part4
え~、長い長い第1話がもうすぐ終わります。今回は、とてもとても長い1回です。読みつかれると思います。……もう少し、短くしようと思ったのですが、できませんでした(笑)。すみません。では、前置きはこれぐらいにして、また次の機会に。
「つきましたよ~」
夢の世界で働いていた思考がシャットダウンされた。先の情景が夢だということを理解するのには、そんなに時間を要しなかった。
馬車から周りを見渡すと、いつも見慣れた祖父の収めるリファルという街が広がっていた。
この街は、北、東、南を高い標高の山に囲まれ、他の街との交流が少なく、セウェルのコルシ湖のような街を潤す観光資源もなく、のどかではあるがジリ貧。
だが、街の人々には活気があり、レスフィンは結構この街が気に入っている。
それじゃあ、例のやつは明日の夜にでもしようかな。
レスフィンは、眠い体が求めるように伸び、体を動かしていた。
レスフィンが思う例のやつとは、家を出る頃から計画していたサプライズのことである。
レスフィンの計画してることとは、一言で言うと、魔法で大規模な花火を打ち上げることだ。
レスフィンは単純な魔法しか使えない。大規模な花火となると、レスフィンの手に余る魔法でもあるので、相当練習した。まだ発動まで、10分はかかるので、実践レベルではないが、とりあえず、使えるは使える。
大規模な催し物でもあるので、祭りなどの管理を行う役場の許可も、取らなくてはならない。
役所の責任者の子供と仲が良かったので、早く許可を取り、明日にでも始めようと思ったが、今日はもう遅いので、とりあえず、今日は休もうと、レスフィンは思った。
――――――
寝れない!
とてもそう言わずに入られなかった。
レスフィンは今、祖父の城の寝室に、下着姿で寝ようと頑張っているところだった。
祖父の城到着したレスフィン一行たちは、簡単に夜食を済ませ、早く寝てしまおう、ということになった。レスフィンは、別に特別疲れたわけでもないうえに、昼までぐっすり寝て、馬車でぐっすり寝て、〝どんだけ寝てんだよ!〟なんて一人でツッコミを入れてみる位に寝て、もぉ、やばいくらいに眠れなかった。
「もぉぉぉ! 全く寝れん!」
眠れないということ程ムカムカすることは、そうはない。
まったく! いつでも、どこでも、簡単に寝れる! なんてやつがいたら、ぐっすり寝る方法を是非ともご教授頂きたいくらいだ。
とりあえず、夢の世界へ旅立つことを諦めたレスフィンは、星でも眺めに行こうかな? なんて柄にもない、ロマンチックなことを考えたりした。
「屋上にでも行くか」
レスフィンはげんなりしつつ、部屋を出て、長い廊下を歩き、屋上へと向かった。
壁には、心もとないランプがつけられて、外では何ともわからぬ虫の声が響いていた。
夜遅くに廊下を歩くのは、流石に怖い。
レスフィンは、基本的にオカルトは嫌いなので、こうゆう雰囲気が苦手だった。この、名も無き幽霊が出てくるような気がしてならないので、鼻歌を歌いながら、長い廊下を歩いていた。
「おおッ! やっとついたぜ」
自分を屋上へと向かったといざなうお目当ての扉がやっと姿を現した。ランプの心もとない明かりを頼りに目的地へと足を勧めて約1分、この心地の良い小さな達成感を噛み締めつつ、屋上への扉をいきよいよくあけた。すると、そこにはたくさんの星々が各々輝きをはなっていた。
「やっぱり、リファルの星空は綺麗だなぁ」
空に張り付いた、たくさんの星々を眺めながらそんなことを呟いていると、屋上にポツリと置いてあるイスに、腰掛けた人が居た。
よーく目を凝らしてみると、それがシルエットでナルハとわかった。
とりあえず、声をかけてみよう。
「こんなところで何をしてるんですか~?」
「あ、レスフィン君、あなたこそこんなところで何を?」
レスフィンはナルハのそば駆け寄ると、ナルハが横にどうぞと言わんばかりに詰める。
「どうも。 何をしてたんですか?」
「リファルの星空は綺麗ですからね。この満天の星空を肴に酒を飲んでたんですよ。 一杯どうです?」
