第三話
「お前は今日から部屋を移ることになった」
突然何を言い出したかと思えば、十六年過ごした部屋をいきなり変われとは。
「どうしてですか?」
“彼”は一瞬黙った後、ニヤリと笑って答えた。
「場所が空いたからな」
返事は一言だけで、鉄格子の扉の鍵を開けると後はくるりと方向を変え戻って行った。
“彼”はいなくなったが、“彼”の後から付いてきた3人の使用人達はそのまま残った。私の部屋の移動を手伝うようだ。一言も喋らずひたすら荷物の移動を開始する。
最初は
「自分でやりますから!」
「そ、そこは触らないでぇ」
等と声を掛けていたものの、喋るなと言われているのか、私と喋るのが嫌なのかは分からないが、少し顔をしかめたかと思うと、身振り手振りで合図をするようになった。
初めは戸惑ったものの、コミュニケーションが通じるようになると簡単な仕草で作業が出来るようになった。粗方箱に詰めて出し終えると、待ち構えた屈強な男達が担いでいく。
沢山あった箱が、それも部屋から出すのにもふぅふぅ言う程重かった筈の箱たちが、いとも容易く担ぎ上げられていくのはただ呆然とするばかりだ。ふと、その中に見知った顔を見つけた。
“彼”が気まぐれに訪れるようになってから付けられた面倒見のいい無口な見張り番だ。
“彼”が来る前の見張り番は交代制で、声をかけても無視されるばかりで、今は沢山溜め込むようになった本さえ手に入れることは出来なかった。
“彼”が来る前にも時折訪れる者はいたが、“彼”よりも偉そうな感じでいけすかなくて罰を与えたりするので、見張り番たちも私に関わりたくなかったのだろう。
私と話しているときに訪問されて見つかったりしたら、連帯責任で見張り番にも罰を与えそうだ。それ位えげつない奴だった。
たったそれだけのことで、とも思うが幸いその点で罰を与えられたことはない。ただ、他に些細なことで罰を与えられたことはある。
曰わく、目が気に食わない。
曰わく、返事をしなかった。
曰わく、訪問の際寝ていた。
というような理由でだ。最後のなどは、昼間でも夜中でも自分の好きな時に訪れる人物相手にいつでも起きていろというのはムチャというものである。要するに、大した理由などないのだ。自分の虫の居所が悪いときにサンドバッグになる私がそこにいるだけで、理由になるのだ。
その人物の後ろに付き従って居た使用人たちの中には無表情を心掛けて関わらないようにはするものの、鞭打ちなど酷い罰を与えるときなどには時折表情を歪めたりする者もいたので、全員が全員敵ではないのだと分かって少し気が楽になった。
これが当たり前で、寧ろ楽しんでやるような者ばかりなら、この世界に早々に別れを告げていたかも知れないとも思っていたからだ。まぁ、だからといって助けてくれたり庇ってくれたりする訳ではないので、私にとって味方という訳でもなかったのだが。
見張り番は私と目が合うと、軽く会釈をして後は黙々と作業を続けた。見張り番は“彼”の後ろに付いていたので、“彼”の部下か何かなのかも知れない。
全ての荷物が部屋から出され、その半数が担ぎ上げられると、見張り番に声を掛けられた。彼の方から声を掛けられたのは初めてかも知れない。
「これから新しい部屋に移動する。付いて来てくれ」
荷物がまだ残っていたのでそちらに目をやると、
「盗むやつはいないと思うが、一人番を付けておく」
そう言って一人呼び寄せるとまた来るから、荷物の番を頼む、と声を掛けていた。
呼ばれたのは“彼”の置いていった使用人の一人で、彼女はコクコクと頷いた。