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第二部 軽小説の溜飲

このユートピアは、ある老爺とその孫娘によって

語られたものと言われています。

この場で語るには似つかわしい話題かもしれません。



老人

「『小説』の話をしようか。」


孫娘

「ショウセツ?」


老人

「私達が『物語』とか『ノベル』とか言っているものに

 この世界の人々は『小説』という名前をつけているんだよ。」


孫娘

「不思議な言葉だね。大きな本でも小説なの?」


老人

「そうだよ。どれだけ長くて分厚い物語でも小説と呼ぶ。

 なぜかというと、小説の『小』は『取るに足らない』とか

 『つまらない』とかいった意味でつけられているんだ。

 つまり小説という言葉は、もともと蔑みの込められた呼び名なんだよ。」


孫娘

「ひどい!物語はとても素敵なものなのに、そんな名前をつけるなんて!」


老人

「そうだね。それに、ひどいのは名付けだけじゃない。

 この世界では少し前、まだ小説という文章が真新しかったころ、

 それは評価に値しない、くだらない読みものだと言われていたんだ。

 『小説など大衆的で、低俗な娯楽に過ぎない。』

 『小説など頭の悪い人間の読むものだ。』という具合にね。」


孫娘

「小説っていうだけでそんな風に決めつけるのは間違いだよ。

 いい小説だってたくさんあるかもしれないのに。

 物や人を一括りにして悪く言うのは、頭の悪い人のすることだと思うな。」


老人

「物事というのは、いっしょくたに考えるのが一番簡単だからね。

 だから簡単なことしか考えられない者はいつもそうする。


 しかし、そんな理不尽な悪評も時間とともに消えていった。

 今では、小説は立派な読みものだと考えられるようになっている。

 もう『小説』という名が蔑みの気持ちを込めて呼ばれることはなく、

 むしろとても高尚で、知的な文学として扱われているんだよ。」


孫娘

「よかった!これでめでたしだね。」


老人

「それが、そうでもないんだ。」


孫娘

「どうして?小説はもう馬鹿にされないんでしょ?」


老人

「確かに小説は、知的で望ましい文学と考えられるようになった。

 しかしその後、軽小説とでも言うべき新しい種類の物語が現れたんだ。

 それは文字通り、小説よりもより自由で、庶民的な言葉での物語だった。」


孫娘

「まるで小説に子供ができたみたい!

 それでどうなったの?」


老人

「すると、小説を愛する人々の一部が口々に叫びだしたんだ。

 それは評価に値しない、くだらない読みものだと。

 『軽小説など、大衆的で低俗な娯楽に過ぎない。』

 『軽小説など頭の悪い人間の読むものだ。』という具合にね。」


孫娘

「え・・・。」


老人

「彼らは、かつて小説自身に向けられていた罵詈雑言を

 今度は自分達が軽小説に浴びせ始めた。さながら鬱憤を晴らすかのように。

 まるで小説が最初から高尚だと思われていたかのように。

 さぞかし溜飲の下がる思いだっただろうさ。


 その結果、今この世界では多くの者達が考えている。

 『小説は高尚な文学。軽小説は低俗な娯楽。』と。

 私が考えたのは、そんな世界だよ。」


孫娘

「ユートピア!それはすごく愚かなことだよ!

 物や人を一括りにして悪く言うのは、頭の悪い人のすることなんだから。

 いい軽小説だってたくさんあるかもしれないのに。

 少なくとも、小説が好きなら絶対そんなことは言っちゃいけない!」


老人

「ああ。こんな世界があるとしたら、それはきっと

 とてもかわいそうな世界だろうね。


 しかし、いずれ軽小説がこの世界で広く受け入れられた日には、

 今度はそれを愛する者達が、新しい文学を罵るのだろう。

 簡単なことしか考えられない者は、いつもそうするのだから。」


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