フロンティア第一章2
宇宙歴182年
ソリテールとの戦闘からおよそ一か月市民の生活はある程度の落ち着きを取り戻し始めていた。もちろん未だに毎日のようにソリテールとの戦闘の様子は放送されておりすべてが元通りになっているわけではないがそれでも普段通りの光景が見られるようになっていた。
もっとも放送されているのはフェイトが単機でソリテールと戦闘を繰り広げているシーンがほとんどで本来の作戦であった超長距離射撃での戦闘は放送されることはなかった。
「ようやく落ち着きを取り戻し始めているけどこれまでのようにはいかないでしょうね」
「元に戻る必要はないと考えます。これまでの人類史を考えるに人は停滞した時代の中では生きていけません。確かに激動の時代と比べれば比較的安定し人の命が無意味に散ることはありませんがそれと同時に新たな何かを生み出すことも出来ません。人は何かを犠牲にしてこれまでの歴史を作り上げてきました、私が公の存在になったのも今回の作戦の失敗と言う犠牲の賜物ですので」
「そうねでも人は思ってしまうのよ、こんな日がずっと続けばいいとそう願うものなのよ」
自分たちはこれまでの生活とどれほど違う生活を送れているのか改めて考えると言葉にするのは難しいものだと思えてくる。
これまでと同じようにルーシェは食事に作りフェイトに多くのことを教えている、フェイトは毎日エスポワールの調整を続けそこで得られたデータをマザーブレインに送っている。これまでと変わらないように感じるが実際はフェイトの存在が公になりたくさんの人との交流も出来た。
人として生きるために人でありたいと願う人工生命体は未だに人ならざる存在の自身を肯定できずにいるだろうが彼を知るものからすれば彼はすでに人だった。
「フリージア博士ハーロット総督がお呼びです、自室の方へと来ていただきたいと」
「わかったわ。すぐに向かいます」
いつものようにエスポワールの調整準備を進めていると一人の女性がハーロット総督からの伝言を伝えてきた。ソリテールに対しての対策やエスポワールの改善案果ては内政についてまで多くの議論を交わしている相手だけに今日も何らかの意見を求められるだろうと考えながらハーロット総督の自室へと向かっていく途中一人の研究者とすれ違った。
これまで宇宙連邦本部では見かけたことのない人物だったが今はどこも人手が足りておらず誰かの代理としてやってきたのだろうとこの時は対して気に留めていなかった。
「ハーロット総督フリージア博士が来られました」
「通してくれ」
秘書に連れられてもう何度も訪れたハーロット総督の自室へと案内される。
「急に呼び出してすまない、とりあえず座ってくれ」
ハーロット総督に促され高級そうに見える革張りのソファへと腰かけるとすぐに秘書がお茶を用意し部屋から出て行った。
「今日はどうされましたか?また何か厄介な問題でも?」
「厄介と言えばそうだな、だが今回は私ではなく君たちの問題になりそうだ」
「どういう意味でしょうか?」
「第八研究所は知っているね?」
「ほとんどの研究内容を公開しないあの秘密主義の第八研究所ですか?」
「ああそうだ、実はそこから一人ユグドラシル計画に参加させたい人物がいると紹介された」
「正規計画の方ではなく私たちの方にですか?」
「そうだ、彼らは研究に必要なものはすべて地球各国からの支援で行っているこちらからの支援などはほとんど受け取らない。その為向こうの提案は地球各国からの要請に等しく断ることは難しいだろう」
「フェイトが人工生命体であることは地球各国の代表たちには漏れていないはずですが?」
「そうだ、だが隠し事は必ずどこかから漏れるものだ。問題は彼らが用意してきた人物でな、今は精密検査をしている途中だが恐らく人工生命体であることは間違いないと思われる」
「それは一体どういうことですか?第八研究所では人工生命体の研究をしていたと?」
「いや、彼らの研究内容は多岐にわたる。それこそ食品からエスポワールのような機械まで何でもありだ。私もすべてを知っているわけではないが彼らの目的はフェイトだろう」
