第二話
「おいっ!お前!」
掛けられた声に読みかけの本を閉じて顔を向けると、いつもの方だ。
彼は暇なのではないかと思う。頻繁に来ては傲慢にアリーチェを蔑んで、よく来る割に用ということの用はないようで、そして気が済むと帰ってゆく。偉そうな態度だが、本当に何がしたいのか分からない。
実際偉いそうだが、本当に偉い人がこんなに頻繁に暇を潰すようでは、“偉い”の意味も知れようというものである。
そして彼は頻繁に来る癖にアリーチェの名前を呼んだことは一度もなく、記憶力が不自由な方か、アリーチェの名前を知らないのではないかと思う位だ。
「何でしょう、閣下」
アリーチェは彼の態度に思う所はあっても、言葉の上では逆らうことなく問い返した。彼の立場はよく知らないが、取り敢えず偉い方ということなので閣下と呼んでおく。
この方は面倒なのだ、アリーチェを蔑むためだけに来ている癖に、アリーチェが返事をしなかったり無視をすると途端に機嫌が悪くなってぐだぐだと文句を言いながら長居をする。
アリーチェも慣れたもので、長居をされては本を読む時間が減るとばかりに、(むしろそれだけのために一応)おざなりに相手をする。
彼は相手さえすれば、態度は自分を敬っていなくても一向に構わないようで、明らかに適当なアリーチェの態度にも文句を付けない。彼は相手をしなければ機嫌は悪くなるものの、罰を与えたりはしないから気楽なものである。
自分の立場がよく分かっていなかった幼い頃は、何がいけないのかもわからないまま態度が悪いと折檻されることもしばしばあった。罰と言って鞭打ちやご飯を抜いたりするのは彼ではなかったが。
そう言えば彼が来るようになってから、態度が悪い罰といって折檻されることは減ったな、とふと思った。
彼が頻繁に来るようになったことと何か関係があるのだろうか。