「いえ、俺まだ未成年なんで。そう言えば俺、まだあんまりナルハさんとは喋ってませんでしたね。少しおしゃべりでもしません?」
「かまいませんよ」
(話そうといったはいいものの、なんかいい話題はないかな)
「なんで、ナルハさんは今の職に就いてるんです?」
「なんでときますか。そうですね…私の家が、代々武芸に秀でた家系だった、からですかね。というか、あなたぐらいの年頃の話なら、いわゆる恋話みたいなのを予想してたんですが」
「残念ながら、その手の話に花を咲かせるほど青春してませんから。好きな人もいないんですよ」
レスフィンは、これみよがしにため息をついて、リア充という雲の上の存在に少しの怒りを覚えた。
「そうですか…じゃあー、命者になるといいですよ? モテますから」
「まぁ、考えておきます。 なんかこんな話をしてたら眠くなっちゃいました、そろそろ寝ます」
「まだほとんど話してませんよ? もう少し話しましょうよ」
「いやいや、明日は早いので、それに早く寝ないと肌に良くない。見てくれに気をつけないと女性は寄ってきませんからね」
「そうですか。彼女、欲しかったんですね、お休みなさい」
「そりゃ欲しいですよ、それじゃ、お休みなさい」
レスフィンは、自分の未来の彼女を夢見ながら、星を見上げながら酒を飲むナルハを背に歩いていった。そしてあの薄暗い廊下にため息をつきつつ、部屋に戻って、とりあえずベッドにもぐり、目をつぶることにした。
眠れないと思うけど!
ー翌日ー
レスフィンは今、町外れの荒地にきていた。とりあえず、役場の許可も取ったので、花火を打ち上げる魔法陣を描いていた。魔法は、今夜七時になると自動的に花火が発射されるように設定した魔法だ。攻撃魔法だけでもレスフィンはまだ発動まで軽く十分はかかる。さらには時間の設定もしなければいけず、五分は発射し続けるつもりなので、一時間は軽くかかる。なおかつその間、指に意識を集中させ、魔法陣を編むために光をともしながら作業を続けないといけないから、そーとーしんどい。ちなみにレスフィンはもう、かれこれ四十分は作業を続けて汗だくだ。
「な〜にしてんだよ、お前は」
レスフィンは作業を続けながらなまえきな声の主に目をやる。
そこには茶色い半袖に黒い半ズボンという質素な服に身を包んだ少年が立っていた。
その少年はリュホという名前の少年で、リファルでは一番仲の良い友達だった。
「おもしろいこと。お前こそこんなとこで何してんだよ。お前には今日くるなんて言ってなかったはずだけど」
「ランニングしてたら、どっかで見た覚えのあるアホヅラを見つけたから、声を掛けただけだよ」
レスフィンは自分が貴族だということをリュホには言っていない。というか、レスフィンは自分が貴族だからということで周りからチヤホヤされることが嫌いだから、旅の商人の息子ということで通している。だから、人をアホヅラ呼ばわりする庶民と仲良くする物好きな貴族は、自分で言うのもなんだけど、俺くらいのものだろう。
「そ〜か、まぁ、脳みそがスカスカなお前らしいな」
「ていうか、リファルに来たらまず俺様に報告しに来いよ」
「言ってろこのお山の大将が」
「まぁ、冗談はこれくらいにして、何してんの?」
いつものやりとりを交わした後、リュホはやはり気になるのだろうかこっちによって頭をかきながらこっちに寄ってきた。
「町おこしの花火でも打ち上げようと思ってね、魔法陣を今編んでんだよ」
「町おこしは口実で、実は面白そうだからしたいだけだろ」
「よくわかってんジャーン、まぁ、今夜楽しみにしてな♪」
「オーケー、楽しみにしてるぜ。お前明日まではリファルにいるだろ? 明日はあそぼーぜ。 待ち合わせは…、ここでいいや、じゃーなー」
リュホはそう吐き捨てて走り去っていった。
「じゃーなー。そんじゃ、こっちも今終わったし、帰るか」
魔法陣を編み終えたレスフィンは、はぁぁぁぁ、と一息つくと、自宅への帰路へと入った。
――――――
