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ガーベラの丘  作者: 安藤 キミヒロ
6/7

part5

「ヤバイですね」


あまりの出来事に、シュレットは唖然とする。

レスフィンには、何が起きているのか検討もつかなかった、なぜなら、目の前に存在する化物が、あまりに強大だったから…それはまるで、絶望しろと言わんばかりに絶望的な展開だったからだ。


「まさか、こんな魔法を使ってくるとは…一本取られましたね」


ナルハは、槍を握る手に力を込めると、そう言って死獣へと突っ込む。


「死獣が、死獣を呼び出す魔法を使うとは、それも、厄介そうなバケモンばっか呼びやがって!」


シュレットも、普段の丁寧な言葉遣いではなく、荒々しい口調で言い放つと、目で逃げろと合図して、両手の双剣で親玉めがけて切りかかる。


「おいレス! 早く逃げっぞ!」


「分かってる! 捕まってろ」


レスフィンは素早く魔法陣を編む。


ーフォースー


レスフィンの体が一瞬ひかり、リュホを抱えて走る。


「ご武運を」


聞こえるかはわからないが、レスフィンはシュレット達にそう言い残すと、素早く足を動かす。

背後では、戦闘音が轟く。

レスフィンは、本当に生き残れるのか不安になってきた。

だが、それを口に出すと、本当に助からないような気がして、レスフィン走る。何も考えず、楽しいことも考えても、それは現実から目をそらすことでしかない。

いまレスフィンが生きている現実から、どれだけ目をそらそうと、この状況を打破することは出来ない。


「絶対に、絶対に生き残るんだ」


――――――


必死の逃避行より1時間。

レスフィン達は森の中で、空を眺めながらつかの間の休息をとっていた。

もう日は登り始めてきた。

日は明け、街ももうすぐ着く、生き残れた。レスフィンは心の底よりそう思った。


「俺等、生き残れたんだよな?」


リュホは聞いてくる。

この状況を見て、生き残ることが出来た。それが本当に良かったことかはわからなかった。

家族を失い、土地を失い、財を失い、全てを失っても、この世に存在するという現実。

消えたいとも思いながらも、生き残ってしまった皮肉。


「あぁ…生き残ったんだよ、こんな状況でも」


「よかった、これが生きてるってことなんだなー」


隣で安堵の息をもらすリュホ、レスフィンもつい共感を覚えながら、自分たちのこれからというものを考える。

親をなくしたリュホはこれからどうするのか、自分は、家に戻ることが出来ても、ちゃんと貴族の仕事をこなせるか、生き残ることは出来ても、これから生きていけなければ、それこそ本末転倒というやつだ。


「さて、これからどうしたものか」


「どうしたんだよ、行く当てないなら、うちに来いよ」


「うちに来いも何も、俺もお前も帰る場所なんてあんのかよ」


「そ…そうだな、俺もお前も、行く場所なんてねーよな」


レスフィンは、気分が重くなる。

失言だった、心からそう思った。レスフィンは、そんなことに気をかけるほど、肉体も精神にも余裕はなく、それこそここまでもてたのが不思議なくらいだった。


「とりあえず、そろそろ行くか。こんなとこに長居する理由もないしな」


レスフィンはそういうと、のっそりと立ち上がり、歩みを進めようとする。


「レス!」


リュホがなにやら慌てた様子でレスフィンに叫んでくる。

だが、レスフィンはリュホのその行動が、どういう意図を持ちリュホが叫んでいたのか、その意味を理解するのに、一刻の猶予が必要だった。

すると、次の瞬間、レスフィンたちを巨大な影が覆った。


「な…なんだ?」


「レス! 上を見ろ! そっから早く逃げろッ!」


なにやらリュホが自分のいる所とは反対側の方に逃げながら叫ぶ。

レスフィンはリュホの言ったとおり、とりあえず空を仰ぐ。


「んなッ!」


驚愕。一言で言えばそれだった。空を仰ぐととてつもなく巨大な岩が落ちてくる。今から逃げて間に合うか、レスフィンはそんなことを考えながらとにかく走った。


ズドーーーーーン


パラパラと砂埃が舞う。

――ま…まにあった〜


「リュホー、生きて…」


とりあえず、リュホの安否を確認しよう、そう思ったが。最悪だった。

目の前にいるのは、先ほど岩を飛ばした張本人だった。

レスフィンの前に立つのは死獣だった。レスフィンの五倍はあろうかという体からは、左右合わせて8本の腕が伸びており、すべての腕には、これまた巨大な棍棒が握られていた。口からはきつい臭気がもれ、岩のような筋肉が脈を打っている。


「こっちは大丈――――」


「逃げろ!」


リュホの言葉を遮り、全身全霊の叫びを岩石の向こうにいるリュホにぶつける。


グォォオォォオオ!!


目の前に立つ死獣が怒涛の咆哮を上げながら、八本の豪腕に握られた棍棒が、吹き荒れる嵐のようにレスフィンを襲う。


「うぉッ!」


躱すことが出来るか不安だったが、なんとか躱すことは出来た。

レスフィンは後方へ全力で跳躍し、魔法陣を編む。

死獣相手に魔法無しは完全に自殺行為だ。

―――クソッ、どうするどうするどうするどうするどうするどうする!

