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優しくしたい

作者: ししおどし

「相談したい事があるので、本日の業務が終了した後、予定が無ければ付き合ってはもらえないでしょうか。なお、これはごく私的な事ですので断って頂いても問題ありません」


 なんて。

 同僚達とお昼ごはんをぱくついてる最中、うちの団長サマから突然、そんな事を言われて思わずぽとりと手にしたパンを落とした私の反応は、割と控え目な方だったと思う。

 一緒にご飯を食べてたジャンはぶふっと口の中の物を噴き出したし、エメは飲みかけのお茶を口ではなく服に全て飲ませてしまった。テオは顔色をなくして硬直するし、べラスはごほごほと咳き込んで涙目になった。


 しかし団長サマはそんな私たちの分かりやすい動揺に特に反応することなく、ピクリとも表情を動かさずもう用は無いとばかりにさっさと部屋を出ていってしまう。

 その後ろ姿はまるでいつもの団長サマのまんまだったから、残された私たちは互いに目を合わせ、しばし沈黙のままに困惑を共有した。


「……リズ、ご指名だぞ」

「……みたいだね」


 最初に復活したのはテオで、なんとも複雑な表情で話しかけてきたから、私もテオに負けないくらい複雑な表情で力なく同意する。


「あの、団長サマが相談……」

「しかも私的な相談って言ってたね……なんだろう全然想像がつかない」


 次いで復活した面々がボソボソと口にし始めた事は、まんま私の心を代弁していた。


「リズ、団長サマになんかしたの?」

「ううん、全く心当たりがない……」

「だよねえ、だんちょーならまだ分かるけど」

「だなあ、だんちょーじゃなくて団長サマだしなあ」


 なんだろう、と首をひねるエメとジャンの口から飛び出した“だんちょー”と言う単語に、むっと眉間に皺が寄りそうになったのを自覚して、私はパンパンと手を叩く。


「ま、だんちょーじゃなくて団長サマだし。んな無茶な相談じゃないでしょ。断る理由もないしお付き合いしてくるよ」

「そうだよねー団長サマだもんねー」


 同僚達のいいとこは、自分の興味の中心、即ち仕事以外のものにはさほど執着せず、自分の中でそこそこ納得がいけばあっさりと関心を失ってくれるとこだ。

 私にもそういうとこはあるけれど、そこまで簡単に割り切れもしないから、仕事以外の事にも心を揺らされてしまうことが多い。

 だんちょー、と言うのは、私の中ではまだ、あまり触れたくない言葉だ。

 既に全く別の、今ジャンが開発中の魔道具の事で盛り上がる同僚達の話にうんうんと相槌をうちながら、私は胸の中でこっそりとため息をついた。


 団長サマのことを説明するには、だんちょーのことを説明しない訳にはいかない。

 ざっくりと言えば団長サマは魔道具開発専門の第二十五師団であるうちの団の今の団長で、だんちょーはうちの団を立ち上げて十年近く団長を務めた人のことだ。

 他の団と違ってごくごく少数で編成された開発専門の部門であるにも拘わらず、一つの団として成立したのは全て、だんちょーの手によるところが大きい。

 しかしそんなだんちょーが今、団長の座に居ないのは、簡単な話。だんちょーによるかなりえげつない横領が発覚したため、団長の座を追われてしまったのだ。

 どうやら私たちに支払われる筈の給料やら開発費やらの、大半がだんちょーの懐に入ってたらしい。わざわざ団を立ち上げたのも最初からそのつもりで、誤魔化しやすくするために他の団に開発部門として組み込まず独立させたというのだから恐れ入る。ついでにどうも私たちはほぼ軟禁状態にあって、知らぬ間に外部との接触を絶たれてたというから、驚きだ。