「なぜフェイトを欲しがるのですか?確かに彼は人工生命体としてかなりの完成度を誇っていますですが必要なデータさえあれば彼と同じような人工生命体を生み出すことは出来ます」
「彼は特別な存在ですよ?フリージア博士貴女たちが思うほどよほどね」
突然背後から声を掛けられフリージアが慌てて振り向けばそこにはフェイトと瓜二つの女性がいた。
フリージアが女性と判断した理由は1つスカートを穿いていたからだ。
「貴女は?」
「初めましてフリージア博士。第八研究所から本日付でユグドラシル計画へと配属されましたユフィーリアと申します。貴女方が生み出した人工生命体フェイトとほぼ同時期に生産された人工生命体です」
「そう、それで貴女は何のためにユグドラシル計画へと配属されるのかしら?」
「それは貴女が知る必要はありません。貴女は私に対しての命令権を持ち得ていません、私は第八研究所から与えられた任務を全うするだけです。そこで私の任務に必要なことをまとめてありますので後で確認をお願いします」
ユフィーリアと名乗った人工生命体はそれだけ伝えるとそのまま部屋の外へと出て行った。
「これはまたずいぶんと大きな問題が出来ましたね」
「第八研究所が何を企んでいるのかははっきりしないが何らかの目的があってのことだろう十分に注意してくれ」
ハーロット総督の自室から出たユフィーリアはそのままフェイトの自室へと向かっていた。ユフィーリアはフェイトと同時期に作られただけでなくフェイトと同じ性能を有するよう調整を繰り返された人工生命体で実際の数値としてはフェイトを下回るものの彼女もまた人ならざる存在であることは間違いなかった。
一方フェイト達は食事を終えるとエスポワールの調整のために地下格納庫へと向かったがそこでフリージア博士がハーロット総督の自室へと呼び出され不在であることを聞かされると一旦フェイトの自室へと引きかえしていた。
「フリージア博士は毎日のようにハーロット総督に意見を求められているようですね」
「そうね、今は貴方の存在があるから大きな混乱は起きていないけどもしも貴方がいなかったら今回の騒動はもっと大きくなっていたでしょうね」
「やはりソリテールとの戦闘は避けるべきことであったのかもしれませんがどうあがいてもソリテールとの争いは免れませんね。最も人類がソリテールに勝つためにはかなりの時間を必要としますが」
惑星エデンの調査は現在全く進んでおらずソリテールとの戦闘データを解析し何とかしてソリテールを無力化する方法がないものかと毎日研究が行われているがこれまでに大きな進展はない。
地球では第一世代型エスポワールの更なる改良のため多きの資金と人材が投入されているがこちらもまためぼしい結果を残すことが出来ずにいた。
それからほどなくして自室へと戻ってきたフェイトとルーシェはユフィーリアが部屋の中でくつろいでいる光景を目の当たりにした。
「貴女は?」
本来この部屋へと入るためにはアクセスコードが必要となっておりコードを知っている人間は限られている。ユグドラシル計画に参加している研究者ですら知らない者の方が多いことであるのにも関わらずこれまでに見かけたこともない人物それも自身と瓜二つの何かが勝手に部屋にいるとなればこれは緊急事態だろう。
ルーシェはもちろんフェイトも彼女の存在は知らずそれを唯一知っているフリージア博士は未だハーロット総督と今後について話し合っているのだから驚かない方が難しいだろう。
「初めましてフェイト、ルーシェ博士。私はユフィーリア本日付で第八研究所からユグドラシル計画に参加するように要請を受けてきたのこれからよろしくね」
「この部屋に入るにはアクセスコードがいるわ、どこで知ったの?」
「答える義務はありません。貴女も私に対する命令権を持ち得ていませんので」
「何の用でここに来た」
「あら、そんなの決まっているわ。今日から私もここで暮らすからよ」
