きいためデータだけを一緒にしても必ずしも同じ人工生命体が複製できるわけではないことが分かったのは大きな成果となっているだろう。
結局ハーロット総督の自室に到着するまで二人の会話はユフィーリアのことで埋め尽くされていた。
「失礼します、ルーシェ様とフェイト様が到着されました、お通ししてもよろしいですか?」
部屋の前にいた秘書を通じて入室の許可を待つ。
「ああ、二人とも通してくれて構わない」
「ルーシェ様フェイト様お待たせいたしました。お部屋へどうぞ」
秘書の許可を得てこれまで何度か訪れたことのあるハーロット総督の自室へと入っていく。
部屋の中にはすでにフリージア博士をはじめにすでにそろっているようだ。
「それでは予定よりも少し早いが皆集まったところで始めようか」
ハーロット総督の言葉に一同は頷きそれぞれ用意されている椅子へと腰を下ろしていく。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない惑星エデンの調査を続行するか否かそれぞれの分野の意見を聞きたくてね。上層部の意見もすでに大きく分かれている、惑星エデンの調査を続けるべきと言うものと諦めて別の惑星を探した方がいいと言うものとどちらの意見も間違ってはいないだがそれゆえに問題だ、だからこそそれぞれの分野の意見を聞いてどうするか決めようと思っている」
それぞれの分野から集められたのは
人工知能に関してのすべてを一手に引き受けているAIチーム
エスポワールや宇宙での移動に使うシャトル、戦闘用の宇宙船を作る造船チーム
農園や果樹園など生活に必要とされるほぼすべてのものを生産している産業チーム
市民の投票により選ばれた市議会議員の代表とその補佐をしている会計
地球各国との意思疎通を図る外交官
そして現在の宇宙開拓のメイン計画となっているユグドラシル計画の発案者であるフリージア博士とルーシェやフェイトを合わせたおよそ10名が集まっている。
「では早速ですが地球各国の代表たちの意見をお伝えしても?」
最初に意見を述べたのは外交官としてすでに20年近く勤め上げている50歳後半と見える男性だ。
多少くたびれて見えるスーツだが彼の雰囲気は生半可な反論は許されることがないように感じる、恐らくこの場で彼の意見に意を唱えることが出来る者は少ないだろう。
彼は誰も反対するものがいないことを確認すると地球各国の代表たちの意見を述べ始めた。
「まず地球各国の代表たちはこれ以上の被害を防ぐため惑星エデンの調査を打ち切るべきだと判断しています。ですがもちろんその中にも反対意見はあります、ですが反対しているのは惑星エデンの調査に対して莫大な投資をした一部の者だけであり概ねこれ以上の惑星エデンの調査は不要だと判断しています」
「なるほど、それで別の惑星を探すとなるとまた厄介なことが起きると思うがそれについての対応はどうされると?」
「残念ながら地球各国の代表たちはそれについては関与しないとのことです」
「つまり面倒事はこちらに押し付けるわけか」
「そうとらえていただいて問題ないと思います」
まるでどうということではないと言わんばかりに言い切った彼はこれで言うべきことは言ったとばかりに静かに周りを見渡している。
「それでは次は市議会の決定をお伝えします。まず初めに今回の意見は市民の多くが支持していることをご理解ください。市議会としては惑星エデンの調査を断念していただきたい、理由としてはソリテールが当初こちらが予定していたよりも脅威度が高くソリテールとの戦闘に勝ち目が見えないと言う意見が多くあげられます」
「それではもしも今後ソリテールとの戦闘において勝てる見込みがあれば市議会は惑星エデンの調査を続行しても良いと?」
「それは今この場ではお答えしかねます、市民の皆様に報告して考えてもらい再び意見を募る必要がありますので」
さすがは議員と言うことだろうか決して確約せず自分の意見ではなく市民の総意であるとすることでハーロット総督をけん制しているのだろう。
「それではソリテールとの戦闘のお話も出ましたので次は私から意見を述べても?」
これまで沈黙を保ってきたフリージア博士であったが話題がソリテールとの戦闘になったことでようやく動き始めた、最も事前の打ち合わせがないためフェイト達はフリージアが何と答えるのか聞かされていないが例えどんな答えだろうとそれを支持するのが自分たちの役目だろう。
「聞かせてもらおうか?貴女の作りだした計画によって多くの人の命が失われたのです、今後貴女はどうなさるおつもりなのか?」
市議会議員の嫌味でさえも微笑一つで受け流すとフリージア博士は真っ直ぐにハーロット総督へと向き直った。
だが、その後フリージア博士の口から紡がれた言葉に誰もが言葉を失っていた。
前回の投稿からずいぶんと間があいてしまいすいません。
今回もいろいろと変更に変更を重ねた結果ずるずると長引いてしまいました。
今回から場面が変わるところで一行開けるようにしました。
見やすくなっていればいいのですが見ずらくなっていたらコメントにて報告お願いしたいです。
次回こそは変更なく進めたいと思います。