『幽霊』と僕
学校の授業が終わり、いつものように僕は帰宅しようと校門をでて歩いていた。しかし、その日はなんだかおかしかった。
何度も聞こえる彼女の声。周りの人にはどうやら聞こえていないらしく、反応はない。
「ねぇねぇ、私甘いものが食べたいな―」
隣で浮遊し、僕に声をかけているのだろう彼女。白いワンピースに透けた足。黒い髪は白すぎる肌が際立たせている。コレはきっと幽霊と呼ばれるモノであろう。
年齢は見た目でしか予想できないが、見たところ、僕より少し若い14~16の間ぐらいだろう。リアクションもかなり子供らしい。
僕はもちろんこの幽霊の呼び掛けには反応しない。反応したら周りの人間に白い目で見られてしまう。
「ちょっと! 聞こえてるんでしょ。返事しなさいよ!」
僕は僕にしか見えていない彼女のうるさい声に耐えかね、メモ帳を周りに不自然に思われないように見せた。
“君は誰だ。それと人前で声をかけないでくれ”
幽霊はジッとメモを見て、突然体を震わせ、
「な、なによ! 幽霊は喋ることすら許されないの!?」
“違う。こんな街中で君と喋りだしたら僕がおかしな人だと思われるだろ”
メモの読み周りを見渡す幽霊。夕方ということもあり周りには子供を連れた家族なんかもかなりいる。幽霊は子連れの家族をじっと見ている。
「ふーん、なるほどね。じゃあ仕方がない。どこか人がいないところに行こうよ。場所は…… うん。ケーキがあるところがいいわ!」
……いや、そんな場所に人がいないわけないだろと思いながら再び歩き出した。
僕は幽霊の指示通り、ケーキのある喫茶店に入った。隣の幽霊はテンション上がっているがそんな簡単にケーキを食わせるわけがなく、僕らはトイレにいた。
「おかしくない? ねぇ、おかしくない? なんで私があなたとトイレに入らなきゃいけないのよ」
「いや、おかしくない。むしろ、こんなオシャレな喫茶店に男一人で入ってやったことに感謝してほしい」
「それはありがとう…… じゃなくて、それなら早くケーキ食べようよ!」
「まずは僕の質問に答えろ。まず、君は誰だ。それを応えたら席に座りモンブランでも頼んでやる」
「私はガトーショコラの方が好きなんだけど」
なんて、我儘な幽霊だ。さっき軽く値段を見たがそれ、一番高いケーキじゃないか。
しかし、ここは我慢だ。いつまでも憑りつかれているわけにはいかない。
「わかった。それでもいい。いいから名前は?」
「忘れたわ」
ほれみろ、こんなことだろうと思った。
「で、でも私別に困ってないのよ? むしろ、あんまり知りたくないっていうか」
「君が困る、困らないではなくて僕が困るんだよ。いつまでも僕に憑りつかれていても」
「……そんなの知らないよ。私だってこんな姿になって困ってるんだから!」
幽霊は涙を浮かべ、泣き叫ぶ。失敗だ。彼女も今の自分が幽霊だなんて信じたくないはずなのに僕は自分のことばかりで……
「そうよね、突然こんなあったこともない子に、それも幽霊の女の子に憑りつかれて嬉しいわけないよね。ごめんなさい」
幽霊はトイレのドアをすり抜けて、外へ出て行ってしまった。
「お、おい待てよ!」
すでに幽霊は店の外に出ていったらしい。僕は店員にやはり食べないと言って、外に出た。
僕はさっき歩いてきた方向に走って戻った。
「くそ、僕はなんでさっきの幽霊を探しているんだ。やっと消えたんだ。ほっとけばいいだろ……」
かなり走ってきて遂に学校まで戻ってきてしまった。
校門から幽霊はついて来た。だから、もしかしたらこの辺にいると思ったが姿は見えない。
「ん? なんだ月島。帰ったんじゃねえのか?」
「ああ、大取か。いや、帰ったんだけどな。なんか変なもんに取りつかれたみたいでな」
「なんだ? ついに呪われたか?」