 給料の大半を取られた上に軟禁と言って差し支えない状況に置かれて、気づかなかったのかと言われたら、正直な話、私も同僚達も、全く気づいてはいなかった。馬鹿だと言われたら返す言葉も無いけれど、だんちょー直々に連れてこられた私たちはみんな総じて、金や娯楽にさほど興味がなく、好きな魔道具の開発さえ出来れば他はそんな気にしない、というちょっと問題のある性質だった。だんちょーがやり易くするために、敢えてそういう人選をしていたのだと思う。

 現にだんちょーの横領が発覚しても、給料を掠め取られて腹を立てるどころか、 うわーだんちょーそんなことしてたんだーびっくりーなんて、とても他人事な感想がうちの団員達の平均的な反応で、軟禁についても同じようなもの。一応寮は用意されてたけどほとんど職場で寝泊りしてたし、必要なものはだんちょーに頼めば買ってきて貰えたから、特に不自由は感じなかったからだと思う。みんな揃いも揃って、係累の無い孤児ばっかりだったし。

 ただし開発費にまで手をつけていた事実については、だんちょー許さん死よりも辛い制裁を! とみんなで鼻息荒く盛り上がったけれど。


 私はその中で一際鼻息を荒くしてだんちょー絶対許さない! と叫んではいたものの、内心は事態についていけず混乱でかき乱されていて、ちょっとでも気を抜けば涙が出そうだった。

 だって私、だんちょーの事が好きだったから。

 十四でだんちょーにうちの団に来いよって誘われて入って以来、五年かけて育ってしまった恋心は、そう簡単には消えてはくれなかった。


 だんちょーは横領が発覚して捕らえられる前に、うちの団にある資金をありったけかき集めて逃げたらしい。未だに捕まったという話は聞かない。どこまでもしぶとい。

 そして。

 もしかしてだんちょー、私のとこに来てくれないかな、とか。家に帰るたび、一緒に逃げよう、なんて言葉を携えて現れるだんちょーの幻想を見たりとか。そのたびに開発費と呟いて心を鬼にしていることとか。もしもだんちょーが私のとこに来たら、惑わされずにきっちり憲兵に突き出せるか一晩悩んで寝れなかったりとか。

 あれ以来何の音沙汰もないだんちょーに対して、馬鹿みたいな妄想をするのをやめられないくらいには、私の恋心も、未だ。

 しぶとく、みじめに浅ましく、胸の奥にじりじりと燻り続けていた。


 団長サマはだんちょーとは全く違う性質の人だ。

 だんちょーは良くも悪くも大雑把で適当で、団長という立場にありながら完全な放任主義だった。私たちがどれだけ徹夜しようが職場で寝泊りしようが、全く咎めずむしろ推奨してる節すらあった。昔は理解あるだんちょー素敵だなんて頭の沸いた事を考えてたけど、今になって思えば、何も言わなくてもせっせと働いて魔道具を開発して金を運んでくれる存在だったんだから、そりゃあ自発的に働くってのを止める必要もなかったろうと自虐気味に受け止めている。


 しかし団長サマ相手にはそうはいかない。

 決められた業務時間を越えて作業する時は必ず事前に申請しなきゃいけないし、申請したとしてよっぽど差し迫った状況でなければ認められることは滅多にない。仕事が終われば、新たに用意された宿舎にちゃんと帰らなきゃだめだ。

 その他にもだんちょーの時には必要の無かった申請や報告書が逐一追加され、こっそり手を抜けば必ず咎められる。当然の事なのかもしれないけど、今までのだんちょーのゆるゆるのやり方に慣れきっていた私たちは、大いに戸惑い反発した。

 そのたびに団長サマはなぜこの申請が必要なのかを、完全なる正論によって説明して私たちの反発を封じてゆく。

 前にも言った通り、うちの団の人間は仕事以外のものにはさほど執着がなく、逆に仕事が万全の体制で出来る事以上に求める事はさしてない。それこそ給料が殆んどなくなってたと知らされてもさほど気にならないくらいには。

