part6
レスフィン達を逃して数十分、なかなか倒せず、これといった打開策もなく、ただひたすら魔工具で死獣を討伐することのみに集中していた人影が二つ。
「彼等はどうだ?」
ナルハが口を開く。
「逃げれたよようだぜ」
シュレットも返事を返す。
二人の周りは死獣に囲まれてる。
状況は最悪、とりあえずは親玉を潰そうという作戦の元、戦闘を続けていた。
ナルハは槍で、シュレットは双剣で。各々距離を取らないように、背中をあずけつつ、周りの異形の化物を殺していた。
「さて、どーする?」
ナルハは、戦闘を行いながら問いかける。
「どうもこうも、方針変わらず。だ」
シュレットも、器用に戦闘を行いながら答える。
二人とも、一度、親玉の死獣を見失ってこの無間地獄のような状態におちいっている。
ナルハは、この状況を打開する方法を考えるも、流石にそう簡単には思いつかない。
そもそも、囲まれるということ自体が初めてなのだ、こんな事にはならないのが普通なのだ。普通じゃない状況、普通に考えても勝てるはずがない。
「シュレット」
「なんだ?」
「逃げるぞ」
「はぁ!」
「このまま戦ってもジリ貧だ、親玉もどっか消えたし、とりあえず、見逃してくれる事を祈って逃げた方がマシ」
「わーったよ! 見逃してくれる事は…ないだろうが、とりあえず退くぞ!」
やる事を決めた二人の切り替えは早かった、ナルハ達は、修行してた頃のことを思い出す。
(そいえいば、ちゃっかり逃げるの得意分野だったな)
「お前、今逃げんの昔から得意だったなーとか考えたろ?」
シュレットが逃げの足を緩めず図星をついてきた。
「な、なんで分かった!?」
「いやー、人間死にかけると過去のこととか振り返りたくなるもんなの。 お前のさっきの思い出を掘り返すような顔、ドンピシャだぜ?」
「へぇー、そんなもんなのかー」
「今でも昨日のことのように思い出すよ。お前昔、街で出会った見ず知らずの女の子に一目惚れして、ストーカーして――――」
「だァァあぁああ! なんで今そんな話してんの!」
「さっき言ったじゃん、人間死にかけると物思いに老けてるって」
「お前、死んでも骨は拾ってやんねー」
「そりゃどーも」
二人はレスフィンたちの前では取らないような立ち振る舞いで、得意分野だと言わんばかりの逃げ足をフル活用し、死獣の群れより逃げ続けるのだった。
――――――
「さ、て、と。どうしたものか」
レスフィンは死獣の展開する魔法陣を破壊しながら、頭を悩ませていた。
なかなか作戦の通りにいかない。
作戦の概要は、リュホが囮をして、湖まで誘い込み、一気に湖五と爆発させ、レスフィンが防壁を貼りつつ避難。というのが概要だったのだが。
「だぁぁもぉ! なんでうまくいかねぇんだよぉ!」
リュホが叫ぶ。石を投げたり、近づいてみたり。いろいろしたけどすべてが無駄だったようだ。
結局のところ、なかなかうまく行かず、状況に進展無し。という状況になっていた。
「リュホ! 成功するかどうかわかんないけど、煙幕貼って俺はかくれるわー。だからあとよろしく」
レスフィンは素早く煙幕の魔法を貼る。
煙幕の魔法は燃焼系の魔法で失敗した時によくなってたから名前はないが、なんとか上手くいっている。
なんだかリュホの、ふざけんな! という声が聞こえるような気がするが、まぁ、気のせいだろ。
「煙幕は成功したが…さてどうだ」
どうやらレスフィンは死獣のターゲットからうまく外れたらしく、なんとかなりそうな状況だ。
リュホがうまく誘い込んでいる。
あと約三秒後到着。
レスフィンは魔法陣を編む。
――――――ファイラム
それは、燃焼系の魔法の中で、基本中の基本の魔法で、殺傷能力ほぼゼロの役に立たないような魔法。
