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1.未来への展望

 月日は流れ、あの落穂拾いの日から三年が経った。

 十三歳だった少女は十六歳の娘へとなった。身体つきが年相応の女性らしく丸みを帯びたものへ変貌し、肉体の成長と同様に内面もまた変化を遂げていた。

 オッティは自らの異常性に気づいたときにはまだ、それまでの日常は崩れないものだと信じていた。だが実際、前と変わらずに人と接していこうとしながら、愛というものを信じられないことが家族友人に罪悪感を抱かせ、元より内気なオッティを人見知りな娘にしていた。

 このままでは嫁ぎ遅れてしまうのではないか。そう両親は焦って相手を見繕ってくれる。しかしいざ会う段階になって、妻となる女として情愛が籠もる視線を向けられると、体中に緊張が走ってまともに言葉さえ喋れなかった。結果、オッティを妻にと乞う相手はまだ現れていない。

 その日もオッティは相手方から断りを入れられた。


「あの子のどこが悪いの? 確かに人見知りするところはあるけど、根が優しく気の利く娘なのに」

「何を言っているんだ。ヴァイオレットはどこも悪くないよ。ただ……気の合う相手が見つからないだけさ」


 嘆く母親に慰める父親。次の相手をどうしようかと、頭を抱える両親に申し訳が立たず、オッティは家の中に居るに居られず外に出た。そのまま玄関の戸に凭れ、彼女は空を見上げる。

 苦悩する両親には申し訳ないが、オッティは嫁げない我が身を哀れんだことはない。むしろ、この状況を歓迎している。人の愛を信用できない、人として何処か可笑しい娘なんて嫁に貰っても不幸になるに違いない。


(嫁ぎ遅れたら、どうなってしまうのだろうか)


 オッティの村は冬を越すため子どもを売るほど貧しい村ではない。この村の生まれで、オッティの名前の由来となった『ヴァイオレット』――今も語り草になるほど美しい娘が領主に嫁いでから徐々にだが、辺鄙な村はヴァイオレットの援助のもと潤ってきた。嫁ぎ遅れても売られる心配はないだろう。

 しかし、だからと言って家にずっと居座るわけにはいかない。二十九歳になった長兄は昨年、オッティと同い年の嫁を取った。オッティの家は両親亡きあと、彼らの物となる。


(家を建てて一人で暮らしていく?)


 突拍子もないことを考えついて、オッティは自嘲した。女が一人で暮らすなんて格好の噂の的だ。家族にも迷惑が掛かる。

 家庭を持ってこそ一人前という認識が強い村で暮らしていくことは難しいのかもしれない。

 夫人の援助を受け、年々、子供と笑顔が増えていく幸せな環境。恵まれているのに生きづらいと感じる自分は、やはりどこか可笑しいのだろうか。





 最初は働き詰めて頭の中を空っぽにした。しかし心に巣食う不安は日増しに膨らみ、夜まともに眠れなくなっていった。

 夢も見ていないのに、真夜中にハッと目が覚めた。目を瞑っても漠然とした不安が心を苛み、眠れなかった。

 オッティは少しだけ星を見に行こうと、静かに部屋を出た。

 両親の部屋の前を通ろうとしたとき、「こうなったら、後沿いでも……」と、父親のくぐもった声が聞こえて、オッティは思わず足を止めた。父親の案に反対する母親の声は悲痛な響きをしている。


(やっぱり、無理なのかな)


 誰かに嫁ぎ、妻となる運命からは、村で暮らしていく限り避けられない。しかし、村の外でだったらどうだろう。たとえば、『ヴァイオレット』が暮らす街でなら――。

 両親は冬が来る前には相手を見つけると言っていた。今が初夏の頃とは言え、猶予はない。オッティは焦り、すっかり顔馴染みになった行商人の若者に街について訊ねてみた。


「領主様の住む街について? どんな場所なのかって、ううん、港町だから貿易が盛んで活気に満ちている印象が強いかな。大きな河が街の端を通っていて、そこから資材を運搬できるから工場の数が多くて、他国への輸出の要にもなっているかな」


 行商人の若者は実に気前よく、分かりやすく話をしてくれた。

 街はとても栄えているようだ。何の宛もないまま街へ出ても暮らしていけるかもしれない。そうオッティの心に希望が芽生える。

 行商人の若者は話の流れに乗ってごく自然に「しかし、気になるね」と切り出した。


「街のことが知りたいだなんて、急にどうしたんだい。もしかして街に出る心積もりでも立てている?」


 話のついでとばかりに問われて、オッティは答えに窮した。しかし、泳ぐ視線が雄弁に物語っている。

 行商人の若者は人好きする笑みを深めて言う。


「街に出稼ぎに行きたいなら伝手があるよ」


 オッティは驚いて若者の顔を見つめた。話を聞けば、新しく建てられた織物工場で婦女子の働き手を募集しているらしい。

 この話に乗るべきか、乗らざるべきか。

 そう考えたところでオッティは気がついた。話に乗らなかった場合、未来は決まっている。それならば見えない未来に賭けてみるのもいいかもしれない。

 このときはそう思ったのだ。

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