 そして団長サマの説明によれば、だんちょーの残した悪い影響のせいで、全て詳らかにしておかなければいずれうちの団は解体されどこかの団の下に組み込まれ制限をつけられ、自由に開発することが叶わなくなると聞けば、なら仕方ないと納得して渋々ではあるけれと表面上の反発は収まった。ただでさえ開発に費やせる時間が減った以上、団長サマに抗議してる時間がもったいないってのが一番の理由だったけど。

 更に申請さえすれば相応の開発費が支給される可能性が増えると聞き、それが間違いなく実行されれば渋々ではなく進んで手続きを行うようになったし、規則正しい勤務体系に苦労するも慣れてしまえば以前より効率が落ちるどころか、むしろ良くなった部分もある事に気づけば、閃きには休息も必要だなんて納得して反発なんて影も形も見えなくなった。

 きっと、いつまでも飲み込めずもやもやとしたものを腹の中に溜め込んでいるのは、私だけだ。


 団長サマはだんちょーとは全然違う。

 だんちょーは普段私たちを放っておいてるくせに、たまにみんなを集めてご飯を食べさせてくれた。その日だけは残って開発を続けるのは禁止されて、みんなで広間に集まってだんちょーの用意したご飯を食べて酒を飲んで、わいわいと盛り上がるのがうちの団の恒例だった。普段は与えられた個室に篭ってるせいでなかなか顔を合わせない団員同士、ここぞとばかりに互いの開発中の魔道具について語り合って、新たな着想を得る事もしょっちゅうあった。

 だんちょーの奢りのそれも結局は、私たちの給料から出してただけだって分かってるけど、それでも。だんちょーがひょこりと顔を出して、機嫌良さそうににこにこ笑いながら行くぞーって大きな声を出す瞬間が、昔はたまらなく好きで、開発中の魔道具が思い通りの形になった時と同じくらい、幸せな気持ちになれた。

 今は強制的に休憩を挟まれるおかげで、わざわざ集められなくても毎日の食事の時間には新たに設置された食堂で、定期的に顔を合わせるからそこで魔道具の話は出来る。だんちょーの気が向いた時に集まるよりもよっぽど、合理的だとは分かっているけれど。

 だんちょーが呼びにきてくれないことが、ひどく寂しくてたまらない。


 団長サマは私たちと一緒に食事をすることなんてない。それどころか仕事に関係ある事以外、口にすることなんて着任して以来一度も無かった筈だ。

 いつも難しい顔をしてて、必要最低限しか口を開かないし、笑った顔なんて一度も見たことがない。

 団長サマ、と呼び出したのは誰が最初だったか。あんまりにもぴったりなその呼び方は、あっという間に私たちの間で定着した。

 愛想がなくて生真面目な団長サマ。

 みんな団長サマの事をそう思っているけれど、別に悪意を持っている訳じゃない。そういう気質だと認識しているだけで、それ以上のものを抱いてるのは、私だけ。

 八つ当たりに等しい悪意を込めて、団長サマ、と呼ぶのは、私だけ。



 それでも一応、団長サマへの悪感情が八つ当たりでしかない自覚はあった。

 だんちょーの仕出かした事については完全にだんちょーが悪いし、気づかなかった私たちも悪い。すっぱりと割り切れないのは、ただただ私が悪い。団長サマはたまたま新しい団長としてやってきてきちんと仕事をしているだけで、私に責められるような手落ちなんて一つもない。


 しかし、これは。


(ほんとに、嫌いになっちゃいそ……)


 相談がある、と言われて、仕事を終えて訪れた団長サマの部屋。だんちょーの時は雑然としてたそこは随分と綺麗に整頓されてて、すっかり様変わりした部屋の様相にじくりと痛んだ胸を深呼吸で宥めて、なるべく主観を交えず団長サマの話を聞こうと思っていたのに。