だが、要は届けばいい。火の粉を飛ばすのだから申し分はないはずだ。
あと二秒。
いい感じで敵の注意をリュホが引き付けてくれている。
あと一秒。
このまま行けば何とかなりそう、そう思ったのだが、この作戦も失敗。
死獣が体を大きく回転させ、煙幕をとっぱらってしまった。
「もぉ、最悪」
レスフィンは心からそう思った。
この作戦も失敗。もうどうすればいいのか分からなかった。
もう諦めた方が楽なのかもしれない。心からそう思う。
レスフィンは死獣の視界に止まり、死獣がいきよいよく突っ込んでくる。
もう本当におわり。そう思った。
「うっぉおおお!」
それは何の叫び声か。
聞き覚えのある声が洞窟内に響く。
それは、ここにはいないはずのシュレットの声だった。
そしてその声の主は次の瞬間、死獣を後方へと吹っ飛ばした。
「こんなところで偶然ですね」
「な、ナルハさん! どうしてここへ?」
「いやー、あの後流石に二人では無理があったので、逃げてきちゃいました。ふりきれたはいいものの、流石に疲労がたまったので、近場に見えたこの洞窟で休憩にしようと思いまして」
「おいナルハ、とっととあの空気を読めないクソッタレをとっとと退治しようぜ! この場にあいつは邪魔だ」
「シュレットさんは、相変わらず言葉が荒っぽいようで」
「言葉ぁ〜? ……あ!」
レスフィンはシュレットに冗談半分にそう言うと、どうやら自分でも気づいて無かったらしく、コホンとわざとらしく声を立て、すいませんと、頭をペコリと下げる。
「皆さん会話の途中失礼存じ上げまするが、どうやらまだ終わりじゃなさそうですよ?」
リュホの冗談めいた言葉で再開の時間は終りを告げる。
死獣がこちらに魔法で攻撃すべく、魔法陣を大量に展開していた。
「たしかに、リュホ君のいう通りですね」
シュレットがしゃべり方を戻し、不機嫌そうな顔で死獣をにらみ据える。
「とりあえず、わたしとレスフィン君が魔法陣を潰し回りましょう。 シュレットは本体を叩いてください」
簡潔にナルハはそう言い終えるとほぼ同時に動き出す。
シュレットの怒濤の攻撃が死獣の肉を削り、ナルハは閃光の速さで魔法陣を普通潰して回る。
レスフィンの入り込む暇などなかった。
死獣も必死で抵抗をするも、その攻撃は当たることもなく、空振りを繰り返す。
終わった。そう思った。
死獣はもう虫の息だ。
だが、ここで気を抜いたのがいけなかった。
死獣の最後の一撃、魔法陣が死にかけとは思えないほどの数、展開される。
まずい、そう思ったが、もう遅かった。
次の瞬間、数え切れないほどの岩の雨が襲いかかる。
「リュホ! どこかに隠れてろ!」
レスフィンはそう言い残すと、岩の雨をすべて砕きにかかる。
「ちょっとまずいですね」
シュレットがうめき、レスフィンに続く。
「私は後衛で援護します!」
ナルハは恐るべき速度で魔法を展開し始める。
間に合うか、そう思いながらの、とても長い数秒間の戦いの始まりだった。
ここを踏ん張れば勝ち。もし防ぎ切らなければ、湖へと攻撃が飛び、湖の爆発に巻き込まれてしまう。
レスフィンは素早く動き、飛んでくる岩の起動を変え、ほかの岩に激突させて守り切ろうとした。
シュレット、ナルハはすべての岩を粉砕しようとする。
「前方にターゲット、軌道修正のち左上三十度と激突させ消滅」
レスフィンは口に出して動き回る。
どうだ、 間に合うか? まさに背水の陣を貼る三人。
ターゲットあと十。
ナルハが一気に四つ同時に粉砕。
ターゲットあと六
シュレットが魔法で三つを吹き飛ばす。
ターゲットあと三、ターゲット、デッドライン通過まであと二秒。
シュレットとナルハがターゲット残り二つの破壊に成功。
あと一個。