魔法陣を編み終え、城へ戻り、山が街を照らす光源を飲み込んでしまって2時間は経つだろうか。もう花火発射の頃合になってきた頃、レスフィンは城の屋上で苦労の成果を楽しみにしていた。
「右手には、俺の好物のアップルジュース。左手には、これまた俺の好物のミートパイ……準備は万全を期す! さぁさぁさぁさぁ! メインの花火はまだかな~♪」
ベンチに腰掛け、足をぶらぶらしながら、鼻歌を歌いながら、待ち遠しき時間の訪れを待っていた。
レスフィンは右手に持っていたミートパイを食べ終わると、座ってるベンチの右端のさらに置いてあるミートパイの山からまたひとつまみ。
「うーん!やっぱ最高だなぁ」
言いながら、カブリと一口で胃袋へ……またひとつまみとろうとした瞬間だった。
ドーーーーーン
それは、待ちわびてやまなかった花火が夜空に響く音だった。
色とりどりの火花が、絶え間なく轟く。
「やっとか~。成功成功♪」
レスフィンは夜空を照らす…あと十分くらいの輝きを眺め、両手に携えた好物のことも頭から抜け、ただ花火に見とれてい――――――
カーーーン、カーーーーン、カーーーン
何かの音が聞こえる。なんの音かはわからなかった。
だが、リファルに来てこんなことは初めてであった。
「レスフィン君! 早くこっちに来てください! 街が…街が…」
そこにいたのは、取り乱した形相のナルハだった。
「どうしたんですか? まずは落ち着きましょう」
「そっ…そうですね。ですが、あなたこそ、私の話を聞いても取り乱さないでください…リファル周辺に……死獣が現れました。そして、今上がってる花火を目印に、ここリファルへ向かってます!」
えっ!
――――――
ナルハの話を聞いて、今レスフィンたちは避難を開始していた。
大きめの馬車にぎゅうぎゅう詰めの状態で、約三十台の行列を作っていた…リファルが小さく、人口が少ないことが幸いし、生き残ることができそうだと、命者二人は言うが、それがパニックを起こさないための嘘か、それとも誠かは、定かではない。
現れたのが一匹なら、ナルハとシュレットが討伐すれば、話が早いのだが、どうやら街を囲まれているらしい…その数、約十五匹。
死獣十五匹相手に、命者二人は流石に、部が悪すぎる。
だが、死獣は大きい上に、十五匹にも囲まれるというのであれば、なぜレスフィンがリファルに来る途中に出会わなかったのだろう。そこが腑に落ちない…。
「レスフィン、俺ら、死なねぇように頑張ろうぜ」
リュホの顔には、不安や恐怖のせいか、血の気が失せていた。
「大丈夫だよ。俺ら、なんか悪いことした? 善人は死なねぇんだぜ」
怯える、普段とは違うようなリュホをなだめる。
「クソッ! 誰だ、こんな時に花火なんて打ち上げやがったやつは!」
どこからともなく聞こえてくる。それもそうだろう、花火打ち上がらなければ、囲まれる心配もなかったのだから。レスフィンは周りのそんな声を聞くと、胸が潰れそうになる。なぜならレスフィンのせいで、リファル全員の命が危険にさらされているのだ…まだ若いレスフィンは、自分のせいだということが苦しい…周りの人間全員に、死んで欲しくない…自分だけ生き残りたくない…もし死んだら俺のせいだ…俺のせいだ…俺のせ――――――
「周りの人間がどう言おうと、お前のせいじゃねぇぞ」
その声の主は、怯えたリュホが、レスフィンの感じている事にきずき、頼りない、頼りなく、友達の、安心できる声で…怯えた笑顔で言ってきた。
「お前……何で…」
「お前の考えることなんてわかるよ。何年遊んできてると思ってんだよ」
「そうか…ありが――――」
がこッ
その瞬間、何が起きたか分からなかった…天と地が逆転、その後に訪れた漆黒の世界…気がつけば、体中が激痛に蝕まれていた…。
「い……て…!いき……るか!生きてるかッ!」
そこには、頭から血を流したリュホがいた。
「だッ……大丈夫か!?」
「そりゃこっちのセリフだ! 俺は頭を少し切っただけだ」
どうやら、馬車の車輪が壊れたらしく、先頭の一台が倒れ、後ろの馬が驚き、暴れて横転した後、馬だけどこかに逃げて行ったようだった。