 普段とは違ってなかなか喋りだそうしない団長サマをどうにかせっついて本題に入らせれば、話があちこちに飛んでさっぱりと要領を得ない。

 その時点でかなり心象は負に傾いていたけれど、どうにか要点を繋ぎ合わせて浮かんできたものが、好きな人がいるだなんて話だとわかった時には、団長サマへの印象が一気に地に落ちた。

 まさかそんなくだらない話を聞かされるために呼び出されるなんて思ってもみなかったし、そんなくだらないことでまだ落ち込んでる自分を嫌でも自覚して、このまま席を立って帰ってしまいたい気持ちになる。

 別に私じゃなくても良かった筈なのに、なぜよりにもよって私を相談相手に選んだのだろうかと思えばついため息の一つも溢れるし、最初はため息と分からないようにと気をつけていたけれどなかなか終わりの見えない話に、隠すのも馬鹿らしくなってくる。

 そうして部屋に大きく響くため息を一つ、長々と漏らせばようやく、団長サマの口が閉じる。しまったとは思ったけれど、繕う気にもならなかった。長々と続いた団長サマの好きな相手の話を中断できたと思えば、多少悪印象だったとして全く問題ない。


「それで、団長サマはどうしたいんですか?」


 もうこれはとっとと結論を出して退散するに限ると、投げやり気味に質問をすれば、団長サマはしばし考え込んだ。

 ここで団長サマが何を言っても、「それでいいと思います頑張ってください」と答えて終わりにしようと考えていた。

 けれど。


「優しく、したいんです」

「え?」


 団長サマの答えに、私はぽかんと口を開けて固まった。

 恋人になりたいとか、一緒に出かけたいとか。結婚したいとか、告白したいとか。そういう類のものは想定していたけれど、団長サマの答えは全く頭に無かったから、用意してた答えが咄嗟に出てきてはくれない。

 それに、それだけじゃなくって。


「優しく、ですか?」

「はい」

「好きになってもらいたい、じゃなくて?」

「そうなれば嬉しいですが。そうならなくても、優しくしたいです、彼女が笑ってくれるように」


 私の質問に、少し頬を赤くして生真面目に答える隊長サマの言葉が、すとんすとんと心の中へ落ちてゆく。


「……すればいいじゃないですか、優しく」

「してるつもりではあるのですが、優しくしたつもりでは意味がありません。どうやら私は彼女にあまり好かれていないようですし。不快な思いをさせたい訳ではないのです」


 ようやく用意していた言葉を返すことは出来たけれど、思っていたように、それでいいじゃないですかと終わらせてしまう気には何故だかならない。もう少し、団長サマの話を聞いてみたい気持ちになってくる。


「結構、むずかしいですね、やさしく」

「ええ、だから参考までに、どういうことをされたら嬉しいか、不快じゃないか、お聞きしたくてお呼びしたんです」


逆に団長サマから問われた私は、少しだけうろたえた。

私がだんちょーを好きになったのは、だんちょーが優しかったからだ。


「えっと、具体例でもかまいませんか?」

「ええ、是非、聞かせてください」


たとえ嘘だったとしても、優しくされて嬉しかったのは本当だから、だんちょーにしてもらったことを言おうと思ったのに。

私の口から出てきたのは、全く別の人のことだった。


「エメは、たまに資料くれるんです、私が欲しかったやつ。話したこと覚えてて、あげるっていきなり押し付けてきて」

「ジャンはたまに私を実験台にするけど、そういう時って決まって行き詰まってる時で、気分転換になって」

「テオは顔色がわるいと、すごく苦い薬飲ませてくるの。私、あれ大嫌いだけど、いつの間にか食事に混ざってるからなかなか避けられなくて」


うちの団員はみんな仕事以外に興味がなくって、全く興味のないことには欠片も心を動かさないし、だんちょーに感じたみたいに、優しさを感じることなんて殆どなかったのに、いざ話しだしてみると、記憶の中に潜んだ彼らの優しさがぽろりぽろりと溢れ出してくる。