レスフィンは必死に追いかける。
あと二秒。
「間に合えぇぇえええッ!」
あと一秒。
「うぉおぉぉおおおッ!」
あと少し。あと少し。あと少し。あと少し。もう少しもう少しもう少し。
「でぇぇやぁぁッ!」
ターゲット、すべて破壊成功。
「た、助かったぁ」
レスフィンは安堵の息を漏らす。
「ですね、いやぁ危なかった」
ナルハも安堵の息を漏らす。
「うっわ、死ぬか思ったぁー」
シュレットも一言。
「いやぁ、助かった助かった」
リュホが、物陰から出てきた。
「いやぁ、ほんと危なかった」
レスフィンは、地面にへたり込む。
「ほんとほんと、生きてるってすばらしー」
「よくゆーよ、これにこりたらシュレットはこれまでの猪突猛進な戦い方を改めるには、十分すぎる薬でしょ」
「ごもっとも」
シュレットとナルハの会話が弾む。
これで助かったんだ。
ーボン
何の音だ? そう思いながら、レスフィンたちは後ろを向く。
ドドド
迫ってくるのは赤い光り。
「あ、あれは…」
それは死獣の死力を尽くした最後の魔法が、湖まで到達し、爆発している光景だった。
「まずい、みんなに――――――」
ナルハの、声がむなしくも爆音に飲み込まれる。
その光は、とても眩しいと、レスフィンは心から思った。
――――――
「う…」
レスフィンは体中の痛みに耐えながら目を覚ます。
痛みの激しい左腕を見てみたら、そこにはあるべきはずのものがなかった。
周りは吹き飛ばされたがれきの上に、青々とした空が広がっていた。
「お…おーい、みんなー!」
レスフィンは激しい痛みに耐えながら、他のみんなを探すためにかすれる声を、必死に必死に張り上げる。
「お、おーい、いるなら返事をしてくれよー」
声はない。
「みんなー」
返事はない。
「みん…な」
答えはない。
無音。人の気配を感じない。
「嘘だろっ! なあ!」
叫ぶ。
「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ嘘だうそだうそだうそだうそだうそだ」
叫んでも叫んでも叫んでもこえはない。
「っ! あぁぁああぁぁあっ!」
そこにあるのは絶望、あるのは嘆き、あるのは悲しみ、こぼれるは涙、湧き上がるは憤怒。
レスフィンは泣く。
狂ったように泣く、狂ったように泣く、くるったようになく、くるったようになくくるったようになくクルッタヨウニナククルッタヨウニナク。
ただ、なくしか出来なかった。
――――――
「俺だけ生き残って、これから何をするかも決まってなくて、死んだ人たちには悪いけど、もう何をすればいいかわからない」
レスフィンは悲しそうに、目の前にたたずむ石を簡単に組み立てただけの墓に語りかける。
レスフィンの目は腫れ、おぼろげな視線はもう、先までとは違った雰囲気をかもしだしている。
「おれは、何をすればいいかわからない。前にも進めないし、後ろにも下がれない。俺は…ど…うすれば…いいか…わか…らない」
レスフィンはさきほど泣いたはずなのに、まだとめどなくあふれてくる涙を抑えきれない。
「おれは、一体どうすればいいんだっ!」
「しるか!んなもんなるようになるさ」
「……ッ!」
どこからともなく聞こえてくる懐かしい声、それはリュホの声だった。
どこを探してもいない、いないに決まっているが、それがリュホの声というのはわかる。
「リュ…ホ」
レスフィンは涙は止まった。
その声は安らぎの声でもあった。
「ありがとう、おれは、前に進むことも出来ないし、後ろにも下がれない。 だから俺は、精一杯足掻くよ」
レスフィンはそう誓った。
その誓いは己に、そしてリュホに、シュレットにナルハに、死んだ者達すべてに。
もうその瞳に迷いはなく、レスフィン明日へと歩き始めた。