ワハハと笑う大取は同じクラスの同級生。この時間までいるとなると部活だったらしい。僕はどちらかといえば文系で教室で静かに過ごすタイプなのだがなぜか友人は運動系が多い。大取はその中でも筆頭の運動バカと言ってもいい。目の前の彼は泥で汚れている。……汚いな。
「いや、呪われた訳じゃ…… いや、どうなんだろうな」
「おいおいおい。やめろよぉ、まだ日も落ちきってないのにそんな話するなよ」
「ああ、僕も夢だといいなと思ってる」
大取は見かけによらず、怪談系は苦手らしい。僕が真面目な顔でいうと本気で怖がり出した。だが、そんなことはお構いなく僕は大取に幽霊の話をした。怖がりながらもちゃんと話を聞く大取はなんでもないような顔していたが足は震えていた。
「へ、へぇ―。幽霊の女の子とケンカね。あるある。よくあるよね」
「いや、そんな頻繁にあったら逆に怖くないよ。落ち着けって。今は近くにいない」
「そ、そうか。で、なんで月島は探しているんだ。そんなのいなくなった方がいいだろ」
そう。そのはずなんだ。でも、何故だろう。
「もちろん相手がなんであれ、ケンカしたままっていうのは嫌だし。それにあの子はなんだか寂しそうだったんだ」
「寂しそう?」
「ああ、さっき子どもを連れてた家族をじっと見ててさ。もしかしたら、あの子はお母さんを探してたんじゃないかなって思い始めてきたんだ」
もちろんこんなのは勝手な憶測だ。確証なんてない。それにそれならなぜ僕にだけ見えるのだろうが……
大取と別れ、僕は仕方がなく家の方向へ探しながら進むことにした。しかし、学校から家までの間には隠れられる場所なんてない。人も夕方すぎると増えてくる。さっきよりも家族でいる人が増えている気がする。
気付いたら先ほどの喫茶店の前まで戻っていた。
「まさか……な」
幽霊は出会ってからずっと言っていた。それは小さな子供がねだるように可愛らしく。妹がいたらこんな感じだったのかなと思ったりもした。
僕はもう一度喫茶店のドアを開こうとしたら、ドアから一人の少女がすり抜けてきた。
「みつけたよ」
「なによ。ほっといてよ」
見つけた幽霊はまだふてくされている。
「その、悪かった。なんていうか……」
言葉が見つからない。なんて謝ればいいのか、なにが正しいのか、分からない。
「いいの。別に本当のことだから。私ね、なんでいきなりあなたの前に現れたのか分からないの。でも誰かと一緒に甘いものを食べたいっていう気持ちだけがすごくあってね」
やはり、幽霊にも分からないらしい。きっと誰にも分からないのだろう。それでも幽霊は僕の前に現れてきた。もしかしたら大事な意味があるのかもしれない。
「そうか。だったら僕と食べないか?」
「いいの? 幽霊だよ?」
「ああ、構わんよ」
「私、あなたにしか触れないし、あなたがくれた物しか食べられないのよ」
「なおさら、僕と食べるしかないな。それに僕が食べさせてやればいいだけの話だ。別にいきなりケーキが宙で消えても構わない。気付かれたら、手品とかいってごまかすさ」
幽霊は最初、ポカンとしていたが、理解したからなのか涙を流しながら、笑っている。
「なによソレ。じゃあ、早く食べましょ!私、泣きすぎてお腹が減っているの!」
「幽霊のくせに腹が減るのかよ」
「なにー!!」
キィー! と喚くこの声は僕にしか聞こえない。周りからはきっとおかしなやつだと思われているだろう。でも、そんなことはどうでもいい。
僕は当分、この奇妙で不思議な幽霊少女とは別れることはできないだろう。この子がどんな理由で僕の目の前に現れたのか、きっといつか分かる日が来るだろう。その日まで……
「私はガトーショコラね!」
「私はじゃなくて、僕のを分けるんだよ」
「えー? そんなー!」
――これは僕と幽霊の出会いの話。