優しい言葉なんて全く出てこないくせに、魔道具以外に興味なんてないくせに、記憶の中の彼らは確かに、私のことを気にかけてくれていた。新しい魔道具を開発した時は分かりやすく褒めたりなんてしないけれど、時間が合えば試運転に付き合ってくれて、改善点を並べてくれるし、自分の研究分野も交えて惜しみなく知識を提供してくれる。

たとえ彼らにそんな気が無かったとしても、それは確かに優しさとして私の中にしまわれていた。

そして、一番優しかったはずのだんちょーは。


「だんちょーは」


 新しい魔道具を見せにいくと、よくやったって褒めてくれた。天才だって機嫌よく笑ってくれて、期待してるって頭を撫でてくれて、お前が一番だって目を細めてくれたけれど。


「だんちょーは、優しいフリは得意だけど、優しくしてくれたことは、たぶん、一度も」


 資料を集めてくれたこともないし、体調を気遣ってくれたこともない。熱があっても気づかないし、寝不足でクマを作ってもにこにこ笑って褒めてくれるだけで、頑張れっていうだけ。

 優しく響く言葉はたくさんくれたけれど、優しさをくれたことは、きっと、一度だって無かった。

 分かりやすいハリボテに騙されて浮かれて好きだと思い込んでいたけれど、思い返してみれば結構ひどい男だ。

 私って本当に、見る目が無かったなあと小さく苦笑いを浮かべれば、胸の奥で何かがぼろりと剥がれ落ちる。

 長く痛んだ傷を塞いでいた瘡蓋の下は、痕もなく存外綺麗に治っていて、だんちょー、と呟いてみても、もうじくじくと痛みを訴えることはない。


「私、だんちょーの事好きだったんです」


なんだか妙に吹っ切れた気持ちになって、あははと笑いながら告白すれば、団長サマの目が大きく見開かれる。


「でも、団長サマの話聞いてたら、だんちょーの事、どうでもよくなっちゃいました。だってだんちょー、ちっとも優しくなかったって気づいちゃったから」


 私としてはすっきりした胸の内を曝け出して剥がれた瘡蓋の欠片も全て、綺麗さっぱり洗い流してしまいたかったからこその告白だったのだけれど、難しい顔の団長サマはそうは受け止めなかったらしい。


「彼は、重罪人です。横領以外にも数多の余罪があります」

「そうなんですねー、うわあ、ほんとにもうどうでもいいや」

「……念のため、あなたに監視はつくと思います。彼からの接触が無いとも限らない上に、特別な感情があったとなれば看過出来ません」

「無いと思うけどなあ。いいですよ、研究の邪魔にならない範囲ならいくらでも監視してください。万が一接触があったら捕獲くん三十二号の実験に使いますね」

「……好きにしなさい」


団長サマの言うことには全く思い至ってなかったけれど、言われてみれば確かにそうだ。こういう事をよく分かってない辺りが、だんちょーに利用される要因になったんだろうと他人事のように思いながら、忠告をしっかりと受け止める。

だんちょーに傾倒して八つ当たりでしか団長サマを見れなかった時は、何を言われてもむっとしていたけれど、改めて思えば団長サマの言葉はありがたい。気づかないうちに共犯にされて、仕事場を追われることになんてなったら困る。監視をつけられるくらいで済むなら、大して問題はないので迷うことなく了承した。

ついでにもしだんちょーが実験体として飛び込んできてくれるなら喜んで利用させてもらおう、と笑顔で宣言したら、なぜだか団長サマは頭を抱えてため息をついた。


 うちの団員達のいいとこは、自分の興味の中心以外のものにはさほど執着せず、自分の中でそこそこ納得がいけばあっさりと関心を失ってくれるとこだ。だけど私はそこまで割り切れなくって、仕事以外の雑事に心を揺らされてしまう。