こんなことになるくらいだったら、花火なんて打ち上げなければ良かった。
「ごめん…俺のせいだ。俺が、花火なんて打ち上げなければ」
「大丈夫だって。花火のことは、あの後俺が言いふらしたら、そりゃ楽しみだってみんな言ってたぜ」
「でもっ」
「誰でも、こんな状況に置かれれば、誰でもなにかのせいにしないとやってらんねぇーんだよ。だから、気にすんな、ウザってぇ」
リュホは、いつも俺を励ましてくれた…もともとこいつと仲良くなったきっかけも、こいつが話しかけてくれたことがきっかけだ。こいつは、自分にはもったいない友達だと思う。
「とりあえず逃げようぜ、倒れたあと、みんな一番近場のセウェルめがけて逃げてった…多分、途中で場者でも見つけて、ヒッチハイクでもすんだろ…お前のゆうとおり、助かるかもな♪」
リュホの強気は、本当に真似出来ない…レスフィンは臆病だ…森でレッドウルフとあった時も、すぐに魔法陣を編み、殴りかかればそれで終わりだった。怪我することもなく、簡単に終わらせれた。
本当に、リュホには完敗だ。
「助かるかもなじゃなくて、助かるんだよ阿呆が」
だから、こいつみたいになれなくても、こいつみたいになりたいこの気持ちは、絶対に忘れたくない。
うわぁぁああぁぁあぁぁッ!
どこからともなく聞こえてくる悲鳴!
誰か助けっ――――
死にたくない死にた――――
パパ!ママ!助け―――――
それは死の声…絶望の声…恐怖の声…哀しき、死の叫び。
「どこから聞こえてくるッ! クソッ…どこに逃げれば」
リュホが血の流れる頭をかきながら呻いていた。
この状況の打開策は無いに等しい…リュホのような勇気は俺にはない……でも、臆病な俺に、少しでも勇気があれば、勇気があれば!
「リュホ…俺が、死獣を倒す。命者の二人は恐らく、こっちに向かってる。倒せなくとも、時間稼ぎにはなるはずだ…だから…」
俺に任せてくれと言えない。命をあずけろとはいえなかった。
「俺に…」
言え!
「俺に…」
言え!言え!言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言え言――――――
「任せた! 俺の命、おまえにあずけた!」
リュホは、場違いな笑みを顔に浮かべ、肩をぽんとたたき――――
「任せたぜ! レスフィン!」
もう一度言ってくる……俺は、この大切な友達を守りたい!
「分かった、ありがとうリュホ! とりあえず、命者に合流し、セウェルを目的地に走る! 戦闘音が、東側から聞こえる、そこに命者がいるだろう、そこに行くまでに、もし、死獣との戦闘になったら、俺が時間を稼ぐ。その間に、お前は走れ!」
リュホは、分かったという風にこくりと頷くと、二人は戦闘音のほうへ走り出し―――――
「レスフィン君! こんなとこで何を!?」
命者の一人、ナルハが、ボロボロの状態で立っていた。だがなんでナルハがここに…もともと、避難の概要は、町民を二つのグループに分かれて避難し、命者の二人は、一人づつ分かれたグループについたのだ。シュレットは、避難中遭遇した死獣と交戦中……ナルハは、違うグループだったはずだった。
「レスフィン…知り合いか?」
リュホが聞いてくる。
「ああ、こっちは命者のナルハさん、でもってナルハさん、こっちは友達のリュホ。それよりナルハさん、何故こんなところに? ナルハさんのグループは、こっちとは逆の方に行ったんじゃ?」
「それは……」
ナルハは、辛そうな顔をして、なにか決心したような顔になった。
「落ち着いて聞いてください……私が護衛したグループは、全滅しました」
「えっ…」
それは認められない現実。受けきれない現実。信じられない現実だった。
ナルハの護衛したグループにはレスフィンの親がいた。
街を出る時、レスフィンだけは町民を守るために色んな町民を集めながらの避難なので、レスフィンだけは別行動だった。
「何で…」
レスフィンは瞳から大粒の涙を流しながらナルハへと近寄る。
何故守れなかった、それを言うために歩み寄る。