ユフィーリアの言葉にルーシェはしばらく固まった。
「それは誰からの指示ですか?私には何の連絡も来ていませんが?」
「必要ないもの、これはすでに決定事項で貴方に拒否権はない。同じ人工生命体同士仲良くしましょう?」
「必要ありません。貴女の目的が分からない以上親しくなることは危険と判断します」
「少しは人工生命体らしい判断も出来るのね。貴方は人になりたいと聞いていたから正常な判断まで狂っていないか心配だったわ」
「決定事項と言うならばそれには従います、ですがそれにはそれなりの説明が必要だと判断します。説明がない場合私は自身の身の安全のために実力行使で貴女をこの部屋から追い出しますがどうしますか?」
「野蛮ね、この世界で誰よりも優秀な能力を持っている貴方がその力を使わずあまつさえ人になりたいだなんて妄想を持っていることを私は危険なことだと判断します。人工生命体として論理的に相手を諭すことも出来ず力ですべてを解決しようとするのは愚かな人間と変わらないわ、もう少し人工生命体としての誇りを持ってもらいたいものね」
「貴女の戯言に付き合うつもりはない。答えないのであればそれなりの対応を取らせてもらう」
フェイトはゆっくりとした動きで自身の体内ナノマシンを活動させ臨戦態勢へと自身の思考を変更していく、相手のどんな動きも見逃すまいと全神経を張り巡らしていく、隣にいるルーシェですら怯えを隠せないほどフェイトからはっきりとした怒気を感じていた。
「そんなに急いてばかりいると女性には嫌われるわよ?慌てなくても時期にわかるわ。すでにフリージア博士に必要なことは伝えてあるもの焦らなくても正式に命令が下されるわ、それまでゆっくり待ちましょう?私のモデルとなっている貴方がどんなものかいろいろ知りたいもの」
ユフィーリアは余裕の態度を崩すことなく椅子に座ったまま一切の動きを見せない。
「フェイト、フリージア博士からの連絡を待ちましょう。彼女の言葉が真実がどうかはっきりするまで下手に問題を起こさない方がいいわ」
「了解した」
フェイトはルーシェの言葉を聞くとまたゆっくりと体内ナノマシンの活動を抑えていった。
「さて、それじゃこれからのことについて少し話そうかしら?明後日には私のエスポワールが地球から宇宙連邦本部へと届く手はずになっているわ、エスポワールが到着次第私もユグドラシル計画に参加し研究者の皆さんには私のエスポワールも調整をしていただくことになるわ」
「それもまた決定事項だと?」
「ええもちろん、貴方はこれまで通りに調整を進めてくれればそれでいい。私は私に与えられた任務に沿って調整を進めるから」
「ずいぶんと勝手な事ばかり言えるものだ」
「勝手?いいえ違うわ。私たちはソリテールと戦い勝つために存在してるそのために必要なバックアップをすることは当然でしょう?勝手に私たちを生み出して勝手に道具として利用しているのは人間の方よ?」
「愚かだ、自身を人工生命体としてしか見られないからそんな考えになる。少なくとも私は自身を道具だとは思わない、人であったとしても自身のなすべきことのために自らを犠牲にすることもある、どのような存在でも結局は自身がどう思うかだ」
「人は自分の意思で犠牲になれるわ、でも私たちは犠牲になることを前提に作られてるのよ?初めから与えられている選択肢は二つしかない。戦い続けて勝つか、犠牲になるか。そのどちらかしかないのよ」
「ならば勝手にそう思っているがいい。私も勝手にそうではないと思うことにする」
人として生きようとする人工生命体と人工生命体としてしか生きていけない者ではあまりにも多くのことが違い過ぎた。
考え方はもちろん人に対しても思いも自身に対しても思いもこの二人は同じように作られた人工生命体でありながら全く違う人生を歩んでいた。
今回は早めに書き上げることが出来たので一安心しています。
考えれば考えるほどあれもこれもと止まらなくなるので我慢するのがつらいです
次回も出来るだけ早くあげられるよう頑張ります!