 でも、みんなほど何もかも割り切れないなあ、と思ってはいたけれど、私も大概彼らと同類だったらしい。

 だんちょーがちっとも優しくなかったことを理解して、好きになったものがまやかしだったことに思い至ってしまえば、驚くほどあっさりとだんちょーへの想いが収束して、至極どうでもいいことに放り込まれてしまう。裏にあったものを理解して納得してしまえば、関心が失われてゆく。

 もしももっと割り切れない性質だったら、きっといつまでもだんちょーに拘っていた筈で、万が一だんちょーが私のとこに現れたらそれこそ、何かしら便宜を図っていただろうけれど、そもそもこういう気質の人間を集めたのはだんちょーなのだから、好きな相手から実験対象へと急速に変化するのもまた、当然の結果なのかもしれないと少し面白く思う。


「ええと、それで、優しくされたこと、でしたよね」

「いえもう十分です……少しだけ、分かりました」

「そうですか? お役に立てて良かったです」


少しばかり逸れてしまった話を戻そうとすれば、団長サマはゆっくりと首を振った。心なしか疲れて見えるけれど、まああれだけ長々と好きな相手について喋った後だから当然かと納得して、一礼してから部屋を出る。


部屋を出る寸前。

そういえば、団長サマも。

無愛想で真面目で融通のきかない人だけれど、言っていることは正しくて、それに従ってるからこそ私たちは今も研究を続けられている。

ちゃんとしなければうちの団は解体されて別の部署に組み込まれて、自由に開発も研究も出来なくなると言うけれど、団長サマはそうならないために動いてくれている。

それはある意味、優しさに似たものに思えたから。


「大丈夫ですよ、団長サマ。団長サマ、優しいですもん」


嬉しくなって、部屋を出ながら団長サマに声をかける。

うまくいかないといっていたけれど、優しくしたいと願う団長サマならきっと、相手の人にもいつかは通じるって、伝えたかったから。

八つ当たりの感情を向けてた私を切り捨てることなく守ってくれた団長サマの気持ちが、少しでも明るくなればいいなと願って。

ついでに最後に、もうひとつ。


「私、次は、優しくしたいって言ってくれる人、好きになります。団長サマみたいな」


そして私も優しくしたいと思えるような人を、好きになれたらいいなあと思う。

ふと思いついた言葉に満足した私は、うふふと小さく笑って部屋の扉を閉めた。

同時に、部屋の中からがさがさと何かが崩れる音がする。


「大丈夫ですか?」

「大丈夫です、重要書類が崩れただけなので入ってこないように」


何があったのかと扉の向こうに声をかければ、すぐさま団長サマの返事があったけれど、ごいんごいんと何かがぶつかる音がして、はてと私は首を傾げた。


(団長サマ、おつかれ?)


入ってくるなと言われた以上引き返せないけれど、ちょっと気になってしまう。


(あ、そうだ! テオに栄養剤もらってこよう!)


無性に誰かに優しくしたい気分だったから、思いつきのままふんふんと鼻歌を歌いながらテオの部屋へと向かう。

団長サマだけじゃない。テオにもエメにもジャンにも、団員みんなに優しくしたい。私に優しいひとたちみんなに、優しくなりたい。優しくしたつもり、じゃなくて、相手が喜ぶようなことを出来ればいいなあ、と思う。


そうして。

クセのある研究第一なみんなには、今までと変わりなく適当に研究に協力することが一番だと理解した私は、生まれた優しくしたい願望の矛先を何でも誠実に受け止めてくれる団長サマへと向けることとなり。

いちいち私に付き合ってくれる団長サマってやっぱり優しいなあと思うようになって、団長サマに一等優しくしたいなあ、と本人に向かって呟いてしまったところ、真っ赤な顔で私もですと呟いた団長サマの顔を見てようやく、いろいろと理解することとなるのだが。


それは私たちだけの、秘密の話。

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