ナルハも全力を尽したのはボロボロの姿を見ればわかる。
ナルハに当たるのは場違いだ。
「何で」
足が勝手に動く。
「何で」
間違った行動を止めるための理性を働かせるが止まらない。
「何で」
足が止まらない。
「何で、あんたは守れなかった! あんたの仕事は、命をかけて、人々を守ることじゃねぇのかよ!」
気づいた時には、レスフィンはナルハの胸ぐらを掴み、右腕は殴る準備をしていた。
「レスフィン! 今はそんなことしてる場合じゃねぇだろ!」
リュホが怒鳴ってくる。
「ざけんな! こいつに任せたばかりに、俺の家族はみんな死んじまったんだぞ!」
「家族が死んだのがお前だけと思うな! 頭冷やせ!」
「うっせぇ!」
レスフィンがナルハを殴ろうとした瞬間、気付けばレスフィンはきりもみ状に吹っ飛ばされていた。
「なにすん―――」
そこでレスフィンの声は止まる。
なぜならリュホも泣いていたから…家族をなくしたのはリュホも一緒だから。
「こんな状況だ、今は自分が生きる手段を考えろ! 俺らまで死んでしまったら、死んだ人達の墓に、誰が他向けの花を供えるってんだッ!」
リュホは涙を流しながら言ってくる。
リュホの家族は先に避難するためにナルハの護衛する馬車にのってたから、家族をなくしたのはリュホも一緒だから。
「あなたがたの、家族が今、この世にいないのは、私の力不足故です…ですが、今の状況、泣き言は言えません! 逃げます…ついてきてくれますね?」
ナルハが口を開く。その時のナルハの顔には、涙と、闘志のみなぎる目が彼の心を物語っていた。
「わかりました、取り乱してすいません。絶対、生き残りましょう」
レスフィンは涙をふき、いきよいよく啖呵を切った。
――――――
死獣の群れによる襲撃より、約1時間、レスフィンたちはだいぶリファルから離れていた。
「とりあえず、シュレットと合流しましょう。二人の方が安全だ。おそらくもう、私たち以外はみんな死んでいる」
ナルハがそう言うのも無理はなかった。
なぜならここに来るまで、山という程の死体を目にしたからだ。
もちろん見知った顔も何回か見た、死体を見る度に、不思議と何も感じなくなっているのをレスフィンは実感する。
人とは不思議なもので、最初は感じていた恐怖も、慣れればどうということはない。
もうこれ以上、死体を増やさないためにも、これは今の心の状態はいいことなのかもしれない。
ドン
爆発音がひとつ。
「この爆発音は!?」
ドン、ドドン、ドーーン
レスフィンが口を開くと同時に、今度は連続した爆発音。
「これは、恐らくシュレットが交戦していている音です、この音に向かって走りましょう、シュレットの状況を見て、逃げるかどうか判断しましょう」
確かに、シュレットがいれば百人力だった、だが助けにいって、ミイラ取りがミイラになるわけにもいかない。
ナルハの判断は妥当なところだった。
「わかりました、急ぎましょう」
リュホとレスフィンは、声を揃えて言う。
「ですが万が一、状況が悪くなれば、レスフィンはフォースを使い、リュホを抱えて逃げてください、私が時間を稼ぎます」
「わかりました」
「悪いなレス」
リュホは自分が足を引っ張ってる様に感じてるのか、申し訳なさそうにうつむく。
「気にすんな、いまはそんなこと気にしてられねぇーからな」
「話は終わりましたか?そろそろ近づいてますよ」
ナルハが話に割り込んでくる、確かに気付けば爆発音が近づいてた。
爆発音までもう少し、走る足を止めるわけには行かない。
ギシャァァァ
空を飛ぶ野鳥のかん高い声が聞こえる、恐らくはシュレットが戦っているところから逃げてきたのだろう。
交戦地点まで、推定、約50メートル。
「そろそろですね、レスフィン君は魔法陣を編む準備をしてください」
「はい」
ナルハのセリフは、もうそろそろつくということだった、心音が緊張しているせいか、とてもうるさく感じた。
推定、約40メートル
リュホの方を見ると、汗をかき、肩で呼吸をし、ひどく疲労しているようだった。