そうこう考えてる暇もなく、死獣は土煙をまきあげながら棍棒もち、迫ってくる。

魔法陣が編み終えるのが早いか、棍棒が振り下ろされるのが速いか、どちらが速いか。

それは後者であった。


「クソッ!間に合えぇぇええ!」


棍棒が迫る。棍棒が迫る。後せめて二秒、いや、一秒でもいい、時間があればッ!


「続けろ!レスぅぅぅ!」


リュホの渾身の叫びが響くと同時、周りの大きな木が倒れ、死獣を押しつぶす。

ラッキーとしか言えないような幸運、今のうちに魔法陣を編み終える。

ーフォースー

レスフィンの体が発光すると同時に、押しつぶされたはずの死獣が上にのしかかる木をあさっての方向には吹き飛ばし、腹をすかした獰猛な獅子よろしくつっこんでくる。


「危なッ!」


雷光のような速さで、死獣の攻撃を避ける。

――これならやれるッ!

レスフィンは棍棒をよけ、そのまま拳を死獣のアゴにに一撃を加える。


「どうだッ!」


だが、死獣はよろけるだけで、ほとんど効かなかった。


グォォオォォオオ!


死獣の怒号が響くと同時、周りに魔法陣が編まれ、そこから巨大な岩が現れた。


「クソッ、逃げっぞリュホ!」


レスフィンはリュホを抱え、一時退避するが、死獣が放つ岩が飛んでくる。


「うわっ!」


「レス! 一度あそこに隠れよう!」


リュホが指を指した先にあるのは洞窟だった。大きさは、見たところ死獣よりも少し小さめだった。確かにあそこなら死獣は入り込めないはずだ。


「了解」


レスフィンはリュホの指を指す洞窟へと入り込む。

洞窟の中は、入ってみるとそれなりに奥に続いていた、死獣も追ってくるが、ここなら大丈夫、そう思った次の瞬間、死獣の体が縮んだ。


「うっ、うっそー!」


死獣が縮んだと言っても、大きさはそれでもレスフィンたちの3倍はあった。


レスフィンたちは、奥へと進むしかなく、その洞窟の奥へと走るも、死獣も追ってくる。


「クソッ、どうするレスッ?」


「知るかっ! 命者の二人を探すにも、見つける前にあいつに殺られるッ、だからといってこのまま逃げても結果は一緒!」


「絶望的じゃねぇか! どうすんだよ!」


「だから知らねぇっつってんだろ!」


「じゃあとっとと考えろッ!」


「てめぇもその足りないオツムをフル回転させて考え…」


「どうしたレ…ス」


洞窟を走り、行き着いた先は、広々とした地底湖だった。広さは死獣と戦闘できるくらいに広かった。湖も大きく、深く、あまりの最悪な状況に顔をしかめるリュホが目の端に映る。


「クソッ、やるしかねぇみたいだぜ。最悪な立地に最悪な敵、ここまで最悪続きだと笑えてくるよ」


リュホはもう完全に諦めかけていた。確かに、この状況で希望を持つのは無理だろう。


「いや、最高の条件だよクソッタレ!」


それはレスフィンの歓喜の咆哮でもあった。

レスフィンは湖に目を向ける。

それは不思議な湖だった。

リュホは気づいていないようだが、その湖の水は、とても澄んだ紅い水で満たされていた、例えるなら、血で満たされた湖、それこそが、この状況を打破する鍵であった。


「リュホ、あそこに見える湖が分かるか?」


「あぁ? 分かっけど、んなもんでどうにかなんのかよ」


「あれは紅蓮(ぐれん)地酒(ちざけ)っつう魔法用具だ、あれは魔力を暴走させ、爆発を起こす道具だ、あの湖へと、あの化物を誘う、でもって、あの湖に誘い入れたところで、俺が魔法で攻撃、でもってアイツを吹っ飛ばす」


「それ作戦か?」


「成功率5割、だがやらないよりいいだろ?」


「上等ッ!」


リュホの目には、絶望の色はなく、覚悟を決めた者の目だった。

そうこうしてるうちに、死獣は迫ってきた。


「いいか? あっこに死獣の魔法をぶち込まれたら、おそらくはこの洞窟ごと吹っ飛んでお釈迦だ、だから俺はヤツの魔法の邪魔をする、餌はお前、防壁を俺が貼っからそれで大丈夫のはずだ」


「長々と説明してっけど、やっこさんやる気満々だぜ」


リュホの言ってるとおり、もう作戦の話は終了、あとは勝利の女神がどちらに微笑むかだけだ。


「さぁ、最後の悪あがきといこうぜ!」


リュホが一声。


「悪あがきじゃねぇ、これは生き残りをかけた一発勝負ッ!」


レスフィンが一声。


『まあ何にせよ』


二人の声が、いや、心がそろうと言った方がいいだろう。


『絶対に負けられねぇ!』


二人の声が、この暗黒の状況に、光の如き響きを上げた。

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