推定、約30メートル
ナルハは、流石というべきか、表情からは、緊張のようなものは感じなかった、顔は引き締まり、これからのどのようなことが起ころうとも、対応でき、守ってやるとでも言わんばかりの顔つきだった。
推定、約20メートル
ナルハが足を止める。それに続き、レスフィンたちも足を止める。
ナルハの視線の先を見ると、その先には異形の化け物と、まだ見たことのない、灰色の水晶のようなもので出来た双剣を両手に握りしめている、シュレットがいた。
シュレットが戦う化け物は、5メートルはあろう巨大な体を持ち、腕は4本生えていた、鬼のような形相に刻まれた大きな口からは、獰猛な肉食獣、否、それ以上に発達した犬歯がむき出しになっていた。
「あれが…」
思わずレスフィンの口から声が漏れる。
「ナルハさん、あれが、死獣ですか?」
リュホも驚きを隠せなかった。
なぜなら初めて見るから、死を表すその化け物を。
「はい、あれが太古より、天災と恐れられた異形にして、異質である、未知の化け物です」
ナルハはそう、言葉を返す。
「ですが、相手が一匹ならば、恐らくは大丈夫です。私はシュレットの援護に向かいます、二人はここで隠れていてください」
ナルハはそういった次の瞬間、いきよいよく走り出し、右手につけているブレスットが淡い光を放ち、形を変えみるみるうちに、灰色の水晶で作られた槍へと姿を変えた。
「な…なんなんだあれは」
リュホが思わず声を漏らす。
「前に、なんかの本に書いてあった。あれは多分、ジラフィスが作り上げた、魔法とは違う、もう一つの死獣に抗う術…魔工具だと思う。あれは特殊な鉱石を加工し、魔法陣を編むのに必要な思気をエネルギーに創られる、地上最強の対死獣武器だよ」
レスフィンがリュホに説明している間に、戦闘は進んでいった。
ナルハが身体機能を強化させる魔法、フォースを発動させ、人間とは思えない速さで戦闘をしていった。
死獣が魔法陣を編んだ場所より、無数の氷柱の雨が降るも、それを紙一重で全て、躱し。いなし。たたき落とし。二人は距離を縮めていく。
そして、二人が距離を縮めると、二人の武器は光をまとい、必殺の一撃で死獣の命を刈り取る。
それが、その戦いの幕切れであった。
「終わりましたよ、二人共出てきてください」
レスフィンたちは、木の影から出て、ナルハたちの元へと向かう。
「ナルハ、生存者はこれだけか?」
「あぁ、ここに来るまで、生きている人間の気配は感じなかった」
シュレットは、ナルハに聞くと、うつむき加減にわかったと返事をかえす。
最悪の雰囲気が、周りの空気を重くする。
「こんなとこにいつまでもいないで、早く行きましょう。今はまず、休める場所まで走りましょう。こんなとこに長居をするわけには行きませんから」
「……そうだな、レスフィン君の言う通りだ、さぁいこ――――――」
そこで、シュレットの声は途絶えた。
死獣がもう一体、レスフィンたちの前に現れたからだ。
臨戦態勢に入るナルハとシュレット…逃げる準備をするレスフィンとリュホ。
その死獣の姿は、自然界の王者風貌をした、神々しい見た目だった。
金色の体毛に覆われた、8メートルはあろう虎のような体。見るものを射すくめる、紅の瞳、全てを噛み砕く牙が生え揃った口からは、喰ってやろうと言わんばかりの唾液。
グォォオオォォォオォォオ――
戦いが始まる。
月夜に轟く、死獣の吠える声。それが開始の合図であった。
ナルハとシュレットは武器を構え、死獣へ向かって走り、レスフィンとリュホは、物陰へ隠れる。
レスフィンたちが隠れ終わった頃、ナルハとシュレットの一撃が炸裂。
だが倒れない、しかし一撃を貰って怯む。
そのスキに、もう一撃、もう二撃、もう三撃、もう四撃、もう五撃……
シュレット達の怒涛の攻撃の雨は降りやまず、そして、死獣の右前足を切断。
シュレットたちの優勢であっ――――――
グォォオオォォォオォォオ
死獣の周りに魔法陣が現れる。
何が来るのか、先のような氷柱、はたまた別のものか。答えは後者、出てきたのは……